ジャック・ラッセルの受難
もすまっく
第1話
カーテンの掛かっていない小窓から差し込む光が乱雑な部屋を照らしている。
テーブルの上に積み上げられた本、椅子に掛けられている衣服。ベッドの上には何かの資料なのか沢山の紙が散らばっている。
そんな状態の中、部屋の中央に鎮座している大きめのソファには一人の男がひじ置きを枕代わりにして横になっていた。顔には帽子が被せられており、例え部屋が激しく照らされる事があったとしても、眩しく感じる事無くぐっすり眠れそうな状態だった。
そんな快適に眠っているであろう彼の耳に、不快なベルの音が届けられる。
「…………ん……るせぇ」
その音によって徐々に覚醒させられたのだが、彼は一言だけそうぼやいた後そのまま目を瞑り居留守を決め込んでしまう。
しかしベルを鳴らしている相手も彼がそうするであろう事は理解しているようで諦める事無く何度も何度も鳴らし続けていた。
「おかしいわね、この時間ならいないはずがないのだけれど」
美しい青色の髪の女性がそんな事を言いながら男がいる部屋のベルを何度も鳴らしている。最初は一定の間隔だったものも、全く反応が無い事で徐々にその間隔は短くなっていく。
「いくら何でも反応が無さ過ぎる…………まさか、他の女?」
ハッとした様子でそんな事を呟いた彼女は、ベルを鳴らしていた手を止めドアへとそっとその手を当てる。
「私を放って置いて他の女を連れ込むだなんて、絶対に許さないわ」
暗い瞳でドアの先にいるであろう男を見つめる彼女は、当てていた手に光る粒子のような何かを集めていく。その影響からか、ドアの軋む音が徐々に大きくなっていく。
「吹き飛びなさ――――――」
「やめろ」
今まさにドアが吹き飛びそうになった瞬間、そんな声と共にそのドアが開かれる。彼女の耳にその声が届いた時には集っていた力は霧散していた。
「会いたかったわジャック」
「俺は会いたく無かったけどなロゼリー」
ベルの音は我慢すればいいが、ドアを吹き飛ばされたらたまったものでは無いとすぐに開けた。勿論そこに誰がいるかは分かっていたからこそ開けたく無かったのだが。
「それで?何か用か?」
「うふふ、寝ぐせがついてるわよ?」
「あっおい」
俺の質問に答える事無く、彼女は俺の頭を見るなり手を伸ばし何度も撫でる様に動かす。
「これでいいわ」
「ロゼリーお前な、来るのはいいが勝手に妄想して勝手に決めつけてドアを吹き飛ばそうとするなよ」
「貴方が私を無視するからでしょう?ベルが鳴ったらすぐに招き入れておはよう来てくれて嬉しいよ愛しのロゼリーと言いなさい?」
「断る」
「誰?」
「ん?誰って何の事だ?」
「断るという事は貴方がそういう事を言うような仲のいい女がいるのでしょう?誰?言いなさい」
「本当に怖いからやめて?」
こいつは本当に妄想が酷過ぎる。とある依頼で共闘してからずっと俺に付き纏うようになったが一向に収まる気配が無い。
「あのなロゼリー、俺はずっとお前にそういう妄想をやめろって言ってるだろ?それに誰も何も、俺に付き纏う女なんてお前以外にいないからな?」
「え?わ、私以外に付き合う女がいないって、そんな急に言われても困るわ」
「違う違う違うそうじゃない。というか自分から愛しのとか言っておいて何でそこで照れて戸惑うんだよおかしいだろ」
「そうね、貴方の事を誰よりも理解しているのは私だもの。だから貴方が私以外の女はあり得ないとそう考えてしまうのは仕方の無い事だわ」
「曲解に曲解を重ねるな。なぁロゼリー、最初はそうじゃなかっただろ。いつの間にそんなちょっと残念な感じになっちまったんだよ」
「失礼な事を言うのね?私自身は何一つ変わっていないわ。唯一変わったと言える事はただ一つだけ」
「何が変わったって言うんだ?」
「貴方という存在に出会った事よ」
彼女は潤んだ瞳で微笑みながらそう言った。
準備を終えロゼリーと共に目的の場所へと向かった俺達が辿り着いたのは立派な石造りの建築物。所謂『ギルド』というものだ。俺はギルドの入り口の扉へ手を掛けゆっくりと開く。扉を持ったまま先にロゼリーを中に通し、彼女に続いて俺も中へと入る。
「それで、今日はどうするんだ?」
「分からないわ」
「おい」
「だって依頼の内容なんて日によって変わるのだもの、私は貴方と二人で出来れば何でも構わないわ」
「はぁ、じゃあ結局俺が決めるのか」
「任せたわよダーリン」
「はいはい」
突っ込むのも面倒になった俺は、彼女を空いている席へ向かうように言ってから窓口へと向かう。
「おはようございますジャックさん」
「おはようミリア。何か二人で出来る依頼とかあったりしないか?出来れば討伐系があれば助かるんだが」
「お二人での討伐依頼ですね、もう一人の方はロゼリーさんですか?」
「あぁそうだ」
「了解しました、今ある依頼を確認しますので少々お待ちください」
「悪いな」
ギルドの窓口で待っている間、適当に周囲へ視線を走らせる。
(最近少しずつだが新人が増えて来たな)
テーブルを囲んでいる明らかに真新しい服や鎧を身に着けている集団。中にはまだ幼さすら感じるような者も混じっている事に気付く。
(……まぁ夢を持つのは良い事だ)
そんな初々しい彼らの姿にかつての自分の姿を重ね自嘲する。
(あの頃は俺も現実を知らなさ過ぎた。というよりも目を背けていたと言う方が正しいか)
戦うという事の恐怖やストレスは実際に体験しなければ絶対に理解する事は出来ない。ただ遠くから見ているのと実物を目の前にして対峙するのとでは天と地ほどの差がある。
(お前達ではどうしようもない様なやつは片付けておく。だが弱いやつばかりを相手にして調子に乗るような事だけはやめておけ。偶には怪我をして少しでも死を身近に感じておけば最悪な事にはならないだろうからな)
声には出さず心の中で彼等にエールを送る。それはとても厳しい内容ではあったが、彼等の未来が消えない事を強く願っているからこその想いだった。
「ジャックさんお待たせ致しました。お二人での討伐となるとこちらの依頼になるのですがいかがでしょうか?」
そう言って彼女が見せて来た依頼書に俺は目を落とす。今目の前にある依頼書は三枚。その全てがその辺のやつらであれば十秒と持たないような危険度の高いものばかりだ。
「……あの、やはり危険過ぎるでしょうか?」
依頼書を見ている俺が何も言わずに黙っている事に不安を感じたのか、彼女は眉尻を下げてそう聞いて来た。
「いや、そうじゃない」
「ですが……」
俺は置かれていた三枚の依頼書を彼女に向けて渡す。
「全てだ」
「え?」
「この三枚の依頼を全て受ける」
それを聞いていたロゼリーが、遠くの席で一人クスっと笑った。
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