Prologue3 真意、無効につき
「クロード様とか…素敵だと思います」
静かな執務室で立ち尽くす私。
何度も聞き間違いであってほしいと願うのに、頭の中には先程の言葉がガンガンと響く。
確かに自分の口から飛び出した言葉なのに、到底受け入れられない。
なんで、どうして、と自問自答してみてもさっぱり分からない。
ふわふわと落ち着かない気持ちから、自然と視線が自分の足下に落ちる。
「おや、そちらも初耳ですが…」
ヴィクトル兄様がこちらを覗きこみながら、柔らかく微笑んだ。
「ロゼがそんな風に誰かのことを言うとは珍しいですね」
私を見つめる深紅の瞳には驚きと好奇心の色がが半分ずつ、そして戸惑い顔の私が映る。
ぽんとヴィクトル兄様の手の重みを頭に感じる。
優しい手つきに目頭が熱くなりかけたけど必死で我慢する。
何か言わなくちゃ。
分かっているのだけれど、一体何を言えば先程の言葉を撤回できるのか。
どんな言葉を並べても言い訳にもならない気がするし、そんな言葉では到底あの兄達は納得してくれないだろう。
また気持ちが沈みかけたところへ突然声が落ちてきた。
「僕は良いと思いますよ」
私の頭にのせた手はそのままにヴィクトル兄様が笑みをのせて言う。
「今の言葉の真意はともかく、僕達の両親はロゼの結婚を望んでいます。しかも割と早急に。そして残念ながら僕や兄さんが血眼になって探したところで、僕達以上にロゼを幸せにできる男は見つからないでしょう」
私の髪の毛を指先でくるくると弄びながら、綺麗な眉が下がる。
「え、見つからないのですか」
「ええ、見つかりません」
思わず突っ込んだけれど、さも残念そうに返されただけである。
「ならば僕や兄さんが信頼している人間に託せば良いんです。そうするとクロード殿は適任でしょう」
「ふむ…」
ルシアン兄様は何かを考えるように言葉を洩らす。
どうしよう。
急に浮上した結婚話がまさかのまさかで纏まり始めている。
しかも私の意思とは関係なしで。
先程の“クロード様って素敵”発言を私の意思とすると全く関係なしではないのだけれど、無意識で飛び出した言葉なのだ。
無効にしてほしい。
「でも、あの…」
考えが纏まりきらないままの私をヴィクトル兄様が自然な動作で引き寄せる。
「クロード殿が相手ならば貴女も研究が続けられますね」
内緒話をするように耳元でそっと囁かれた甘言は何よりも甘く私の脳内を痺れさせた。
そうか、クロード様となら研究も続けられるのか。悪くないかも。
なんて思ってしまう私、チョロ過ぎるでしょ。
「それとも今ここで先程の言葉の真意を問い質しましょうか」
狡い言い方に思わず睨み返しても、冷たい微笑を貼り付けたヴィクトル兄様に敵う筈もない。
しかし臆している暇は残されていない。
「真意は…私にも、まだ分かりません」
拙くても良い。言わなくちゃ。
「…でも、それでも、誰かに決めてもらうのではなく、私が選びたいんです」
既に多くのものを背負っているルシアン兄様や、それを支えるヴィクトル兄様の負担には絶対になりたくない。
小さく、でも確かに発したその声に、空気が静まる。
ヴィクトル兄様は私からそっと離れ、ルシアン兄様はじっと私を見つめている。
「私は、私の人生にちゃんと責任を持ちたいのです」
そこまで言い切ると、今まで沈黙を貫いていたルシアン兄様のゆっくりと重々しい声が室内に響いた。
「ならば、期限を設けよう」
兄ではなく王としての顔。
誰も逆らえない、あの冷ややかな眼差しで言い放った。
「期限は半年。それまでに証明してみせろ」
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