第3話麻婆豆腐と小指
玄関のチャイムが鳴り、磨りガラスの向こう側には、真琴と同じ制服が子が二人立っている。
俺は、玄関を開けて、二人の顔を確認した。
「おはよう御座います。東江さん」
普とは、別な意味で、気合の入った挨拶を受けた。
俺がタバコを咥えたら、3秒以内に火が付きそうなレベルだ。
二人は、麻美と早苗だ。真琴の友達で。レディースにも、所属していた過去を持つ。
少し前に起きた事件で、真琴を学校へ送迎していたのだが。
本人が、大丈夫と言い張り。送迎を辞めて、二人が護衛についた。
二人は、家のガレージの前に原付を止めて、真琴とバスに乗って登校している。
「最近、学校はどうよ。アイツ等は、大人しくヤッているのか。真琴は、守られているのか」
学校の事を、2人に聞こうとしたら。
俺の脇をすり抜けて、手にした三千円を、勝手に受け取り。
口には、トーストを咥えて、駆け抜けた。
「東江さん、お金有り難う。行ってきます」
真琴は、口の中でモゴモゴさせながらも、ギリギリ聞き取れる言葉を発した。
「東江さん、失礼します」
二人は、言葉よりも長く頭を下げた後で、真琴を追いかけた。
真琴は、学校の事を聞かれるのが、嫌なようだった。
俺は、扉を閉めて。キッチンへと向かい、コーヒーに手を伸ばそうとした。
京子も、着替えを終えて、奥から姿を見せた。
「さっきは、ごめん」
やけに、しおらしい。来た。
俺は、カレンダーに目をやると、明日と明後日の日付に、京子の『京』の字で、丸で囲まれている。
京子は、俺の首にすがり付くように、両手を掛けて。俺を、引っ張った。
最初から舌を絡めて、俺の手は京子のお尻を触っている。
「今日から3日間は、子種を私の中に全て出してね。他の日は、浮気してもいいから」
京子の記念日のサインだ。
結構な頻度で、京子にも求められているのだが。
「そんなに、根を詰めなくても。授かるものも、授からなくなるよ」
気楽な感じで、京子を説得しようとした。
「私には、使命があるの。今回失敗したら、来年からは、本格的に妊活するから。大学病院やら、体外受精の先生も、話を聞きに行くから」
「京子が、そんなに気合を入れないでも、俺に原因があるのだから。気長にさ」
「私には、時間がないの。45歳までに、男の子を二人産まないとならないの」
京子が焦っていんのも分かる。お義父さんの、龍三が、プレッシャーをかけてくるのだ。
「お義父さんにも、プレッシャーをかけないで欲しいと、伝えてくれないかな」
「他人のあなたは、まだ良いわよね。私の方は、ハゲそうなくらい、プレッシャーをかけてくるわよ」
お察しします。もう、何も言えなくなった。
「あーあ、イライラしてきたら。今日は、麻婆が食べたい。グツグツのヤツを作って」
ヤバい。目が痛くなるヤツだ。
「汗だくに、なっちゃうよ。良いのか」
「どうせ汗だくになるのだから、関係ないでしょ」
はい。ご尤もです。
私の一物の心配は、されないのですね。
その口に、キスをして。一物は、麻痺させられる程の、激痛に侵されるのだが。
激痛に、子宮は耐えられるのか。
あ~、耐えられるから、今まで問題ないのか。
被害者は、俺だけなのか。
京子の唇を見ていると。
「もう、そんなに見つめないで」
抱きつかれて、キスされた。
何度も繰り返して、京子が甘えた声になった。
「今から、可愛がってもらおうかな」
その気になっている、俺の下半身がいる。
理性を保たねば、3日間耐えられないぞ。
「ダメだよ、連休入れたんだから。来月から連休入りづらくなるぞ」
来年の事は、来年考えればいい。どうせ、ムリなんだから。
「そうだね。妊活も、始まるかもしれないし。仕事も、真面目にしないとね」
「だろー、麻婆作っているからさ、お仕事を頑張ってきてよ」
京子の機嫌が変わった。
「何でそんなに、嬉しそうなのよ。引き留めるでしょ。引き留めるところでしょ。なんで送りだそ……」
俺は、京子の口を塞いだ。
「もう、仕方ないな。お仕事に行ってくるわよ」
京子は、ティシュを2枚取り、自分の口を拭いた後。俺にも、ティシュボックスを差し出した。
「口紅付いてる」
京子は、時計を見ながら。
「もう、1回キスしてよ。仕事に行くから」
俺は、直ぐにキスをした。
「違うでしょ。もう」
精神がズタボロに壊れそうだ。
京子は、怒りながらお弁当を持ち、仕事へと向かった。
俺の休憩時間は終わり、天音ちゃんの保育園の準備がスタートした。
膝の上に乗せて、歯磨きをして。
カバンのチェック。出発前に着替えもさせた。
テーブルの上を片付けながら、残り物を処理して。水を張ったシンクへ次々と落とし。洗い物は、帰ってきてからだ。
ガスの元栓を閉めて、戸締まりをスタートさせた。
普と天音ちゃんは、この家では、ほとんど一緒に過ごす。普が、面倒見が良いのと、天音ちゃんが普の事を信用しているからだ。
アイパッドを操る天音ちゃんに、色々と教えている普が、微笑ましく感じる。
「お待たせ、学校へ行こうか」
普は、玄関に置いたランドセルを背負い。
天音ちゃんは、俺が靴を履かせて、左手で抱き上げた。
右手で、天音ちゃんのカバンを肩まで通し。鍵を閉めて、ポケットに入れた。
雨が降っていると、車を出すのだが。
俺は、健康の為に平日は歩いている。
ここで、数分間学校の話を聞き。普は、友達を見つけると、ダッシュしてそこへ走った。
普は、集団登校の輪に入り。俺達と、少し離れて歩いた。
天音ちゃんは、保育園までほとんどを歩かない。俺が抱っこしている。
俺が前傾して、歩くのを嫌がり。
天音ちゃんは、俺の手に捕まり、ずっと手を上げている感じが嫌だったからだ。
ほとんどを、俺と同じ目線で、色々なものを見せた。
小学校の門に差し掛かり、普は大きな声で。
「押忍、行ってきます」と、ポーズを決めて挨拶をした。
俺と天音ちゃんは、少し離れた道の反対側から大きく手を振り、普を見送った。
普も、大きく手を振ってくれたが。
友達に、置いて行かれたと気付くと。ダッシュして、登校する子供達の中に消えた。
俺と天音ちゃんは、目を合わせて。童謡の続きを歌ったり、お喋りを続けた。
街路樹で、季節を感じない沖縄でも、夏はセミがうるさかったり、肌寒くなる冬もある。
その点、保育園のプランターの花が変わると、季節の移り変わりを感じられる。
保育園の建物へ入ると、天音ちゃんを降ろして、カバンを渡す。
「パパ、一番早くお迎えに来てね」
お決まりのセリフを吐いて、ハイタッチをした後は、教室へと向かった。
コレは、朱美の入れ知恵だ。
俺も、保育園では肩身が狭い。
真琴の件も関係してくるのだが。
半分は、自業自得の面もある。
後ろ指をさされては。
「子供達の愚連隊を解散させた」
「一つの暴力団組織を、壊滅させた」
「拳銃や日本刀を隠し持っている」
全てに、尾ヒレやはヒレが付き、誤解されている。
事件が起こる前は、そうでもなかったのだが。一時は、保育園を出禁になった時期もあり。
噂は、風化して。信頼を戻しつつもある。
帰りに、少し遠回りをしてお豆腐屋へより、2丁半の豆腐と、お昼用にゆし豆腐を購入した。
スーパーへも寄った。乾燥した唐辛子とパウダーをカゴに入れ。ひき肉、ネギは長ネギを購入した。
両手が塞がり、ご褒美のアイスは購入しなかった。
ラッキーアイテムの油揚げも、買っていない。
汗をかきながらの帰宅となっだが。
縁側でナンシーが座り、俺の帰りを待っていた。
俺が門を抜けると、近寄ってきて、袋の中身を聞いた。
「今日の夕飯は何」
俺は、呟くように、ボソボソと言った。
「マボとふ」
ナンシーは、マイバッグを覗いて、お豆腐屋さんの袋を見つけて、表情を少し変えた。
松田ナンシー(まつだなんしー) 30歳 独身
スナックナンシーのママをしている。
黒人系のハーフで、グラマラスな体型をしていて。
この体とハスキーな歌声で、男達を魅了している。真面目な普のお母さんだ。
それでも、俺の腕に絡み付き、大きな胸を押し付けた。
俺は、ポケットから家の鍵を取り出して、磨りガラスの戸を開けた。
11月半ばなのに、モアっとした生暖かい空気が流れてきた。
俺は、キッチンへ行き、荷物を片付けながら、ナンシーのマグと、来客用のマグカップを出した。
ナンシー用のコーヒー豆を挽いたモノを、マグカップに入れて。ケトルの水を足してスイッチを入れた。
ナンシーは、各部屋を回り、窓を開けて湿気のこもった空気を外に出した。
俺は、いつものように、洗い物を始めて。ナンシーも、いつものダイニングテーブルの席に座った。
俺の手は、泡だらけになり。ケトルがお知らせをすると。
ナンシーが、席を立ち。2つのマグカップにお湯を注いだ。
テーブルの中央にある、お箸立てから1本抜き取り、2つのマグカップをかき混ぜて。洗い物をする俺の脇から、シンクに投げ入れた。
そこからは、所定の位置に戻り。
両肘と胸を、テーブルに乗せて。マグカップを両手で持ちながら、スナックナンシーの愚痴が始まる。
スケベな爺さんだの、ケチな親父だの、スナックナンシーのソファーの傷に、バイトの恋愛相談まで、幅広い内容が飛び交う。
俺は、相槌を打ちながら、ゆっくりと洗い物をこなす。
「真面目に聞いてる。ねぇ」
「聞いてるよ。その美穂さんが黒服と恋仲なんでしょ」
「そうなんだけど。もっと真剣に聞いてよ」
俺からの相槌が、気に入らないらしい。
ナンシーは、急に立ち上がり。洗い物をしている俺を、後ろから抱きしめた。
背中に大きな胸が当たり、頭で5回ノックされた。
「もっと、真剣に聞いてよ。私だって、チヤホヤされているんだよ」
抱きしめていた左でが、俺の左手に伸びる。
「それゃあ、おじさん達の分類で、年齢層は高いけど。私だって、皆と同じように、愛してよ。昔みたいに、抱いてよ」
俺の手が止まり、ナンシーの伸びた手が泡まみれの左手に触れて。絡まりながら。
俺の義指を外して、天音ちゃんの魔女っ子プレートに落とした。
右手で、俺のスゥエットの上着のファスナーを、最後まで降ろして。
ズボンの中に入っていた、黒いロングTシャツを引っ張り出して捲った。
俺の背中には、閻魔大王が彫ってある。
ナンシーも、Tシャツを捲って、ブラジャーもずらして、直接胸を押し付けた。
ナンシーは、左耳を背中に付け、新しい嘘発見器か。
自分の心臓の鼓動が、大きく高鳴るのを感じた。
だが、口火を切ったのは俺だった。
「俺の背中には、閻魔大王がいる。普の為にも、距離を置いた方が良いんだ。俺は、あの子の足枷になる」
「分かっているけど。分かっているんだけど」
ナンシーは、涙を流している感じだった。
「お金が必要なら、サポートはする。あの子が、大きくなるまでは、お互いにそうしようと、決めたじゃないか」
「そうだけど、分かっているよ。だけど」
沈黙の時間が続き。五分にも十分にも感じた。
ナンシーは、離れて。ブラジャーとTシャツを降ろした。
左手を、水を出して洗い。
そのまま、俺のズボンの中に入れた。
「何で、勃ってんだよ。おかしいだろ。セリフと下半身が一致してないぞ。ギャグ漫画かよ」
ある意味、嘘発見器だった。
「私の体で抜くか。このエロオヤジ」
ナンシーは、俺の黒いロングTシャツで、涙と鼻を拭いた。
ダイニングテーブルから、マグカップを取り。リビングへ消えた。
リビングからは、テレビの音量が徐々に上がり、内容が聞き取れそうだった。
俺は、洗い物を早くする事も。遅くする事もできずに。義指も、丁寧に洗った。
自分のコーヒーを持ち、恐る恐るリビングへ向かうと、ナンシーは消えていた。
俺は、1年半前まで、刑務所で七年暮らして、天涯孤独となったが。
今は、家族に囲まれている。
今思えば、1年半で凄い事件が複数起こった。
俺は、テレビの音量を下げた後に、電源を切り、ローテーブルの定位置に戻した。
柔らかなソファーに、深く腰を下ろして、天井を見上げた。
目まぐるしい、1年半だった。
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