Down Era

@LIS_45

第1話

これはまだずっと未来の話。


私は傷付いた身体を引き摺るように一人、山中を歩いていた。

時折り背後の振り返ると、その度に地平線の向こうから黒い煙が何本も上がっている事を認識してしまう。

数日前、あの場所には『奴ら』が一挙に押し寄せた。

防衛隊は抵抗したが相次ぐ敗北により、既に烏合の衆と成り果てていた軍に出来る事は無かった。

私は見た。

『奴ら』が押し寄せ、兵士が次々に喰い殺されるのを見た小隊長や中隊長が脱兎の如く逃げ出す姿を。

いや、私だけじゃない。

あの時点で生きていた人間の多くがそれを見ていた。

そして、我に返った時には私は一人、山の中に居た。



私は喉の渇きと飢えを感じながら、ただ、山中を進んでいると荒屋を一軒見つけた。

山中にひっそりと佇んでいたそれは、作られた当初からあまり出来の良い作りでは無かっただろうが、長らく放置されていたせいか、所々腐り落ちていた。


だけど、心身共に限界を迎えていた私は気にもせず荒屋の戸に手を掛けた。

中には誰も居らず、残された物は全て埃と漏水によって腐敗した木片を被っていた。


私は食糧を求め倉庫と利用されていたと思われる一角を漁った。

見つかったのは消費期限切れの缶詰が3つと埃を被ったペットボトルに入った水が1本だけ、戦争後期に作られた粗悪品のナイフを使い、乱暴に缶詰を開けると、食品とカビの匂いが室内に広がっていたが、私は貪るように頬張ったが、何日も食べ物を入れていなかった私の身体はそれを拒絶しようとする。

水によって強引に流し込みながら食べ終えると私の身体は糸が切れた人形のように横たえ、そのまま意識が途絶えた。



翌日、壁の隙間から差し込む陽光で目を覚ました。

赤黒く染まった包帯が巻かれた腕を動かし、目を拭うと指先が涙で濡れた。

昔の……まだ幸せだった頃の夢を見た。


厳格な祖父、穏和な祖母と父親、そんな父とは対照的に気難しい母親、無鉄砲だった私の面倒をよく見てくれた兄や機嫌を損ねやすい姉…

当時は思う所もあったけど、幸せだった。みんな大好きだった。


だけど、家族はもう何処にも居ない。

既に薄れつつある思い出の中にしか残っていない。


頬を伝う涙を拭い、痛む身体を動かそうとしたその時、何かが荒屋の方に迫ってくるのを感じた。

咄嗟にホルスターから古びた拳銃を取り出し、小屋の中で息を潜める。


『奴ら』の呼吸音と耳障り発声音が徐々に荒屋の戸に近づいてくる。


。『奴ら』はここに隠れている私の存在に気が付いている。


その事実に気が付いた時には私は息を殺す事が出来なくなっていた。

止まったはずの涙と嗚咽が漏れて出した。

迫りつつある死とまだ生きたいという生に対する執着、これまでの人生に対する後悔。

いろいろな思いが頭の中を駆け巡る。

今となっては全て無駄な事だけど、それでも止められなかった。

荒屋の戸の前まで気配が迫った瞬間、私は叫び声を上げながら拳銃の引き金を何度も引いた。

私と奴らの叫び声と拳銃の銃声が山中に響く。

10、11、12。弾がなくなった後も私はしばらく引き金を引き続けたが、扉の前から気配を感じなくなった事に気が付いた私は呆然としながら銃を床に落とした。

先程まで感じていた奴等の気配が消えた。

倒せたのだろうか?


私が外の様子を探るためにゆっくり立ちあがろうとした瞬間、肉が切り開かれる音と共に視界が宙を舞った。


私が最後に認識したのは液体が地面に叩きつけられた様な音と、『奴ら』が血で真っ赤に染まった部屋の片隅と、私に向かって飛びついた事実だった。





『いやぁぁあ!!!!』

私は悲鳴を上げながらベッドから飛び起きた。


さっきまで感じていた苦痛に遅れて反応する様に手足をバタバタと動かし、手足や首に触れた。


そして私は茫然とした表情で動きを止めた。

『なんともない……?』

『奴ら』ズタズタにされた筈の身体が元通りになっている。

それどころか記憶の中の『私』の手足より小さく華奢な物だった。

辺りを見回すと其処にあったのはあの荒屋でなく、まだ幸せだった頃の思い出の風景。

家族がみんな生きていた頃の私の部屋。


バクバクと鼓動する心臓と荒々しい呼吸、そして失われた筈の小さな目覚まし時計の作動音だけが部屋の中に響いていた。






『おはようございます。

午前6時を、お知らせいたします。

先ずは国内のニュースです。

諸王国連合内で発生している連続誘拐事件について、連合保安省は……』


ラジオの音声が響くダイニングルーム。

今ここにいるのは60代の夫婦とその息子夫婦の4人。

4人はそれぞれ違う事を楽しみながらこの平凡な日常を過ごしていた。


ノックと共に姿を見せた40代前半の使用人姿の女性、マーガレットは朝食を載せたカートを押しながら部屋にやってくると、ダイニングテーブルに朝食を並べ、雇い主の家族である20代後半の女性に声をかけた


『奥様、朝食の準備が整いました。お子様達をお呼びしましょうか?』


『えぇ、起こして来て頂戴』

声をかけられた吊り目の女性、ケイト=クロフォードはそう言った。



『あらあら、まだ6時よ?もうちょっと寝かせてあげてもいいんじゃない?』年配の女性が編み物の手を止め、ケイトに優しい声色で声を掛ける。


『そうだね。もうちょっと寝かせてあげてもいいんじゃないかな。』


ケイトは自分の義母であるヴァイオレットと夫であるサイラスの言葉を聞くとため息を吐く。


『義母様達は子供達に甘過ぎます。シノは1年後には入学なんですよ?生活…』


『いやぁぁあ!!!!』

それまでほのぼのとしていたダイニングルームの空気が凍り付いた。


最初は突然の出来事であるが故の驚愕による静止だったが、次第に驚愕と困惑は恐れと焦りに変わっていった。


『……レイラ?』

サイラスはぽつりと呟く。

心中で抱いた疑問に対する解答が声として漏れ出た。

それを聞いたケイトやヴァイオレットの顔は青白く変わっていく。


声の主が5歳になったばかりの自分達の娘だと気がついたのだ。




私…レイラ=クロフォードは状況を上手く飲み込めていなかった。

あれは一体なんだったの?

……いや、『今』見ている物は何?

死ぬ間際に見る幻覚?

『私は……』



誰がが廊下を駆ける音が聞こえてくる

私は反射的にびくりと身体を震わせ部屋の片隅に身を寄せた。

足音が部屋に近づく度に、私の心音は再び激しく鼓動し始める。


私は恐れていた。

やはりこれは死の間際に見た束の間の幻覚で、次の瞬間には苦しい現実へと引き戻されるのではないかと。


気持ちの整理を付ける間もなく扉が勢いよく開け放たれた。


迫り来る理不尽に対し、私が出来るささやかな抵抗として目を瞑った。

次の瞬間、私を襲ったのは肉が裂ける痛みでは無かった。

『大丈夫かっ!』

『泥棒か?!』

『レイラッ!どうしたの!?』


ゆっくりと目を開けると、そこに居たのは私の家族だった。

何年も前に死んだ筈の、もう2度と会えない筈の、大好きだった私の家族だった。


瞳から溢れた大粒の涙が頬に筋を残しながら滴り始める。


私は揺さぶられながら家族の抱擁を受けた。







被害者氏名:レイラ=クロフォード

生年月日:2123年6月13日

年齢:5歳

身長:108cm

体重:17kg

出生地:国名:ヴァロア王国

居住地:ヴィアースブルク:西ランパルト地区2431番


父:サイラス=クロフォード

母:ケイト=クロフォード(旧姓エルヴェシウス)

モルフェウム反応検査結果:魔術適性あり


概要

2123年6月20日午前6時頃。

被害者の両親であるクロフォード夫妻と被害者祖父母は自宅2階で就寝中だった被害者の悲鳴を聞き、慌てて被害者の自室へ駆け付けた。

窓は施錠されており、外部からの侵入等の痕跡は残されていなかったものの、被害者の異様な様子から病院への搬送が為された。

精密検査の結果、被害者が就寝した同年6月19日の21:36分から同年6月20日06:01の間に暗号化処理が為された被害者の物では無いと推測される記憶が挿入されている事が確認された。

これによりメンタルクライム(補遺①)の疑いが高まった為、ヴィアースブルク市立病院精神科の判断により、ヴァロア王立警察への通報が為された。

暗号の解読はヴァロア王立警察によって試みられたが現時点で成功していない(補遺②)


補遺①

精神魔術を用いた犯罪行為の総称。今回の場合、衝撃的な記憶を対象に植え付け、対象の精神状態を意図的に悪化させる『メンタルショッククライム』の可能性が疑われている。


補遺②

6月23日現在でも解読作業は実施されているものの、ヴァロア王立警察の暗号解読技術では暗号解読の見込みが著しく低い為、連合保安省へ移管される。




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