第2話

薄暗い部屋に、かすかな朝日が差し込み始めていた。俺の胸には、柔らかな温もりと甘い香りが、まるで最初からそこにあったかのように深く染み込んでいる。佐野志保だ。彼女は俺の腕にしがみつくように眠り、顔は俺の胸に埋まっている。ショートボブの髪が、まだ覚醒しきらない俺の首筋をくすぐった。その背中には、鈴木美保がぴったりと寄り添い、長い手足が志保の身体に絡みついている。そして、さらにその後ろから、菊池緑が二人を抱きしめるように丸まって眠っていた。


俺は息をひそめた。昨夜、各自が布団に入ったはずなのに、どうしてこんなことに。全員が、服が乱れ、下着姿だった。


佐野志保の薄い水色のシャツは、はだけて肩から腕にかけて露わになり、白いフルカップブラジャーが、瑞々しい乳房を優しく包んでいる。僅かに盛り上がった肌が、ブラジャーの縁からこぼれそうだった。


鈴木美保の濃いネイビーのシャツは、背中側で大きく捲れ上がり、黒のレースが飾られたノンワイヤーブラジャーが、そのすらりとした背中に食い込んでいる。彼女のCカップの胸は、志保の背中に押し付けられ、その丸い形がはっきりと見えた。パジャマ代わりに着ていたボトムスは膝のあたりまでずり落ち、黒のレースショーツがヒップラインに沿って食い込んでいた。引き締まった太ももが、佐野志保のそれと絡み合っている。


菊池緑のベージュのゆったりしたトップスは、腰のあたりまで大きく捲れ上がり、ふくよかなお尻のラインが露わになっている。肌に優しいベージュのスタンダードショーツが、彼女の丸みを帯びたヒップを包み、その上には、ベージュのパッド入りフルカップブラジャーが、肉感的な胸をしっかりと支えているのが見えた。彼女の太ももは、鈴木美保のそれと絡み合い、互いの体温を感じ合っているようだった。


俺の腕の中には佐野志保が、その佐野志保には鈴木美保が、さらにその鈴木美保には菊池緑が。三つの柔らかい塊が、俺という核を中心に、一つに溶け合うように抱き合っていた。体温が、吐息が、甘いシャンプーの香りが、四人分の空間を支配している。


「……っ」


俺はごくりと唾を飲み込んだ。これは、性的関係があったわけではない。ただ、一晩、一緒に寝ただけだ。だが、この状況は、あまりにも密接すぎた。これまで女性との物理的な距離が遠かった俺にとって、これは衝撃だった。三人の身体は、無意識のうちに俺を求めているかのようだった。その無防備さに、俺の奥底に眠っていた何かが、ゆっくりと目覚めていくのを感じた。童貞の俺の身体は、完全に目覚めてしまった。


その時だった。


「んん……」


一番近くにいた佐野志保が、微かに身じろぎ、うっすらと目を開いた。琥珀色の瞳が、ゆっくりと俺の顔を捉える。彼女の目が、俺の視線がどこにあるのかを追うように、自分の身体へと向けられた。はだけたシャツ、露わになったブラジャー。そして、自分が俺の腕に抱きつき、後ろには鈴木美保と菊池緑がいる状況を理解した瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。


「ひゃあっ!?」


小さな悲鳴のような声が、静かな部屋に響いた。その声に、隣にいた鈴木美保もゆっくりと目を開く。普段は無表情な彼女の瞳が、状況を認識した途端、大きく見開かれた。そして、一番奥で眠っていた菊池緑も、身じろぎと共に目を覚ました。


三人の視線が、一斉に俺に集中する。


「な、な、何、これ……!?」


佐野志保の声は震え、瞳には疑念と羞恥の色が浮かんでいた。彼女は慌てて乱れたシャツを整えようとするが、手が震えて上手くいかない。


鈴木美保は何も言わない。ただ、鋭い視線で俺をじっと見つめていた。その無言の視線が、俺の心臓を締め付ける。彼女の瞳は、「一体何があったのか」「あなたは一体何をしたのか」と、問い詰めているようだった。同時に、どこか失望のような感情も読み取れる気がした。


一番パニックに陥ったのは菊池緑だった。彼女は顔を真っ赤にして、布団の中に潜り込もうとする。しかし、身体は他の二人と絡み合っているため、身動きが取れない。


「あ、あの……これは、その……」


俺は必死に弁解しようとするが、言葉が喉に詰まって出てこない。優柔不断な俺の性格が、こんな修羅場で露呈する。口を開けば開くほど、状況を悪化させてしまいそうだった。


佐野志保が、震える声で尋ねた。


「あの、本田くん……私たち、一体……何を……その、しましたか……?」


彼女の視線が、俺の、そして自分たちの乱れた衣服へと向けられる。その質問の裏には、「もしかして、性的関係があったのではないか」という、強い疑念が込められているのが分かった。真面目な彼女にとっては、これは許しがたい事態なのだろう。


鈴木美保が、俺の目を見つめたまま、静かに言った。


「……記憶が、曖昧です」


彼女の声は低く、感情を押し殺しているようだった。しかし、その瞳の奥には、かすかな失望の色が浮かんでいる。「なぜ何もなかったのか」という、彼女自身の魅力への疑問と、「何かあったのか」という疑惑が、複雑に絡み合っているのが見て取れた。


そして、菊池緑は、布団の隙間から顔を真っ赤にして、蚊の鳴くような声で言った。


「お、お、男の人と……こんなに、近くで……ひ、ひいい……」


彼女は男性が苦手だ。この状況は、彼女にとって最大の恐怖だろう。しかし、その言葉の裏には、どこか「彼氏が欲しいのに、こんな状況になって、またダメになってしまうのか」という、自己嫌悪と後悔の感情が滲んでいるようにも感じた。


俺は焦った。このままでは本当に誤解されてしまう。


「ま、待ってくれ! 違うんだ、本当に何もない!」


俺は必死に声を張り上げた。


「昨日の夜、終電がなくなって……それで、みんなが困ってたから、俺の家に泊まっていかないかって、俺が言ったんだ」


俺は必死に説明を続けた。しかし、三人の疑念の視線は変わらない。特に、彼女たちがなぜ下着姿なのかという根本的な疑問には、まだ触れていなかった。


「で、でも……どうして、私たち……こんなに……その……」


佐野志保が、自分の胸元を隠すように腕を組んだ。


「その……昨夜、みんな、結構酔ってただろ? それで、服がしわになるのは嫌だって、誰かが言って……それで、脱いで寝たんだ……俺だってな、合意が取れていれば喜んで相手にしたさ……」


俺は、焦りから、ついに本音とも言い訳ともつかない言葉を口にしてしまった。目の前の三人の表情が、凍り付く。


佐野志保は、「はぁ……?」と呆れたような、しかし少し安堵したような息を漏らした。彼女の瞳は、俺の言葉を信じるか、それとも疑うか、という間で揺れていた。真面目な彼女にとって、これは受け入れがたい状況だ。しかし、俺の誠実そうな態度と、何より何も起きていないという事実が、彼女の冷静な判断を促した。


鈴木美保は、瞳を細め、何かを測るように俺を見つめていた。その口元には、微かな、しかし明確な不満の色が浮かんでいる。「服のしわ」という理由で下着姿になったこと。そして、童貞の俺が、目の前に女性が三人いても「何もできなかった」こと。彼女のプライドが、かすかに傷ついているように見えた。「合意が取れていれば喜んで相手にした」という俺の言葉に、彼女の視線が僅かに揺れた。


そして、菊池緑は、顔を真っ赤にしたまま、小さく「……そっか」と呟いた。その声には、男性に苦手意識があるゆえの羞恥心だけでなく、「彼氏ができるチャンスだったかもしれないのに、何も起きなかった」という、諦めにも似た後悔が混じっていた。俺の正直すぎる言葉に、彼女はさらに顔を赤くし、布団の奥へとさらに身を沈めた。


三人は、すぐに自身の乱れた服を整え、布団から身を起こした。部屋には気まずい沈黙が流れる。しかし、その沈黙は、昨夜までの「他人」としての距離感とは明らかに異なっていた。俺の必死の弁解と、彼女たちの本音の一端が垣間見えたことで、互いの間に、よりパーソナルな、ほとんど秘密を共有したかのような親密さが生まれたのだ。


「と、とにかく、朝ごはん、何か作ろうか?」


俺が絞り出すように言うと、佐野志保が小さく頷いた。


「はい……。あの、本田くん、昨日は……ありがとうございました。ご迷惑をおかけして、すみません」


彼女は真面目に頭を下げた。


鈴木美保は、何も言わずに立ち上がり、俺の顔をもう一度だけ見つめてから、部屋を出て行った。その背中には、複雑な感情が渦巻いているのが、俺には見て取れた。


菊池緑は、顔を赤くしたまま、もじもじとしながら、小さな声で言った。


「あ、あの……本田くん、あ、ありがとう……ございました……」


彼女の言葉には、羞恥心と、かすかな、しかし確かな感謝の念が混じり合っていた。


ひと騒動は、なんとか収まった。性的関係の疑惑は晴れたものの、彼女たちの心に、そして俺の心に、それぞれ異なる感情の波紋を残した。この朝の出来事をきっかけに、俺の中で三人のヒロインたちは、もはや「付き合いにくい」存在ではなくなった。むしろ、急速に「身近な存在」へと変貌を遂げていく。彼女たちの悩み、そして俺の優柔不断さ。これから始まる大学生活は、きっと、俺の人生にとって大きな「選択」の連続になるだろう。この三人と、俺の「青春」が、今、動き出した。


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