第5話

佐野志保、鈴木美保、そして菊池緑。三人の女性たちとの未来についての対話を終え、俺は自室で一人、それぞれの言葉と感情を反芻していた。俺の部屋には、彼女たちとの思い出が詰まっている。リビングの片隅に飾られた、クリスマスパーティーで美保が選んだイルミネーション。ベッドの脇には、志保から借りた参考書が置かれ、机の上には、緑と一緒に遊んだゲームソフトが転がっている。しかし、その温かい思い出の数々が、今の俺には重くのしかかっていた。


志保は、俺を独占したいという本音と、親友たちを裏切れないという葛藤の間で苦しんでいた。その真面目な彼女が、社会的な規範と自身の感情の間でどれほど苦しんでいるか、俺は痛いほど理解できた。美保は、キャリアと関係性の両立、そして「二番目でも三番目でもいい」というクールな諦めと、深い依存を口にした。彼女の論理的な思考と、それを裏打ちする感情の深さに、俺は圧倒された。そして緑は、「安全基地」としての俺の存在を求め、将来の不安と、俺への無条件の愛を訴えた。「嘘と隠し事はやめてほしい」「独占できる時間を確保してほしい」という純粋な願いは、俺の心に深く突き刺さった。


俺は、これまでの自分の行動を振り返った。すべては、俺の優柔不断な性格が招いたことだ。初めての「お泊まり」での曖昧な態度。三人それぞれの女性たちからの誘いを断りきれなかったこと。そして、「全員を傷つけたくない」という思いが、結果的に全員との肉体関係へと発展してしまった。俺の「恋人が欲しい」という漠然とした願望が、彼女たちに「人生の選択」という大きな「宿題」を背負わせてしまった責任を痛感する。


誰か一人を選ぶなんて、できるはずがない。三人それぞれへの愛情は深く、誰か一人を切り捨てることは、残りの二人を深く傷つけ、俺自身も後悔することになるだろう。しかし、全員との関係を続けることも、現実的には困難だ。就職、社会的な規範、家族からの理解、そして結婚や妊娠といった将来の具体的なライフイベントを考えれば、この多角的な関係を継続することの困難さは計り知れない。美保から突きつけられた「選択の結果を説得する義務」の重みが、ずしりと俺にのしかかる。曖昧な答えでは、もはや彼女たちは納得しないだろう。


周囲を見渡せば、友人たちは、ごく普通の恋愛を謳歌し、就職活動に励んでいる。そんな中で、俺たち四人の関係が社会的にどれほど異質であるかを改めて認識する。親や周囲の人間から、この関係が「異常」だと見なされることへの不安も押し寄せた。社会的な規範や倫理観との間で、俺の心は激しく揺れ動いた。


追い詰められた俺は、意を決して、母親に相談することにした。正直、どんな反応が返ってくるか、想像もつかなかった。反対されるだろうか。呆れられるだろうか。しかし、誰かにこの重荷を打ち明けなければ、俺は潰れてしまいそうだった。


実家に帰り、リビングで母親と向かい合う。緊張で喉がカラカラに乾いていた。俺は、これまでの経緯、三人との出会いから、関係の深化、そして「卒業までに結論を出さなければならない相手が3人いる」ということ。そして、「一人を選ぶならその子にプロポーズするつもりであること」など、直面している「宿題」の全てを、正直に話した。


母親は、俺の言葉を黙って聞いていた。その表情は、最初は驚きと困惑に満ちていたが、次第に、俺の苦悩を理解しようとするような、優しい眼差しに変わっていく。


俺が全て話し終えると、母親はゆっくりと息を吐いた。


「そう……大変なことになったわね、忠勝」


母親の声は、驚くほど穏やかだった。


「でも、美保さんの言うとおりね。この判断はあなたにしかできない。そして、その結果に責任を持つのも、あなたよ」


母親の言葉は、美保の言葉と重なる。彼女もまた、俺に責任を求めているのだ。


「志保さんも、美保さんも、緑さんも、みんな、いい娘さんなのでしょう? そんな大切な人たちの未来がかかっているんだから、一人で抱え込まないで、ちゃんと、彼女たちと話し合いなさい」


母親の温かい言葉に、俺の目頭が熱くなった。


「親として、一応覚悟だけはしておくから。どんな選択をしても、あなたは私の大切な息子よ」


その言葉が、俺の心に大きな安堵と、新たな決意を与えた。誰か一人を選ぶこと、あるいは全員との関係を続けること、どちらの道を選んだとしても、そこに責任と困難が伴うことを受け入れる。この「宿題」は、俺が真の「大人」へと成長するための、避けられない試練なのだ。


母親との対話は、俺が最終的な「答え」を導き出す上での、重要な内面的な転換点となった。俺は、優柔不断な自分を乗り越え、自らの意思で未来を切り開く「覚悟」を固め始めていた。

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