第10話
『えっ、私が子爵に呼ばれたの?!』
私、レイラ=クロフォードは一通の手紙を前に、食堂中に響き渡る様な悲鳴をあげた。
ヴィアースブルクの自宅。
ミヒェルさんの屋敷から帰宅した直後、部屋に戻ろうとした私は微笑みを浮かべる祖父、バーナード=クロフォードから一通の手紙を渡された事をきっかけに、この話は始まった。
『今日の昼頃、使者を介してこれが送られてきた。』
私は祖父に手渡された手紙を受け取る。
流暢な文字で宛先を書き記し、牛の頭を模した印が刻まれた封蝋で留められていたその手紙には切手や消印は存在しなかった。
一般的な郵送業務を担っている郵便局を介して送られた物ではなく、使者を介して手渡された代物だった。
書き記されている宛名は勿論……私の名前。
私は慎重に封を破り、手紙を開く。
ーーーーー
親愛なるレイラ=クロフォード様
突然のお手紙にて失礼いたします。
私は貴女の魔術的才能と2年間の努力に対し、深い敬意を抱いてきました。
貴女が持ち得た情熱に対し、多くの人々が期待と注目を集めており、私もその素晴らしい才能をさらに支援したいと願っております。
つきましては、もし宜しければ、私の力で貴女の夢と目標を実現するお手伝いをさせていただきたいと思います。
また、誠に身勝手な願いではありますが、一度貴女のお目に掛かりたい為、来月24日に我が家で開かれる私の孫、カルロス=ソルトの生誕記念パーティーに参加して頂きたく存じます。
貴女の未来が明るく、素晴らしいものでありますように、お返事を心よりお待ちしております。
敬具
ロント子爵ハビエル・ソルト
ーーーーー
『後援……?私を?』
こんな事は"あの記憶"の中では無かった。
いや……確かに似たような出来事はあった。
しかし、それは私の姉であるユーフェミアに対するオファーであり、私に対して送られた物では無かったはずだった。
突然の報せに驚く私に対して、祖父は話し始めた。
『どうやら遊園地の出来事が子爵様の元にも伝わっていたようだ。
お前は運がいい、貴族の方からこの様な申し出を受けられる事は中々ない。』
祖父は不敵に微笑んだ。
私の祖父であるバーナード=クロフォードは良くも悪くも商人気質な人だ。
一見すると誰にでも好かれるような、穏やかな雰囲気を醸し出しているものの、ふとした瞬間に"どうすれば自分の利益になるのか"損得勘定で判断している事を感じさせる人だった。
私は祖父の笑みからそんな、どこか不自然で……底知れないものを感じた。
祖父は話を続けた。
『レイラ、お前も近頃は少しだけ落ち着きを見せる様になった。
ユナも一緒に向かうからそこまで心配はしていないが、先方に非礼のない様に気を付けなさい。』
祖父は私の頭をポンポンと叩く様に撫でる。
孫娘が何かを成し遂げ、クロフォード家がさらに栄える。
……机上の空論でしか無かった話が現実味を帯び始め、上機嫌な祖父とは対照的に、私は腹の中から込み上げるような強烈な胸騒ぎを感じた。
私はそれを我慢し切れず、つい、心の内に湧き上がった言葉を口走った。
『あの……断っちゃ……だめ?』
祖父の顔から一瞬、笑みが消えた。
まるで理解出来ない物を見る様な視線を私に向ける。
私は自分の口走った言葉の意味と、祖父の視線を認識すると、蛇に睨まれた蛙の様に、ヒュッと息を呑んだ。
祖父は直ぐに微笑みを戻すと……一際優しげな声色で私に尋ねた。
『……この話はお前にとっても悪い話じゃないと思うが、何か不満な点でもあったのか?』
私は凍り付いていた喉から声を絞り出す様に応えた。
『……ご、ごめんなさい、突然な事だったから、ちょっと心構えが出来てなかったの』
『そうか……心配するなレイラ。
お前なら上手くやれる。』
祖父は張り詰めていた緊張の糸を解く様にふっと息を吐くとそんな事を言った。
『うん…わかった』
この時の私は相槌を打つことしか出来なかった。
祖父との会話を終えた私は自室に戻るとベッドの上に身を投げ、物思いに耽る。
あの遊園地での出来事をきっかけに、未来は私の知っている物から良くも悪くも、変わり始めた。
もっと早く自覚すべきだったのかもしれない。
この世界は、既に私の知っている航路から外れて、未知の世界へと向かいつつあった事に。
私は両脚を抱える様に体を丸める。
私の心は悍ましく……漠然とした不安に支配されていた。
***************
生誕記念パーティー当日。
私はロント子爵邸の門の前に立って、そのお屋敷を見上げていた。
どれだけ低く見積もってもミヒェル邸の10倍の面積はあるであろう邸宅と、その外周を覆う様に配置された広い庭園。
絶対近付いてはいけないと思ってしまうようなランクの高級車と高級品で身に包んだ人達が、入れ替わり立ち替わり入場口前の広場に車を停め、赤いカーペットが敷かれた入り口から会場の中へと入っていく。
このロマネスク様式を模した石造の近代建築が醸し出す空気は文字通り、格が違った。
『あの中に入っていくんだよね……?……ミヒェルさんが来るまで待たない?』
『それは駄目、それだと入場がセレモニーギリギリになってしまうわ。』
『うぐぐ………』
『そろそろ行きましょう。』
あまりにも馴染みのない雰囲気に呑まれ、怖気付いた私は、私の隣に居る少女、姉のユーフェミアの服の裾を引っ張り、先送りを提案する。
しかし、姉は私の手首を掴むとささやかな抵抗を続ける私を強引に連れて、会場に向かった。
姉に手を引かれたまま、私はしぶしぶロント子爵邸の敷地へと足を踏み入れた。
門をくぐり、会場に繋がる園路をすすむ。
子爵邸の横ではすぐに会場の雰囲気に圧倒された。
内装は装飾こそ控えめなものの、建材に使われている石灰岩で作られた柱や梁、タイル、どれをとっても調和と均等が取られており、まるで神殿の様な荘厳は雰囲気があった。
自然光の様な柔らかな光を再現する為か、天井や壁の一部の切り欠きから照明の光が間接的に差し込み、会場の中心部に設けられたステージから楽団による弦楽曲が響く。
華やかなドレスやタキシードを身に纏った人達は皆、笑顔を交わし、上品な会話を楽しんでいた。
姉に手を引かれながら歩みを進める私は、深呼吸をし、少しでも自信を持って振る舞おうと落ち着こうとした。
そして、ここ数週間の内に何度も何度も、母から教え込まれた礼儀作法を思い起こす。
……よし、多分大丈夫。
先ずは主催者……ロント子爵に挨拶に行かないと。
私達は子爵の元へと向かった。
ロント子爵ハビエル・ソルトは微笑みながら私たちを向かえてくれた。
「あぁ、よかったよかった。
君たちの事を待っていたんだ。
初めましてレイラ嬢、そしてユーフェミア嬢。
私はヴァロア王国国王からロント子爵の爵位を預かっているハビエル=ソルトという者だ。
ようこそ孫の生誕記念パーティへ」と、ふくよかな体の男性がバリトン声で話しかけてきた。
「お招きにあずかり光栄です。子爵様』と、姉が丁寧に頭を下げる。
『レイラです。お呼び頂き、ありがとうございます。』
私は緊張でぎこちなくなりながらも、微笑みを浮かべ、応じた。
ロント子爵は手を振りながら応える。
『いやいや、礼を言わなければならないのは私の方だ。
普段はパーティー中に面談なんてしないんだが、近頃はあまり時間が空いてなくてね。
こんなタイミングしか取れなかったんだよ。
ささ、取り敢えず座って』
ロント子爵は私達に座る様に促す。
私達は促されるまま、空いている席に座った。
現ロント子爵であるハビエル=ソルトは貴族の中でも特に変わった人物として知られていた。
一般的にはさまざまな物品を集めるコレクター、又は慈善事業を数多く執り行う事業家としての側面が良く取り沙汰されるものの、
本人の性格は理知的というよりは風変わりと言い表すのが適切だった。
優れた知識の持ち主であることは間違い無いのだが、彼の行動は興味と関心を原動力としており、彼の突拍子も無い行動は周囲の人々を混乱させることも多いが、言い方を変えれば"決まった概念に縛られない自由な人物"とも言えた。
それは50歳を越えた今でも変わっておらず……むしろ、家業の幾らかを息子に譲って以来、年々その傾向を加速させている……らしい。
『はてさて、何から話すべきか……ああ、君。
お嬢さん達にジュースを持ってきてくれ』
ロント子爵は近くの使用人に対し指示を出す。
数十秒後には私達の前にジュースが入ったガラスのコップが置かれる。
『恐れ入ります。』姉は再び頭を下げる。
私もそれに倣って頭を下げる。
『早速本題に入るとしよう。
先ずは、君たちに対する支援の内容についてだ。
毎月
『え、い、1万シラ……?!』
子供の私達にとって、とてつもない額を提示され私は思わず聞き返してしまった。
『ああ、そうだよ』
ロント子爵は頷くと、話を続ける
『これは何に使って貰っても構わない。
ただし、半年に一回君たちの成長度合いを確認する為にテストを受けてもらう。
……君たちの場合は連合魔術協会が定めている指標に則った魔術技能試験になるね。
そこで努力の痕跡が見られない場合、残念だが援助は打ち切らせてもらう。
……ここまでは大丈夫かい?』
私達はコクコクと頷く。
ロント子爵はテーブルに置いていた書類をペラペラと捲りながら話を続ける。
『宜しい。
他にも幾つか支援を考えているが……比較的汎用性の高い項目は………これだなぁ。
君たちが何か必要としている物がある場合、ロント子爵家の紹介を基にそれらを揃える事が出来る。
例えば、発注から納品まで長い時間がかかる代物……飛竜種の血などの希少生物由来の製品や亜人種との取引が必要な物品なんかを比較的早期に入手できるようになる。
これは基本的には錬金術を志している子はよく使う項目だが、誰かに渡す為のギフトを買う時や、入学用品を集める事を頼む子もいるね。
……ざっとこんな物だろうか。
細々とした物は覚えられないだろうから、ご両親に見てもらいなさい。』
ロント子爵は私達にその書類の束を渡す。
手厚過ぎる支援内容を提示され、圧倒された私が硬直する中、ユーフェミアは静かに尋ねる。
『あの……何故こんな手厚い支援を行っているのでしょうか?』
姉は表情にこそ出さなかったが、恐らく……ロント子爵の事を……警戒していた。
相場を大きく超えた支給額は学生の支援と考えるにはあまりにも不自然だと思ったのだろう。
何かが裏にある。
姉はテーブルの下で私の手を強く握った。
警戒心を滲ませた姉の言葉を聞き、ロント子爵は困ったような微笑みを見せるが、先程と変わらぬ口調で答えた。
『理由は主に二つある。
君たちみたいな若者の将来に期待しているというのが1つ、もう一つは……』
ロント子爵は一息置いてから、私達にしか聞こえないような小さな声で答えた。
『………君たちには協力してほしいんだ。
この国の未来のためにね。』
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