番外編 怖いのは、わたしの方(雨宮マナ)

 わたしは、小笠原くんのことが嫌いだったわけじゃない。


 最初に声をかけられたとき、明るくて、元気で、うるさくて。

 ああ、タイプじゃないなって思った。


 


 でも、ずっと話しかけてくれた。

 どんなにそっけなくしても、笑ってくれた。


 そのうち、少しずつ心がほぐれていった。

 小笠原くんといると、他の人といるよりも“安全”な気がした。


 


 この施設に来てからも、彼は変わらなかった。


 むしろ、前より優しくなった。


 


 最初は、それが嬉しかった。


 でも──ランキングで名前が出たとき、わたしは、怖くなった。


 


 「マナちゃんが好き」って、笑顔で言ったあの瞬間。


 彼の“気持ち”が、本物なんだと、確かに伝わってしまった。


 


 その時、頭の中で冷たい声が響いた。


 “惚れられたら、死ぬ”。


 あの言葉が、喉元に棘みたいに引っかかって離れなかった。


 


 怖いのは、彼じゃなかった。


 怖いのは、“彼の感情”。


 


 それを受け取った瞬間、わたしは“誰かの死”に加担する。


 


 だから、目を逸らした。

 耳を塞いだ。

 心を閉ざした。


 


 それでも、小笠原くんは笑ってた。


 


 その笑顔が、痛かった。


 わたしにはもう、笑い返す資格がないと思った。


 


 そして、あの瞬間──


 わたしが「今は話しかけないで」と言った、たったそれだけで。


 彼の世界は、終わった。


 


 


 なにが正しかったんだろう。


 あの時、もっと冷たく拒絶すればよかった?


 もっと優しく向き合えばよかった?


 


 答えなんて、わからない。


 


 ただひとつ、分かるのは。

 あのときわたしは、はっきり“自分の感情を測った”。


 


 怖がったのは、惚れられることじゃない。

 惚れてしまいそうな自分の方だった。


 


 だから、あの瞬間、

 わたしの感情数値は“ゼロ”だった。


 


 ──残酷なほどに。

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