第53話 『出撃、Ωシャングリラ──選ばれなかった者たちの夜明け』

 シェルトファウス最終決戦スΩシャングリラの前日嘆




 ネメシス本部・第六戦略分析室。


 重厚なドーム型の天井の下、巨大なホロスクリーンに映し出されているのは、かつて「ヒーロー」と呼ばれた者たち──Z-DIVの映像記録だった。




 ノア・クレインは無言でその戦闘ログを見つめていた。


 机の上には未開封のティーカップと、開かれたデータパッド。


 その端末には、いままさに作成中のファイル名が表示されている。




 ──【戦力比較レポート:Ωシャングリラ/Z-DIV】




 「これが、“もう一つの正義”の座標軸か……」




 呟いた声に、部屋の奥から機械式のブーツ音が近づく。




 「報告書に“感情”を混ぜ込むのは、分析官の職務違反では?」




 姿を見せたのはゼクスだった。


 黒い外套を翻し、無表情にノアの隣に立つ。




 「分析は分析、判断は上がする。私はそれを支えるために比較するだけです」




 ノアはそう言いながらも、ほんの一瞬、スクリーンに映るΩシャングリラの映像に視線を投げた。




 画面には、戦闘中のラミアが映っている。


 サクラの肩を支えながら、ジーンの神経触手に対抗して電磁バリアを展開していた。




 「……たとえ性能で劣っても、人の意志がどこまで力を持てるか。それを見たいと思うのは、子供じみた幻想でしょうか?」




 ゼクスは答えなかった。ただ目を細め、別の画面へ切り替える。


 Z-DIV RED──ヴィル・クロードの映像だ。


 仮面越しの無表情が、機械の声で“有罪”を宣告する。




 次の瞬間、ターゲットの首が、音もなく落ちた。




 「完璧な制裁。迷いのない抹消。これがセイガンの“成果”だ」


 「……それは、“未来”と呼べるのか?」




 ノアは静かに端末を閉じると、傍らのゼクスにデータ送信を実行した。


 「この報告書は、近く全体会議に提出します。ΩとZ-DIV、どちらが“次の正義”かを測る材料として」




 「決めるのは君か、彼らか──それとも、戦場そのものか」




 ゼクスの言葉にノアは軽く笑った。


 だがその笑みは、どこか寂しさを孕んでいた。




 「それでも私は、選ばれなかった者たちに、もう一度“選ばせて”やりたいんです。正義を、未来を──」




 ホロスクリーンに映る五人の影。


 イツキ、ラミア、サクラ、レン、カレン。




 彼らの戦いは、まだ始まったばかりだ。




 そして、その先にあるものが、“制裁”か“再生”か──


 その答えを知るのは、この世界そのものだった。




 ──ネメシス開発区画アーク・バイン。




 無機質なコンクリ壁の奥深く、かつて人体改造や怪人兵の実験が繰り返されていた地下施設。


 その薄暗い空間には、赤い非常灯が点滅を繰り返し、空調の低いうなり声が響いていた。




 ノアは中央制御台の前に立ち、静かに端末を操作していた。そこには、ゼロディバァイドの過去戦闘ログから抽出した膨大なデータが、幾何学模様のように並んでいる。




 「……やはり、明確な連携軌跡はない。ゼロディバァイドは“単独完結型戦力”。……ならば」




 呟く声が端末のスクリーンに反射して揺れた。




 「その能力単位を封じることができれば──連携できない彼らは、一気に戦術が崩れる」




 背後で足音が止まる。




 「ようやく見えたな、勝機の“輪郭”が」




 低く響く声。そこにはゼクスの姿があった。




 その隣には、すでに整列した数十体の“旧怪人”たち。


 中には、歪な義肢を持つ者や、背に異形の器官を抱える者もいる。そのほとんどが、かつてセイガンに敗れ、破棄され、ネメシスに拾われた者たちだった。




 「こいつらは、自分の意志で来た。戦いたいと言ってな」




 ゼクスは一歩進み、無言で頷く怪人たちを見渡した。




 「ヒーローにもなれず、怪人としても使い捨てられた連中だ。だが……誰よりも、この世界の理不尽を知っている」




 ノアは深く頷いた。




 「整備計画を開始します。Ω計画に基づく、対ゼロディバァイド戦力の再構築を」




 指先が端末を叩く。




 「REDに対抗するには、出力を強制的に“0”にするジャマーを第一群に。BLACKには幻覚中和用の周波フィルター、WHITEは治療フィールドを乱す神経遅延波。そしてYELLOWには……電子視認撹乱を反転させる、逆干渉フィードバックを」




 数人の整備班が動き出し、旧怪人たちに次々と改良型装備を装着していく。


 ある者は両腕のブレードを外され、精密なパルス砲へと換装され、ある者は脳に直接視覚遮断装置が組み込まれていく。




 「痛みは?」




 ノアが振り返り、一人の怪人兵に声をかけた。背中に大きな冷却器官を持つその男──かつて“冷血殺戮獣ブリザード”と呼ばれた存在は、ふっと笑った。




 「痛み? 今さら怖がるほど、俺は未練で出来ちゃいねぇよ」




 その言葉に、整備班の一人が思わず手を止めて笑う。




 「なかなかに勇ましいことを」




 ゼクスは黙ってその様子を見ていたが、やがて一歩前へ出て、怪人兵の肩に手を置いた。




 「これは贖罪でもなければ、自己犠牲でもない。


 お前たち自身が“選び取った戦い”だ。誰のためでもなく、自分の意志で立て」




 ノアはその言葉に、小さく頷いた。




 「……Ωシャングリラは、あなたたちの存在が加わって初めて“戦える戦隊”になります。希望に変えましょう、この力を」




 整備班が次々と動き出し、作業は加速していく。中央ホログラムには、戦術フローチャートの中で“Ω戦力ユニット”が光を放ち始めていた。




 ノアはひときわ強く拳を握った。




 「……急がないと。ゼロディバァイドは、次の出撃を準備しているはず」




 ゼクスが鋭く頷いた。




 「間に合わなきゃ意味がない。可能性が見えた今、止まっている暇はない」




 冷たい空気の中、かすかに機械音と筋肉のきしむ音が交差する。




 ──かつて誰にも見向きもされなかった存在が、今、“希望”となって立ち上がる。




 それは、未来を奪われた者たちが放つ最後の光  ──“Ω”の名の下に。




 ──ネメシス戦闘演習場エクリプス・リング。




 鋼鉄のアリーナに、スポットライトがゆっくりと降り注ぐ。


 その中央には、Ωシャングリラの5人──イツキ、ラミア、レン、サクラ、カレンが整列していた。


 空気は張り詰めていて、誰一人として言葉を発さず、ただ“その瞬間”を待っていた。




 やがて、円形ステージの端から白いコートを翻して歩み出る人物。


 ノアだった。彼の背後には、戦術オペレーターたちと、重装の警備兵。


 少年のような外見に不釣り合いな重圧を纏いながら、ノアは中央に立った。




 「……各員、注目」


 マイクもなく放たれたその声が、戦闘演習場全体に響き渡る。




 「Ω計画に基づき、我々はゼロディバァイドの戦闘ログを完全解析した。


 その結果導き出された“反応可能な特異対抗戦力”を、今ここにお披露目する」




 重々しい格納扉が、ギィィィィィン……と唸りを上げて開く。


 冷却スチームが吹き上がる中、影から一体の怪人が現れた。




 「まず──対RED。


 ヴィル・クロードの“裁定能力”を無効化するために生まれたのが……」




 ノアは、掌を静かに掲げる。




 「《黒鋼の無罪者インノセント・ドレッド》・ガラム」




 重厚な黒鉄の装甲を纏い、両肩には罪を問う天秤のような装置。


 その足取りはゆっくりだが、一歩一歩が床を震わせるほどの重量感。




 「“断絶フィールド”により、精神裁定を完全に遮断。視認されても、判定は下らない。


 さらに“匿名化戦術”で個体情報を揺らがせ、REDの判定アルゴリズムそのものを破壊します」




 「……正義を測れない相手には、何もできない。皮肉ね」


 ラミアが小さく呟いた。




 ノアはすぐに次の扉に目を向けた。




 「次は──対WHITE、クラリス・ノイシュヴァン」




 今度は細身のシルエットがゆっくりと登場する。


 白銀の装甲と赤い棘を纏い、まるで儀式用の棺を背負ったような姿。




 「《共鳴の棘姫ヴァイタル・ロザリオ》・イレーナ」




 彼女が歩み出ると、どこからともなく低く澄んだ鈴のような音が響く。




 「“逆再生波動”は、治癒を“拒絶反応”へと反転させる。


 再生しようとする細胞を、あえて自己崩壊させる技術……その結果、WHITEの“救い”は“毒”へと転じる」




 「……私たちが何度も望んだ救いを、彼女は刃に変えたんだね」


 サクラの声音には、少しだけ悼みの響きがあった。




 第三の扉が開く。霧の中から、無数の複眼が光る。




 「対BLACK、ジーン・オルフェル。


 その幻覚と痛覚による支配に抗するために──」




 「《静寂の多眼サイレンス・ルーチェ》・バルム」




 全身に埋め込まれた眼球様の機器が、ゆっくりと動き、全方向を見渡す。


 その歩みは静かだが、目を逸らせない不気味な威圧感があった。




 「“虚無視界”により、幻覚信号を中和。


 逆探知機能も備え、幻覚の発信源を特定する“反照領域”を常時展開可能」




 レンが短く頷いた。


 「……ジーンの“夢”は、届かない。彼の世界は静寂に沈む」




 続いて、光の粒子が舞う中、第四の怪人が姿を現す。




 「対YELLOW、オルカ・ゼルナート。


 不可視の情報撹乱への対応には──」




 「《記録守りし者メモリア・クレスト》・セフィ」




 少年の姿をしたその存在は、透き通るような青い目と、背中に羽根のような幾何学模様の光を浮かべていた。




 「“観測固定”──それは存在座標を常時記録し、情報干渉すらも記録により矯正する能力。


 撹乱されようと、欺かれようと、記録された“真実”から逃れることはできない」




 「かわいすぎて逆に怖いわね……真実をずっと見られてるなんて」


 カレンが半ば冗談めかして呟いた。




 最後の扉が開き、ノアは声を張った。




 「以上、Ω計画によって新たに選抜された五体。


 かつて捨てられ、今ここに、“世界を選び直す者”として再起した戦力」




 イツキが一歩前へ出て、真っ直ぐ彼らを見る。




 「──俺たちが選ばれなかったように、君たちも選ばれなかった。


 だがそれは、何も終わりを意味しない。


 むしろここからが、始まりだ」




 静かに、しかし力強く──




 「ようこそ、Ωシャングリラへ」




 その瞬間、五体の新戦士は一斉に拳を胸に当てた。


 それは敬礼でも、従属でもない。




 ──誓い。




 かつて世界に捨てられた者たちが、もう一度、世界を選び直すために立ち上がった瞬間だった。







──旧文化センター区域・地上隔離帯。




 かつて人々の学び舎だったその施設は、今や廃墟と化し、空中には静電気混じりの瘴気が渦巻いていた。


 鉄骨むき出しの高層棟に、緊急信号が点滅する。




 イツキはその光を見上げながら、小さく息を吐いた。




 「……動いたな、ゼロディバァイド」




 隣に立つラミアが静かに頷く。




 「出撃構成──RED、BLACK、WHITEの三体。YELLOWは情報撹乱のために後方配置」




 「予想通り、最悪の組み合わせだな」




 イツキは背後を振り返った。


 そこには、Ωシャングリラの面々──レン、サクラ、カレン。


 そして、その後ろに整列する五体の新怪人戦士たち。




 「ガラム、イレーナ、バルム、セフィ。お前たちの出番だ」




 それぞれが一歩前に出る。装甲が軋む音すら、誓いのように聞こえた。




 ノアが前に進み出て、タブレット型端末を掲げた。




 「戦術マップ、展開します」




 瞬時に空中ホログラムが浮かび上がり、ゼロディバァイドの進行ルートと戦術予測が表示される。




 「これまでの出撃ログから導き出したアルゴリズムでは、REDは最短突入ルート、BLACKは高所奇襲、WHITEは中央医療棟に向かうと予測。


 YELLOWは衛星通信帯を掌握済み。視覚・聴覚の撹乱が始まるのは数分後」




 レンが腕を組みながら言った。




 「つまり──連携の“無さ”が裏目に出る構成ってわけだな」




 サクラがホログラムを指差す。




 「バルム、あなたは高所の制圧に集中して。


 幻覚が発生する前に、展開域ごと沈めて」




 「──了解」


 バルムの低い声が響き、足元の地面に影のような静寂フィールドが広がった。




 イツキは怪人たち一人ひとりの顔を見渡し、そして静かに口を開いた。




 「いいか、これは俺たち“選ばれなかった者たち”の初陣だ。


 ヒーローでも怪人でもない。


 正義と悪の線を踏み外した俺たちが、それでも立つ意味を──ここで見せる」




 カレンが微笑みながら答えた。




 「つまり、いつも通りってことね」




 その言葉に場がわずかに和んだが、すぐにサイレンの音が遠くから聞こえてきた。


 ゼロディバァイドが来る。




 ノアの声が静かに重なった。




 「Ω計画、第1フェーズ、発動」




 ──出撃前。




 鋼鉄の出撃ゲートの前。


 Ωシャングリラと五体の新戦士たちは整列し、最後の出陣準備を整えていた。




 そこに、クレイン総帥とゼクス、そしてノアが姿を現す。




 総帥クレインは一人ひとりの顔を見つめ、言葉を選ぶように歩を進める。




 「お前たちに、ネメシス……いや、この国の未来がかかっている」




 その呟きは風に乗り、誰にも届いたかどうかも定かではなかった。


 だが確かに、重みだけは伝わった。




 ゼクスが短く頷き、


 「行け。必要な力は、お前たち自身の中にある」


 とだけ言った。




 ノアは静かに拳を握り締めたまま、ただ無言で見送る。




 イツキが手を掲げる。




 「Ωシャングリラ、出撃──!」




 鋼鉄のゲートがゆっくりと開かれ、彼らは走り出した。




 かつてのヒーロー。


 かつての敵。


 かつての落伍者たち。




 今、“世界を選び直す”ために並び立つ者たちがいた。

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