第2話


 はっ、と目覚め、陸議りくぎは飛び起きていた。


 夢に入り込んでいたため突然醒め、胸がざわざわとする。

 背にも額にも汗を感じた。

 魘されていたのだ。


 陸議は両手で顔を覆う。

 心を落ち着けなければならないと思ったのだ。


 

「――伯言はくげんさま?」



 声が聞こえ、陽を遮っていた薄い布が控え目に開かれた。

 顔を出したのは司馬孚しばふで、陸議の様子に気づき、直ぐに大丈夫ですかと身を乗り出して来る。

 司馬孚の温和な顔を見た瞬間あまりの安堵に、何か異質なものに飲み込まれそうだった陸議は明るいものに触れ、自分が闇の中にいないことを猛烈に確かめたくなった。


「伯言さま、今すぐ冷たい水と医者を……わっ⁉」


 冷静で物静かな陸議に首に飛び付かれ、司馬孚は驚いた。


「ど! どうなさいましたか!」


「わたしの、うしろに、」

 

 陸議の身体は熱く、触れた胸から心臓の早い脈動がすぐに伝わってきた。


「う、うしろ?」


 震えている。

 司馬孚は気づいた。


 彼は兄弟は多いが、兄弟仲は幼い頃からよくなかった。

 当然兄に面倒を見られたこともなく、小さい頃から兄弟は広い家で別々の部屋を与えられて、構ってくれと弟に縋られたこともなく、教育係と教師達に世話をされて来たから。


 司馬しば一族はこういう感性が欠落しているのだ。


 だが司馬孚は気づいた。

 そうか、自分はこれに気付けたことが、あの兄がここへ自分を呼んだ理由なのだと初めて分かった。

 確かに司馬孚よりも優秀な者は兄でも弟でも他にいる。


 これが多分、自分の美点なのだ。

 全く、政治や軍事では役に立たないものだけど。

 司馬孚は震える陸議の身体を両腕で包み込み、背をそっと撫でてやった。


「大丈夫ですよ。伯言さま。後ろには誰もおりません」


 司馬孚の優しい声を聞きながら、深く目を閉じる。


 こんな軟弱になった自分が戦場に出るなどと、そんなことが本当に出来るのだろうか?



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