タネナシとキュウコン
愛加 あかり
第1話 始まりと終わり
東江の平日の朝は早い。どこかで、聞いたことのあるセリフだ。
朝の4∶50に、スマホの液晶が光を放ち。暗い部屋に、見慣れた輪郭を与える。
『ジリリリリ。ジリリリリ』
黒電話のけたたましい音が、寝室を駆け巡り。充電コードの刺さったスマホが、サイドテーブルで、ブルブルと震えた。
防音設備の集音材の効果は薄く、また張り替えなくてはならない。仕事が増えた。
俺は、目を覚まして。クイーンサイズのベッドを、寝返りしながらサイドテーブルに、手を伸ばして。
「嗚呼、もう朝か」
スマホで時間を確認して、昨夜の事を思い出す。
朱美が、泊まる予定だったが。
予定より早く、生理が始まり。夕食後に家に帰ったんだった。
俺は、昨日の夜。一人で飲み始めて、23時には、寝たつもりだったが、まだ少し寝たりない。
深酒をした記憶もないが、体が、ジジイになったのだろう。
スマホの充電コードを抜き。スヌーズ機能や予備のアラームを全て解除する。
気合を入れ直して、クイーンサイズのベットの反対側まで、寝返りを打ちながら進んだ。
ダメだ。歳のせいか目が回る。
東江(あがりえ) 昴(すばる)48歳、初老のオジさんだ。
いや、まだ、ミドルなオジさんだ。
親からの遺産で、実家とアパートを相続して、悠々自適な、生活を望んでいる。
ベッドから、足を下ろして。ゆっくりと体を起こした。
柔らかなベッドのマットレスは、深く沈み。ぎこちなさを感じた。
年寄りなりに、立ち上がる時には、壁に手を当てて、ゆっくりと立ち上がった。
スマホの液晶の光を頼りに、足纏を照らした。
昨日の夜に、脱ぎ捨てたスウェットの上着を、左足で拾い。右手で肩に掛けた。
スマホを、枕に向けて放おった。
家の奥の方へと進み、防音室の重たいドアを開けて。寝室の冷たい空気が、廊下へと流れ出す。
廊下の間接照明を、眩しく感じながら。
白いタイルに囲まれた、トイレへと入った。
眩しすぎて、目が開かない。LEDの照明が、白いタイルに反射して、目くらましをしてくる。
まだ、頭がはっきりしたいて、体も動くが。数年後の保証は出来ない。
ある程度の、空間認知能力で、場所は分かっている。数十年後は、確実に、間に合わずに漏らすと思う。
用を足し終えて。手を洗い。トイレを出ると、向かいは、女性用のウォーキングクローゼットに、なっている。
左に折れて、先へ進むと突き当たりだ。2カ所のパントリーには行かずに、脱衣所へと向かった。
スウェットの上下を、縦型の洗濯機に入れて、黒のロングTシャツも、次に入れた。最後に、派手なブーメランのパンツを入れて。
キューブ状の洗剤を入れて、蓋を閉めた。
電源とスタートを押して、逃げ込むように、お風呂場へと入った。
ヤッてはいけないと知りつつも、最初から熱いお湯をかぶり、目が覚めていくのを実感する。
坊主頭を洗い、首の後ろと耳の裏は、念入りに擦った。
そのまま、シャワーを浴びながら、歯を磨き。ボディーソープを、アカスリに垂らして。全身をくまなく洗った。
湯船には、浸かっていないが。身体から湯気が出ている。
ラックに備え付けられたタオルを、左手で持ち上げて。右手で下のヤツを取り出した。
体を拭きながら、体重計へと移動した。
176cmの身長に、痩せマッチョの体。
61Kgに、少し前傾して肉をつかんだ。
割れてる腹筋が、タルンでいるように感じた。
ランニングマシーンの量を、増やすかな。
坊主頭に、ドライヤーは要らず。あるのは、女性陣用のドライヤーが、3本ある。
5LDKの家を、一人で住んでいる。
だから、ビタンビタンぶつけながら、裸で歩いても、お咎め無しで、仏間まで歩いた。
仏間の備え付けの引き出しを開けて、ブーメランパンツを取り出して履いた。
お決まりの、黒のロングTシャツを来て、今日は、紺のアディダスのスウェットに決めた。
寝室へ一度戻り。スマホを取り上げて、時間を確認した。
5時40分、少し押している。
直ぐに、キッチンへと向かい、手を洗った。次に、ダイニングテーブルの椅子に掛けてある、酒屋のロゴの入ったデニム地の前掛けを締めて。
右の冷蔵庫から、2つの炊飯器の釜を取り出した。
昨日の夜から、水に漬けて冷やしていた、2つの釜を、炊飯器にセットして、ボタンを押して、確認もした。
「よし」
三目の炊飯器を開けて、味噌汁を確認した。
具材は、季節外れのヘチマとポーク缶(チューリップ)だ。
ここから、巻き返しの為に、忙しくなった。
卵を20個程ボールに割って、網で濾しながら、ピッチャーに注いだ。
冷凍庫からは、ミックスベジタブルと湯煎のミートポールを取り出して、冷蔵庫からは、出汁を取り出した。
出汁と醤油を、ピッチャーに足して。銅の四角いフライパンを温める。
最初に、油を注ぎ。ミックスベジタブルを入れて、落としぶたを被せた。
ミックスベジタブルのオムレツは、一つだけだ。
次に、朝食用の卵焼きを焼き始めた。
大人用が、5人前と。お子さん用に、ワンプレートを作り。お弁当3人前を作る。
昨日の夜に、準備していたから、少しは、ゆっくり出来た。
時間と並行して、ダイニングテーブルの隙間が埋まっていく。
7時手前で、『ガラガラガラ』と、玄関を開ける音がした。
一度、火を止めて。包丁の場所を確認する。
予熱のフライパンを振り、右足に重たい衝撃が走る。
足元を見ると、天音ちゃんが、満面の笑みを浮かべて、見上げている。
「パパ、おはよう」
俺は、朝のテンプレをする。
天音ちゃんを、落とさないように、右に少しズレて、手を洗い。前掛けて拭いた後。
天音ちゃんを、抱き上げて。キッチンの恐ろしさを伝えた。
遅れて来たのは、天音ちゃんの母親、比嘉朱美(ひがあけみ)だった。
31歳バツイチ、164cmのスリムな体型をしていて、髪はセミロングのストレート。
天音ちゃんは、5歳になる。
俺は、天音ちゃんを挟んで、朱美とキスをした。
「パパ、ごめん。今月も来ちゃった」
「朱美は、悪くないよ。タネナシの俺が悪いんだから、気にしないで、次に期待しよう」
生理が来て、落ち込む朱美を慰めた。
「ママは、ラメー。天音がパパとチュ~するの」
俺は、天音ちゃんの頬にキスをした。
天音ちゃんは、両頬を両手で触り、照れている。
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