第4話 疑惑の自殺

「ここ最近、婦女暴行事件が多いよな」

 ということで、実は、ここ半年くらいの間に、その日が三件目の婦女暴行事件であった。

 前の二つは、一件目こそ、かすり傷で済んだが、二件目は、かなりの重傷で、四カ月も経っているのに、

「まだ被害者は入院を余儀なくされている」

 ということである。

 しかも、その被害者は、記憶を失っていて、自分が暴行を受けたということは分かっているのだが、それ以前の記憶が消えてしまっているという。

 さらに、気の毒なことに、彼女には、

「まもなく結婚しようということを考えている彼氏がいた」

 ということで、いまだにその彼氏のことを思い出せないという。

 彼氏も両親も、健気に彼女のことを必死にサポートしていて、彼とすれば、思い出してくれない彼女のために必死になっている姿が、涙を誘い、それこそ、雑誌などで取材を受けたのか、彼は、

「彼女がかわいそうだ」

 といって、雑誌に大々的に載っていた。

 それが、

「お涙頂戴」

 ということで、その不満の矛先は、

「当然のことながら、警察に向けられる」

 ということだ。

「数か月前にも同じ婦女暴行事件があったにも関わらず、何という失態だ」

 ということである。

 もちろん、雑誌取材も、そんな、

「世間の声に押される」

 という形で、行われたものであろう。

 当然、警察への風当たりは強く、警備も今までに比べれば厳重にしていたのだろうが、三件目になって、今度は、

「殺人事件」

 にまで発展したのだ。

「今度は、警察の面目に掛けて犯人を捕まえないと」

 ということで、翌日から、躍起になって、犯人の足取りを追い。さらには、

「聞き込みであったり」

 さらには、

「被害者の人間関係も洗われた」

 というのは、

「元々、通り魔事件」

 であるか、

「ストーカー事件だろう」

 ということで、勝手に思い込んでの捜査であったが、

「それの埒が明かない」

 ということであるだけに、今度は、

「怨恨」

 であったり、

「普通の恨み」

 ということから、

「犯人が、被害者に狙いを定めたのは、ただの偶然ではない」

 ということから、

「被害者の人間関係」

 などを最初から、調べなおすことになったのだ。

 それこそ、

「本来であれば、そっちが最初ではないか?」

 と、世間ではいうようになった。

「世間の声に押されて」

 ということでの、

「お粗末にも、後手後手の捜査」

 ということになった。

 しかし、

「背に腹は代えられない」

「警察のプライド」

 ということばかりをいってはいられない。

 というのも、

「実際に捜査をすると、今まで見えてこなかったことが見えてくる」

 ということであった。

 何といっても、

「地域性」

 ということばかりに気を取られていて、お互いに情報が錯綜していたということもある、

 一つには、

「最初の二件は、管轄違いだった」

 ということもあり、本当であれば、

「合同捜査本部」

 というのを作っての捜査をしなければいけないものを、

「片方は、かすり傷」

 ということで、

「婦女暴行事件」

 としては、

「捜査本部はいらない」

 とばかりに、二件目の重大事件に対して、最初の所轄は、

「協力的ではなかった」

 ということであった。

 それどころか、

「捜査もほとんどしない」

 ばかりか、

「街の安全を図るためのパトロール強化」

 というのもしていなかったくらいである、

 こうなってしまうと、もはや、

「連続婦女暴行事件」

 というわけではなく、二件目の捜査においても、次第に、警察側も、

「トーンダウンしてしまう」

 というありさまだった。

 だから、

「週刊誌に載ってから騒がれるようになった」

 ということで、一件目の所轄も、

「うかつなことはできない」

 ということで、それぞれ、捜査が開始された。

 しかし、何といっても、数か月が経っていて、最初の事件からは、すでに半年も経っているということではないか、そうなると、捜査も進まないのは当たり前で、

「逆に、ときばかりがいたずらに過ぎていく」

 ということであった。

 しかも、悪いことに、今度は三件目が起きてしまい、今度は、ついに、

「死亡事件に発展してしまった」

 さらに、その管轄が、

「一件目の事件の管轄で起こった事件」

 ということで、警察に対しての市民の不満は、爆発寸前であった。

 しかも、今度の事件は、

「全国のニュースでも報じられ、さらに、半年前の事件、その後の事件と、連続であるにも関わらず、警察が、ほとんど何もしていなかったかの如くに、報じられた」

 ということだったのだ。

 今回の事件で死人が出たというのは、実にショックなことであったが、問題は、

「飛び降り自殺をした」

 というのが、その事件の犯人だったのかどうか?」

 ということであった。

 実際に、飛び降り自殺をした男には遺書はなく、衝動的なものだったということだ。

 襲われた女性と、飛び降り自殺をした男とは、面識はないということであった。

 ただ、殺人事件の捜査のように、細部にわたっての捜査ではないので、あくまでも、

「表に出ていること」

 というだけのことであった。

 襲われた女性は、名前を、

「遠藤はづき」

 といって、年齢は19歳、近くの女子大の2年生であった。

 友達関係は悪くなく、別に輪の中心にいるわけではないが、かといって、端の方にいるタイプでもない。

「いつも、友達の悩みを聞いてあげたりする、そんな親身になって人の世話が焼けるような女性でした」

 という話を、事情聴取した仲間からは、聞かれたのだ。

 もちろん、よほどのことがない限り、死んだ人のことを悪くいうということはないだろうが、これだけ皆が示し合わせたように、ほめるということは、まんざらでもあるまい。

 それを思えば、

「彼女の人となり」

 というものが見えてくることだろう。

 では、

「飛び降り自殺をした男の方がどうなのか?」

 彼は名前を、

「久保正二」

 といい、彼は大学を出て3年目のサラリーマンで、まわりの人の話では、

「何か悩んでいるような気はしましたね」

 ということであったが、話を総合してみると、

「普段から、細かいことで悩むことの多い」

 という青年で、神経質で、少し気が短いという話であった。

 しかし、この男に関しては、話が錯綜するところがあり、少なからず、

「彼は、のんきなところがある」

 という人もいるくらいで、どこまでが本当なのか分からないともいえるだろう。

 ただ、一つ気になった情報として、

「久保という男は、どこか忘れっぽいところがあったからな」

 という情報だった。

 他の人からは、そんな話は出てこず、その人一人からだったので、ほとんどの捜査員は、気にもしなかったようだが、よく聞いてみると、

「その人の話だけが、他の人とはまったく違っていて、まるで違う人の話を聞いているかのようだった」

 というくらいである。

 やはり他の捜査員は、その人のことを、まるで、

「狂言癖がある」

 とでも思っているのか、まともに信じていないふしがあったが、それを気にしていたのが、F警察署の、

「樋口刑事」

 だったのだ。

 樋口刑事は、F県警でも、中堅クラスの刑事といってもいいだろう。年齢的には30代後半と言ったところで、そろそろ、警部補への昇進を考えてもいいかも知れないくらいであった。

 しかし、本人はその気はないようで、

「刑事稼業」

 を頑張るだけと考えていたようだ。

「現場が俺には似合っているからな」

 といっているが、

「樋口刑事なら、そうだろうな」

 と思われるほどに、まわりはあまり気にしていない。

 かといって、まわりが、無視するような人ではなく、逆に、

「樋口刑事がいてくれるおかげで、捜査がうまくいく」

 と思われているようだ。

 実際に、樋口刑事は、

「F警察署刑事課には、なくてはならない存在」

 と言われていた。

 特に、直属の上司である、

「桜井警部補」

 には、期待されていて、警部補からも、

「君はまだまだ現場で頑張ってほしい」

 と言われているようで、その本音とすれば、

「今の間に、君の後継者を現場に作っておいてほしい」

 ということであった。

 確かに、今は樋口刑事に匹敵するような優秀な刑事がいるわけではなく、現場の責任者ということを任せられるのは、樋口刑事だけだった。

 樋口刑事もそのことは分かっているようで、

「現場のことはお任せください」

 という言葉に嘘はなく、事件解決までの指揮に関しては、素晴らしいものがあるのであった。

 だが、

「後継者の育成」

 ということに関しては、樋口刑事の

「一番苦手」

 とするところであって、

「部下の指導」

 というところまではできるが、

「後継者育成」

 ということに関しては難しいようだ。

 というのは、樋口刑事、

「育成方法」

 というのは、

「一度一通り教え込んでしまうと、あとは、自分の背中を見てくれ」

 というタイプだった。

 というのは、

「まず、最初に一通り教え込む時、すべてを叩き込む」

 というくらいの指導法なのだ。

 だから、人によってはついてこれずに、挫折する人もいる。

 かといって、職人気質のような、

「罵倒する」

 というやり方ではないので、そこで、挫折したとしても、その刑事が、

「警察を辞める」

 というようなことはなかった。

 しかし、ついてこれなかった人の中には、樋口刑事に、

「苦手意識」

 というものを持ったり、

「怒りをぶちまける」

 という人もいたりと、

「賛否両論」

 ということだ。

 しかし、実績と、ほとんどの部下が信頼を寄せていることからも、

「優秀な刑事である」

 ということに間違いはないだろう。

 そんな樋口刑事に、

「全幅の信頼」

 というものを寄せている桜井警部補は、樋口刑事に、

「刑事のイロハ」

 を叩き込んだその人だったのだ。

 彼にとって、樋口刑事は、

「自分の片腕」

 であり、相談相手といってもよかった。

「桜井警部補は、自分の師匠」

 ということで、二人の間には、

「固い師弟関係」

 というものが結ばれていたということである。

 そんな樋口刑事が、今回の事件で、

「犯人が飛び降り自殺をした」

 ということが、どうにも気になるところであった。

 だからと言って、

「暴行犯が彼ではない」

 とは思っていない。

「彼が暴行犯であることに間違いはない」

 という考えでいるようだ。

 だが、今のところ、

「確証がある」」

 というわけではない。

 何といっても、まだ、

「暴行殺人」

 と

「飛び降り自殺」

 との間の因果関係が分かっているわけではないからである。

 それには、まず、それぞれの人間関係を調べることが最初であったが、実際に調べてみると、

「二人を知る人たちからの事情聴取」

 を行っても、

「お互いが知り合いだ」

 という話も出てこないし、実際の経歴から接点を見出そうとしたが、表に出てきている経歴からは、どこにも接点がなかった。

 それを思うと、樋口刑事は、

「暴行事件の犯人は久保だと思うのだが、久保の死は、本当に罪を悔いての自殺だというのだろうか?」

 と思うからだ。

 しかし、

「久保の死に、暴行事件が関係なかったとは言えない気がする。逆にいえば、彼が暴行犯だったから、死ぬことになったのではないか?」

 と考えたのだ。

 つまり、

「久保は本当に自殺なのだろうか?」

 という思いであった。

「久保という男のことを聴いていると、確かに神経質だと言われているようだが、彼のことを、のんきだといっている人もいて、正直、つかみどころがない人だといえるのではないだろうか?」

 というものであった。

 それを他の捜査員に話してみると、

「でも、久保をのんきな性格だといっている人は一人しかいないじゃないか。しかも、その人は、久保に対しての印象を他の人とはまったく違ってとらえているじゃないか?」

 という。

「いやいや、だからこそ、気になるのさ。君はその男性のことを、違った目で見るところがあるから、信憑性がないとでも思っているのかい? だけどな、そういう人間の方が得てして、その人の本性を掴んでいることがある。人によっては、自分が気を許した人物にしか、本性を表さないという人がいるものさ」

 と樋口刑事はそういった。

「なるほど、そうかも知れませんね」

 といって、同僚刑事は感心したが、そもそも、このような性格の持ち主こそが、

「樋口刑事その人だ」

 といってもいいだろう。

 同僚もそのことが分かっているので、逆らうこともなく、納得した。

 樋口刑事もそのことが分かっているので、にっこりと笑って、納得してくれたことを、素直に喜んだのであった。

 問題としては、久保のことを、

「一人だけ別に見ていた」

 という、樋口刑事とすれば、

「久保が一番気を寄せていた」

 と思っているその人は名前を、

「伊東重孝」

 と言った。

「どうやら、これから、また久保という男の性格であったり、人となりを調べることがあれば、今度は、伊東の意見が核心をついていると思うようにする方がいいかも知れないな」

 と同僚も感じたのだった。

 捜査としては、

「何といっても、大きな問題は、婦女暴行殺人事件」

 ということであった、

「二つ目の事件」

 ということで、K警察署の方でも、刑事が派遣されてきて、今回の暴行殺人事件の現場ということになった、F警察署内に、

「連続婦女暴行殺人事件」

 という捜査本部が設けられた。

「いまさら」

 というのが、市民の感想なのかも知れないが、これでやっと、

「二つ目の事件にも、警察が本腰を入れてくれる」

 ということで、市民も安堵というところであろう。

 何といっても、

「記憶を失うまでの暴行を受けているにも関わらず、警察の捜査が本腰を入れていないように見える」

 ということから、市民としては、特に、年頃の娘さんを抱えている家庭では、

「警察は当てにならない」

 ということで、自分たちで、町内の見回り隊を組織しているところもあった。

 実際に、見回り隊が警備についている時、

「警察のパトロールに出会うことはまれだ」

 というくらいに、

「まったく何も捜査をしていない」

  といってもいいくらいだった。

 それを考えると、

「あの事件は何だったんだ? あれでは被害者がかわいそうで、まったく念の教訓にもなっていないではないか」

 ということであった。

 確かに、最初は婦女暴行が起こってから数日間くらいは、

「警備を強化します」

 といっていた警察の言葉通りに、警備のおまわりさんは、確かに増えているようだった。

 しかし、数日もすれば、どんどん人が減って行く。

 もっといえば、

「普段であれば分からないが、実際に、警察が当てにならないと思って見ていると、その傾向が顕著にみられる」

 ということで、

「警察なんか当てにならない」

 ということを、何ととなく証明されたように思えてならないのだった。

 合同捜査本部ができた

「F警察署」

 の本部長は、

「門倉警部」

 副本部長には、

「桜井警部補」

 そして現場の責任者ということで、

「樋口刑事」

 が任命された。

 そして、K警察署の方から、派遣されてやってきた刑事の中にいるのが、

「秋元刑事」

 だったのだ。

 秋元刑事も、以前から、

「迷宮入りしそうな事件の解決を、いくつもこなしてきた名刑事」

 という誉れの高い刑事で、樋口刑事とは、以前から、

「一度組んでみたい」

 という意識を持っていたのだった。

 秋元刑事は、樋口刑事に比べれば、まだまだ若く、年齢は、30ちょっとくらいではないだろうか?

「K警察署のホープ」

 と言われてから、そんなに久しくはないので、

「まだまだ新人」

 と言われているのだった。

 確かに新人として、まだまだのところはあるが、

「同僚からも、上司からも、一目置かれている」

 ということに間違いはなく、その理由として、

「秋元刑事は、勘で捜査する人だ」

 ということで、本来であれば、

「嫌われる」

 といってもいいのだろうが、

「秋元刑事はあれでいいんだ」

 と言われるようになっていて、K警察としての、

「名物刑事」

 ということになっているようだった。

 もちろん、他の警察では、そんなことが耳に入ってくることもなく、K警察署内でも、

「内部的なことにしておこう」

 ということだった。

 何といっても、

「県警に知られれば、上司のいうことを聴かない刑事というレッテルを貼られて、せっかくの彼の力を無駄にしてしまうのは、もったいない」

 ということであった。

 だからこそ、今回の事件で、秋元刑事が呼ばれたのだ。

 それを呼んだのは、

「桜井警部補」

 彼は、警部補という立場から、他の警察署のウワサをよく聞くことに尽力しているようで、

「あわやくば、優秀な刑事がいれば、うちの刑事課に引っ張りたい」

 と思っていたのだ。

 ただ、それは、上司である、

「門倉警部の時代から行われていたことで、それを忠実に守るだけの度量が、桜井警部補にはあった。

 樋口刑事といい、F警察署には、

「かなり優秀な警察官が揃っている」

 ということであろう。

 それに比べると、K警察署の刑事課では、

「数ランク落ちる」

 と言われるくらいの警察署で、しかも、そのK警察署が、

「警察署のちょうど平均的なところだ」

 ということから、

「どれだけ、F警察署が優秀なのか?」

 ということと、

「どれだけ、警察組織のレベルが低いのか?」

 ということとが言われてもしょうがないのだろうが、さらにひどいことに、

「どちらかが言われるのであれば、それはそれでしょうがないのだろうが、どっちも言われている」

 というのは、

「これほど警察というものがお粗末なところだ」

 ということになるのであろう。

 これが、

「この国の警察組織」

 ということであり、

「誰も情けないと思っていないのか?」

 と思えば、庶民のみならず、警察内部の、

「心ある人」

 というのは、

「本当に、警察組織をどこまで憂いているというのか?」

 と思わせるのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る