1章2話 仮面の優等生


「また、こうしてかえでさんと一緒のクラスになれて嬉しいです!」


琴葉ことはちゃん。ええ、私もです、また今年もよろしくお願いしますね」


 入学式が終わり、自身のクラスへと戻ると、前の座席の畑井はたい琴葉がいつも通りの笑みで言った。この、小さい体に驚くほどの元気さを詰め込んだ少女は初等部からの友人である。

 秦野はたの楓という私の名前と、慣例で出席番号順で決まる座席の関係で、同じクラスになった年の私の前の席は必ず彼女だった。


 昔ちょっとしたことで手助けをして以来、同学年だというのに楓さん、と呼び慕ってくれている。

 親友とも呼べる関係性だと思っているが、かたくなにさん・・付けは取ってくれないままなのが少し寂しいとも思っていたが、流石にもう慣れてしまった。


「おはよ、二人共、また同じクラスだね。二分の一の確率でこれで八回目か」


 そして、二人で十年目になる挨拶をしていると、これまた長い付き合いである友人が隣の席に座って声をかけてくる。

 乃木のぎ秀一しゅういち。これまた座席の関係からの縁で、昔馴染の男子だ。


「秀ちゃんもおはよ」「おはようございます、乃木くん」


 そして、琴葉とは家も近いとのことで、幼少期から思春期から共に過ごしている幼馴染であり、更に言うと琴葉の彼氏でもあった。

 つまり、私からすると、異性の友人であり、親友の彼氏という関係だ。


「それにしても、お嬢が首席じゃないのは、随分と見慣れない式だったねぇ」


 そして、入学式からの移動で、廊下側も教室内もざわざわとしている中で、秀一がそう言うと、琴葉は深く頷く。琴葉がずっとかしこまった口調なのに対して、秀一は私のことをお嬢と呼ぶ。


「本当に! それに、まさか首席合格があんな金髪ピアスの不良なんて!」


「生徒会のおかげもあって、自主性を重んじるってことで校則も緩いけど、いいとこの家の生徒が多い雨音学院うちであんな風に綺麗な金髪、しかも染めてるのは驚きだよね」


「そうだよ! 楓さんよりも上の点数だって言うから、どんな眼鏡男子が来るかと期待してたのに」


「…………まぁ彼氏としては複雑なんだけど、琴ちゃんはゲームでも鬼畜眼鏡系好きだもんね」


「いいじゃん眼鏡男子。秀ちゃんもほら、伊達でもいいからかけたら鬼畜系優男なのは合ってるから」


「ほーら、現実を合わそうとしないで。視力は良いから……お嬢も笑ってるよ?」


 ぽんぽんと繰り広げられる会話に、私はくすくすと笑った。

 この、元気で小さな少女と、やれやれと見守る少年のやり取りが、私は昔から好きである。


「でもでも、楓さんも、びっくりした表情でしたもんね?」


「ええ、そうね。少しびっくりしたわ。でも、外見はどうあれ、あの問題を全て解けたということでしょうから、尊敬するわ」


 琴葉の言葉に、私はにこりと笑って言った。驚いたのは、正直外見の特徴についてではなく個人的なものなのだが、それは心に留める。

 そして、秀一が少し引っかかったように尋ねてきた。


「ん? 全て解けたってのはなんで分かるの? 次席には何か聞かされるってわけでもないでしょ?」


「えっと……自己採点だと、私は数学で一問、最後の問題が解けなかっただけだったはずだから」


 私が次席であることは知らされていたので、恐らく解答欄の埋め間違いなどでもないはずで。つまりは、彼は全ての問題で正答だったのだろう。そういう意味で告げると、琴葉と秀一はほう、と息を吐いて言った。


「うわ、すご」「まじ……どっちもバケモンなんだけど」


 こう言いつつ、成績は優秀な二人である。だが、だからこそそういう感想なのかもしれないが。

 ただ――。


「入学式の壇上のやつ、不良かよって感じだったな」

「でもさでもさ、正直かっこよくなかった?」

「ね、彼女とかいるのかな?」


 そういう事情を知らなければまずはその容姿が話題に上がるのは普通だろう。割と進学校であるこの高校では金髪にピアスの風貌は珍しいことからも漏れ聞こえる会話はそういったものだった。整った面立ちも含めて、人気も出るのではないだろうか。

 実際、かっこいいとか、ギャップも素敵というような声をよく拾う気もする。


(……ふう、ん? まぁ? 昔のことだし。静流かどうかもわからないわけだし)


「あの……楓さん? 何か気分を害しましたか?」


「え、全然そんなことないけど……? どうして?」


 ふと、周りに耳を澄ませてしまっていると、琴葉がそう心配そうに尋ねてきて、私は怪訝な顔をした。


「いえ、随分と険しい顔をされていたので。珍しいなと」


「……いえ、何でもないわ。少し考え事をしていたらムカムカすることがあって」


「お嬢がそうなるのこそ珍しいね。もしかして――――」


 会話の途中で、コツコツと音を立てながら初老の女性が教室に入ってくる。

 鈴木先生。中学の頃から持ち上がりで学年主任も務めている、ベテランで厳しい教師である。

 敬虔けいけんなクリスチャンでもある彼女は、英語の教師であると同時に、キリスト教系の寄付からも運営されているこの学院において、道徳の授業に代わって行われる聖書の授業の担任でもあった。


「皆さん、おはようございます」


 教卓に立ち、ぐるりと私達を見渡してそう言った彼女は、返ってくる「おはようございます」の声に、満足げに頷いた。声に出す挨拶と身だしなみの大事さは、それこそ初等部一年生こどものころから言われ続けている。


 鈴木先生の目が一瞬、意味ありげに私に止まった気がした。

 そして、次の台詞で、気の所為ではなかったことを知る。


「はい、元気そうで何よりです。自由というものを勘違いして、変にはっちゃけてしまった生徒たちも、このクラスには・・・・・・・、いませんね。成績も大事ですが、それ以上に大事なこと、皆さんならおわかりかと思います」


 イントネーションと、先程の視線で、言葉にはしない言いたいことが、伝わった。

 私は正直、鈴木先生のこういうところが、好きではない。


「秦野さんも、中等部までと変わらず、皆さんの模範になってくださいね」


「はい、努力していきます」


 心とは裏腹に、先生に受けが良さそうな笑顔と、受けが良さそうな姿勢で、当たり障りのない言葉を返した。


 ――そして私は、そんな私のことが、大嫌いである。


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