第6話 控えめな意匠(クロード視点)
手紙を受け取った直後から微かな動揺が胸の奥を支配している。
封蝋を慎重に割ったときの感触。
薔薇の意匠に、彼女の心配りを見た。
柔らかく、けれど律儀な文面に目を通した瞬間、ふっと心が緩みかけた自覚がある。
ーー軽々しく応じるわけにはいかない。
王女たる彼女と、自分の立場を思えば尚のこと。
だがペンを取っていた。
思考よりも先に、手が動いた。
「…無碍に断れる筈もないだろう」
自嘲を含んだ苦笑を、誰に見られるでもなく浮かべる。
インク壺にペン先を落とし、無駄のない端正な筆致で、素早く書き上げていった。
ローズ・セリーヌ・バルバストル様
拝復
ご丁重なるお誘い、誠にありがたく拝読いたしました。
春光の中、閑静な離宮の中庭にて、貴女様とひとときを過ごせること、私もまた光栄に存じます。
日程につきましては、近日中に改めてご連絡申し上げます。
お心遣いに深く感謝申し上げるとともに、当日お目にかかれることを心より楽しみにしております。
敬具
クロード・テオフィル・アルベール
丁寧に便箋を折り、封蝋で慎重に封をする。
押した印は、宰相の公式なものでありながら、どこか控えめな意匠である。
「…封蝋印であれほど迷う必要もなかったか」
僅かに息を吐き、執務机に肘をつく。
胸の奥にほのかに灯る温かなものは、決済待ちの書類に手を伸ばすことで、そっと隠す。
手紙を託す部下には、言葉少なにただ一言だけ添えた。
「丁重に、確実にお届けしろ」
その声は、静かで、常にもまして真剣だった。
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