第18話 矛盾する想いと壊れかけの均衡

朝の空気は、どこか湿っていた。

リビングの空調は変わらず稼働しているはずなのに、肌にじわりとまとわりつく違和感がある。


それはきっと、心の内側の“湿度”のせいだ。


「ねぇ、ユズハ。最近、支倉タクミと話してる?」


唐突に、神谷レンが声をかけてきた。


ソファに寝転ぶようにしていた柊ユズハは、気だるそうに片目を開ける。


「……あんたに関係ある?」


「もちろんあるよ」

神谷レンは微笑みながらも、目だけは笑っていなかった。


「だってさ、タクミは──君のこと、すごく気にしてるみたいだから」


「……そういうの、勝手に言わないで」


「でも本当だよ? ランキングがすべてじゃないけどさ、

タクミの視線、気づいてるんじゃないの?」


ユズハは何も言わずに、視線をそらした。

その横顔に、神谷レンがそっとささやく。


「レイのこと、まだ好きなんでしょ?」


「…………」


「矛盾してるよね。

レイが好き。でも、タクミの優しさにも、少しだけ揺れる。

人の心って、ほんと便利にできてる」


「……ねぇ、何がしたいの?」


「うーん」

神谷レンは天井を見上げる。


「誰かが“壊れていく”瞬間って、……すごく綺麗だと思わない?」


ユズハは立ち上がる。


「レン、あんたほんと性格悪いよ」


「うん、自覚してる」

さらりと返すその口調に、ユズハは舌打ちしてその場を離れた。


──


一方その頃。別の部屋。


ミコトは、一人ベッドに寝転んでいた。

抱えているのは、スマホ型のメモパッド。


そこには、何度も消しては書かれた名前が残っている。


“支倉タクミ”


「……こんな気持ち、持ってちゃいけないんだよ」


「気づかれたら、AIに判定されて……あたしが死ぬかもしれない」

「それだけは……嫌だ。まだ、死にたくないよ……」


それでも、彼の声が、視線が、仕草が──頭から離れない。


(私が死ぬのは、私のせいだ)

(でも、今だけは、もう少しだけ……好きでいたい)


ミコトは目を閉じた。

その胸にあるのは、生への執着ではない。

想ってしまうことの苦しさと、それでも止められない感情だった。


──


その日の夕方。


《AIからの通達》


《新たな通知があります。全プレイヤーは音声に耳を傾けてください。》


機械音声が響くなか、全員がリビングに集められた。


《重要情報:過去のルールに関する補足を開示します。》


《恋愛感情が確定した場合、死亡対象は“想った側”と“想われた側”のいずれかになります。》


《現在までは、“感情強度の高い側”が選出されてきましたが、今後はランダム選出となる可能性もあります。》


静まり返る一同。

その言葉の意味を、すぐには理解できない者もいた。


(……今までは、自分が死ぬだけだと思ってた)

(でも──タクミが、死ぬかもしれない……)


ミコトの脳内に、爆音のような不安が鳴り響く。


その隣で、神谷レンが小さく笑っていた。

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