第3話
「あの、その、えっと……」
女の子は俺を上目遣いで見つめながら、両手を組んで指をくねくねさせて全身をもじもじさせている。一体何なんだこの子は。それよりもどこなんだここは。眩しさがすっかり消えていたのも気になって上を見上げると、豪華客船のロビーにでもありそうな巨大なシャンデリアが吊るされ、そこから火がいくつも煌々と灯っていた。
女の子の背後にある窓からはテレビで見た事があるような西洋の街並みが見え、向こうにあるベッドは天蓋付きでそこには何か布のようなもの――「見ないでっ!」焦ったように叫んだ女の子にバタバタと目を塞がれた。女の子の手は小さくてすべすべしてて温かかった。女子マネージャーなんてうちの学校にはいなかったし、女の子に触れられたのは一体何年振りだろうか。
「な、何を?」
「え、あ、ご、ごめんなさいっ!」
再び開かれた視界に映る女の子は、ぺこぺこと何度も俺に頭を下げてきた。肩を基準に綺麗に切り揃えられていたピンク色の髪が何度もバサバサと揺れる。ピンク色ではあるが、染髪しているようにも見えないし、地毛なのだろうか。地毛がピンクの人がいるのかはわからないが。
色々引っ掛かる点は挙げればキリが無いし挙げてる途中で頭がおかしくなりそうなので自制しているが、とりあえずここが通学路でも家でも学校でも無い事は理解出来た。じゃあどこなん――やめておこう。そうしよう。
「ここは?」
だから俺は、女の子に尋ねる。女の子は相変わらずもじもじしていたが、やがて気を取り直したかのように咳払いをした後、表情もキリっと整え、再び口を開いた。
「ここはアガスターシェ帝国の帝都アニスヒソップ――にある帝国城。そして私はアガスターシェ帝国皇帝――メメ・フォン・ブッドレア」
「……」
この子――メメが喋っている言語は日本語では無いのだろうが、なぜか普通に理解する事が出来た。もっとも言ってる言葉の意味は一切理解できなかったが。アガスターシェ帝国って一体どこにある国なんだ。パスポートとか持ってないぞ俺。
「ごほん。突然の事態で戸惑っているようだけれど、貴方にお願いがあるの」
女の子はさっきとはうって変わって勇ましい態度で話を続けていく。皇帝って言ってたしきっと偉い立場の人なんだろうけど、いかんせん見た目からして俺と同い年か何なら年下にしか見えないからいまいち実感が沸かない。それに桜の花びらのような色の大きな瞳で見つめられると――ああいや、それよりも。
「お願いって?」
何なのだろうか。
「この国のために、戦って欲しいの」
「え?」
戦って欲しい……? 野球の試合ならどうにかなると思うけど、多分そうじゃなさそうだなと思っていると、メメと名乗った女の子は一呼吸置いた後、話を続けた。
「隣国のセントポーリア王国がこの国への侵略を始めて3年が経って、大勢の命が奪われたの。もうこれ以上、誰も犠牲にする訳にはいかないし、犠牲にしたくもないの。だから、何としてでもこの戦いを終わらせないといけないの。だから貴方を召喚したの」
「召喚?」
「えっと……この世界とは異なる時空に存在する世界――異世界から、魔法を使って貴方を召喚したの。とても優秀な能力を持つ……貴方を」
脳の理解が全く追い付かないが、つまりこれはいわゆる――
「異世界転移……?」
生憎俺はそっち方面の知識に疎いが、世の中には別の世界に飛ばされたりだとか自らの意思で行っただとかそういうジャンルの物語もあるらしいし、俺も今そういう状況になっているのだろうか。
「貴方も同じ事を……」
「貴方も、って他にもその、召喚した人が?」
「あ、うん……。いたけど……」
いたけど、という事は……いや、これ以上踏み込むのはよそう。それよりもだ。俺は彼女――メメに伝えなければならない事を伝える。これを言わなければ、俺も過去形の存在になりかねない。そんな思考になる自分がいた事で、まだ死にたくはないんだなと自分で自分を笑いたくなるが、表に出る表情はむやみに変わらないよう努める。ポーカーフェイスというやつだ。
「悪いけど、俺は戦えない」
「え、な、なんで……」
「なんでって、その……戦場で戦った経験なんて無いし、俺はちょっと野球をやってただけのどこにでもいるただの高校生だから」
「そ、そっか……」
罪悪感も少しあるが、いきなりこの世界に召喚された俺一人でどうにか出来る問題だとは思えない。だから俺は、落胆した様子の彼女に尋ねる。挙動が最初のときのおどおどとした感じのに戻っているし、もしかしたら素はこっちなのかもしれないなとなんか撫でたくなる彼女のつむじを見ながら思った。
申し訳なさがあるが、どうにもならない事はどうにもならないし、それにこのままだと普通に学校に遅刻するから、通学路に戻してもらわなければ。
「えっと……通学路に戻して欲しいんだけど」
「……ごめんなさい……それは出来ないの……」
「出来ない……?」
「……異世界から召喚した存在を元の世界に戻す魔法はあるんだけど、私は使えないの……」
「使えないのか……」
使えないのか……。そうか、使えないのか……。なるほど……いや、なるほどじゃない。元いた世界に帰れないならこれからどうしたらいいんだ俺。どこに何があるとか、そういう魔法が使えるような凄腕の魔法使いがどこに住んでいるのかとか、そもそもそんな人がいるのかとかも全く何も知らないぞ俺。それに残りの人生この世界で過ごす事になるのか? マジで?
「……」
「……」
何を言ったらいいのかわからないまま黙ってメメを見つめていると、そのままお互い微妙な距離に立ち尽くしたまま、沈黙の時間が流れ始めた。どうすりゃいいんだこの状況……。彼女にも彼女の事情があるのはもうわかってるし、むやみやたらとキレ散らかす事もしたくないしな……。大体突然の事すぎて感情が何も追いつかないぞと困惑の感情を自覚しながら再びベッドに目を向けると、脱ぎ捨てられたパジャマのような衣服が置いてあった。つるつるしていて着心地が良さそうだ。もしかして見ないでって言ったのはこれの事だったのか?
「えっと、俺を帰せる魔法を使える人は――」
とりあえずそういう人がいるのかどうかだけでも聞いておこうと尋ねようとした瞬間、青い絨毯が敷かれた床を白い物体が動いているのが視界の隅に映った。四足歩行でペチョペチョと足音を鳴らしながら歩くそれを、俺はよく知っていた。
「……犬?」
見ると、白いフレンチブルドッグが俺の足元まで駆け寄って匂いを嗅いでいたのだ。フレンチブルドッグがいるって事はもしかしてここフランスなのか? いや多分違うよなと疑問を抱きつつも、とりあえず屈んでその犬の顎の下を撫でる。するとその犬は気持ちよさそうにブヒブヒと鼻音を大きく鳴らした。
「この子も私が召喚したんだけど、鼻が低いだけの普通の犬みたいで……」
「あ、そうなんだ」
赤い首輪をつけており、ネームタグにはポップ体で「ペッペ」とカタカナで書かれていた。
「ペッペちゃんか」
「……首輪の字、読めるの?」
「まあ、一応」
お互い訳もわからないまま異世界に飛ばされて大変だな、と声には出さないままペッペちゃんを撫で続けていると、暗い木材で作られた大きなドアが強くノックされた。
「陛下、失礼します――その方は……」
ドアを開けて姿を見せたのは、これまたいかにもRPGに出てきそうな、キラキラとした宝石のようなものがいたる部分に埋め込まれている重そうな鎧を身に纏った金髪の女性だった。目鼻立ちが整っていて、いかにも真面目そうな人だなという印象を受ける。
「あ、カナリー……えっと、また召喚してみたんだけど……」
「またですか。いえ、それよりも大変です。王国軍がコルジリネまで侵攻を開始しています。可及的速やかに対処しなければやがて帝都にも戦火が及ぶ事が予測されます」
「もうそこまで――!」
「はい。ですので陛下にも即時出撃を要請いたします」
「わかった。私も行く」
メメはそう言うと、バタバタとした様子で準備を始めた。俺はペッペちゃんを撫でながら、ただ黙ってその光景を眺めている事しか出来なかった。話の内容は半分も理解出来なかったが、今動かなければやがて今いるこの場所も危うい状況に陥るのだという事は理解出来た。
「貴方も来てください。人手は大いに越した事はありませんので。異世界から来たばかりで状況の理解も追いついていないでしょうが、一刻を争う事態ですので何卒お察し頂けますと幸いです」
俺の心の中を読み取ったかのように、メメにカナリーと呼ばれた女性が俺を見下ろしながら淡々とした口調でそう言ってきた。
「ああ、はい……」
その勢いに俺は、聞き直す事も質問する事も出来ず、ただ頷く事しか出来なかった。
「今抱いている犬も一緒にご同行お願いいたします。犬とはいえ、異世界から召喚されたのです。何かしらの戦力にはなってくれるでしょうから」
「いや、さすがにフレンチブルドッグは――」
「お願いします」
「わ、わかりました……」
他の犬種ならともかく、フレンチブルドッグは戦力にはならないんじゃないかと言おうとしたが、カナリーさんの一切反論を許さないと言わんばかりの雰囲気に押され、俺は何も言えずに状況に流されるがまま、彼女たちについて行く事になったのだった。
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