第18話 東の人
アリンには青年が何者か分からなかったが、ただならぬ雰囲気を漂わせているので、こういう人間ならばひょっとすると何かを知っているのではないかと思った。
「メルゲンという老人を探している」
「それは残念ですね。彼はもうここに眠っています」
青年は満足気に墓標を撫でた。アリンも墓標まで近付く。墓標は白石で作られた新しいもので、メルゲンが死んだのはつい最近のことかもしれなかった。
「お前は誰だ」
「私? 私はメイレン。メルゲンの孫にして此の塔を継ぐ者です」
「メルゲンに孫がいたとは知らなかった」
「長い間ここを離れて旅をしていましたから。祖父は私のことを疎んじていたので、ここには居づらかったのです」
メイレンは墓標から手を離した。
「さあ私の方は名乗りました。差し支えなければそちらの名前も伺いたい」
「俺の名はアリン」
アリンはそう口にしたところで何故か少し寒気がした。メイレンはぱっと顔を明るくさせる。
「ではあなたがデルギニャルマの後裔、
そこまで言って、紫衣の青年はアリンに向かって首をかしげた。
「しかし、失礼ながら何をぼやぼやなさっているのですか」
「何?」
「あなたの目は野望のある目。あなたの境遇を考えれば何をなさろうとしているのか察しがつく。だというのにあなたはこの数年何をしましたか。何もしていないではありませんか」
アリンは敢えてメイレンの目を真直ぐ見た。
「何を言っているのか分からない。俺は罪人だ。この地でひたすら日々を送ることが俺の為すべきこと」
「あはははは、それ、祖父にも言ったでしょ。で、きっと祖父はあなたを止めようとしたんだ。図星ですか。まだまだ可愛い所がありますね」
メイレンはその長身をかがめる。その時、塔の周りの森が一際大きくざわめいた。しかし、彼の囁き声はその中でもよく聞こえた。
「私なら止めない。私ならあなたを助ける。あなたがその野望を果たすのを手伝ってあげる」
アリンは一歩退いた。この果敢な少年らしくもなかった。
「お前何者だ」
「言いました。私はメルゲンの孫にしてこの塔を継ぐもの。デルギニャルマの子孫を手助けするのは私に課せられた務めです」
そう言われてもアリンは得心がいかない。警戒を解かないアリンに対しメイレンは紫の衣で口元を隠し目で笑ってみせた。
「あなたはこのままだとスンジャタで何もできないまま凍えて死にます。でも私が一緒ならそんなことにはなりません。一緒に来てもらいたいところがあるんです」
「メルゲン殿の孫と共にアマルギ湖まで行くですと?」
「ああ」
驚愕するナバタイをよそに、アリンは屋敷の厩で馬の準備をしている。ナバタイはアリンの決意が固いようなのでおろおろし始めた。
「なんでも俺に会わせたい者達がいるのだそうだ。丁度無聊をかこっている。信用ならない相手だがいざとなれば斬ればいいだろう」
アリンは馬に鞍を置き振り返った。
「お前も来るか」
ナバタイは溜息をつく。
「アリン様が何と仰ろうとこのナバタイ付いて行くつもりです」
そのまま出発したが、スンジャタの街を出る前に二人は総督府に立ち寄ることにした。スンジャタ総督である黒髭のナシンに会うためである。ナシンは彼の執務室までアリン達を引き入れた。
「メルゲン殿の孫と共にアマルギ湖まで行くだと?」
「ああ。ということで、罪人の俺がしばらくスンジャタを離れることになるが目を瞑っていてくれないだろうか」
「お前の頼みなら目は瞑るが、必ず帰って来いよ。でなきゃただでさえてんやわんやなところひどいことになる」
「なんだ忙しいのか」
黒髭の総督はふうと長く息をつく。
「忙しいと言うより追い詰められているな。打つ手が無い。冷害で不作なところ賊の数が膨れ上がっておるのだ。この数年はずっとこうだ。やけに冷えるのは一年きりのことだと思っていたら、一年で終わらない。別にこれはスンジャタに限らず多かれ少なかれ帝国全土こうだろうよ。ギン・ヘチェンにいる陛下も頭を悩ましておるに違いない」
ナシンの目の下にはくっきりと黒いクマができていた。ナシンは頭を掻く。
「実は長いこと分からなかった賊の本拠地を突き止めたのだ。しかしこれが二重に手が出せん」
「何故だ」
「まず賊に比べてこちらの兵力が足りん。それに本拠地というのがここから海に出て行った先の島でな。そこまで遠くはないから、そこから毎回船でやってくるらしい。しかし、スンジャタは海軍を持っていない。返す返す情けない」
アリンは思案した。確かに島を攻めるのに海軍が無いのではつらいものがある。陸に上がっているところを逃がさず討ち取るくらいしか方法は無い。しかしそんなことがスンジャタの兵にできるだろうか。
ナシンは紙束を持って立ち上がった。
「まあ、分かったから、行ってこい。俺はこれから用がある」
アリンとナバタイがスンジャタの北門から出るとメイレンは先に来て待っていた。三者とも馬に乗っている。
「では行きましょうか」
スンジャタからアマルギ湖までは三日の距離がある。気温は零度をとうに下回っていた。アリン達の上着はそこまで質の悪いものではないが、それでも凍えそうだった。一行の中で一番上等な身なりをしているのはメイレンで、紫衣の上に黒貂の外套を着ていた。
「おぬし一体何者なのだ。その格好、普通の人間ができるものではあるまい」
ナバタイがアリンの向こう側からメイレンに尋ねた。メイレンは微笑む。
「私は五つの塔の内の一つを継ぐ者。……と言ってもスンジャタの歴史を知らなければ何のことか分かりませんね。暇ですから一つ昔話をしましょう。あなた方はデルギニャルマがなぜ
アリンもナバタイも黙る。
「おやおや、伝説も廃れたものですね。よろしい、そもそもの所からお話ししましょう。あなたがたもご存知の通りデルギニャルマはギン・ヘチェンを奪取する以前長城の北側にいた訳です。その北側というのが今アザン・バリに奪われている故地と言われる場所ですね。しかし、一番最初の故地は遥か遥か東。山海関の西北を走る
アリンは後ろに霞むスンジャタを振り返った。メイレンは馬上で身体を揺らしながらその様子をにっこりして見る。
「さて、帝国ができて以降は総督府が造られましたが、昔のスンジャタは
アリンは顔をしかめた。
「それはうまくいったからいいものを、体のいい棄民じゃないか」
メイレンは目を細める。
「その辺りがハンの推戴だなんてものを必要とした理由なのでしょうね。大壮行を喧伝する必要があった。ちなみにそういう土地なので、今でも民はデルギニャルマ風の名前ですし、デルギニャルマの言葉も通じるのですよ。ここは帝国の古を残す地です」
凍てつく大地には万古からの変わらぬ風が吹く。
「ひょっとして、今から会いに行く相手とやらもその話に関係しているのか」
「はい、今から会いに行くのはアマルギ湖のほとりを遊牧するアマルギ部の人々です。ハンになった若者は彼等の中から出たのですよ。お互いの子孫同士数百年ぶりの再会ですね」
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