第47話 『Ω再起──蘇りし鋼の意思』

 セイガン本部──情報分析局。


 作戦フロアの空気は張り詰めていた。壁一面のモニターに映し出されていたのは、かつての誇りであり切り札だった二人の――その、“焼き焦げた亡骸”だった。




「……これが……デモナスとカマリナ……?」




 若い戦略士官が言葉を失った。


 映像の中、黒焦げになった二つの人型の残骸は、かろうじて装甲の一部が原型を留めているだけで、顔すら判別不能な状態にまで焼き尽くされていた。




「体組織の80%以上が炭化。セイガン製の外郭装甲が……ここまで焼損するなんて……」




「L計画から転用した特殊素材すら、この結果か……」




 嘆きにも似た声が、部屋のあちこちから漏れた。




 その中を、無言で歩み寄ってきた男がいた。


 黄金の装甲を纏う男――セイガン・ゴールド。




「我々の技術の粋を尽くしたはずのニューヒーローが……この様とはな」




 彼の低く沈んだ声が、誰よりも痛々しかった。




 背後から、別の白衣の人物が静かに現れる。


 技術開発部主任──九頭ドクターである。




「この程度の死、想定内だ」




 周囲が息を呑んだ。




 九頭は一瞥すらくれず、冷徹に端末を操作しながら続ける。




「所詮は“試作型”。感情制御が未成熟だったせいで、戦術判断が甘くなり、敵の思考操作に対して耐性が脆弱だった。次は改善すればよいだけだ」




「貴様……あれだけ忠実に任務をこなしていた彼らを、“使い捨て”か」




 感情を押さえきれずに声を荒げたのは、訓練部門の副長だった。




 しかし九頭は薄く笑うだけだった。




「忠実であることと、強さは別問題だ」




 沈黙が支配する中、ゴールドが前へ出た。




「……諸君。無論、この結果は無念だ。だが嘆いてばかりはいられない。我々にはまだ“武器”がある」




 ゴールドが操作盤に手を伸ばす。


 ホログラムに新たな戦隊――セイガン=ゼロディヴァイドの五人が映し出された。




「この部隊こそ、セイガンの新たな防衛の楯。そして“正義の再定義”だ」




 その言葉に、沈んでいた分析官たちが顔を上げる。




「私は今後、現場には出ない。だが、このゼロディヴァイドの運用を一任された以上、彼らの全てを預かる覚悟だ。……この敗北も含めてな」




 静かな決意が、重くフロアに響いた。




「……死体の回収は完了しているのか?」




「はい。炭化した外郭の一部と、識別コードが残っていました」




「それで十分だ」




 九頭は振り返らずに言った。




「“焼けた灰”を検体にすれば、次はもっと強い者を創れる。……記録を消して、再設計に入る」




 そう言い残して、彼は静かに去っていった。


 その背中は、あまりにも冷たく、あまりにも“人間離れして”いた。







 夜明け前の空が、うっすらと薄紅に染まり始める頃。


 セイガン南方基地──周囲を高圧電流と多層防壁で囲まれたその拠点は、まるで時代に取り残された戦場の遺物のように静まり返っていた。




 だが、その上空を、影が五つ、滑るように無音で横切る。




「目標空域に到達。……オルカ、通信妨害を開始しろ」


 冷静沈着なZ-DIV BLUE──レン=リヴェルが、簡潔に指示を下す。




「オッケー、任せてー。世界、ミュートします♪」


 Z-DIV YELLOW──オルカ・ゼルナートが、耳障りな電子ノイズ混じりの声で応じると同時に、基地内の通信系が次々にダウン。


 センサー類も“何者か”の侵入を感知できぬまま、基地は沈黙に沈んだ。




「ゼロディヴァイド、降下。作戦を開始する」


 Z-DIV RED──ヴィル・クロードが無表情に言い放ち、赤黒の左右非対称装甲が暗闇の中で怪しく煌めいた。




 五人の装甲兵が、基地外縁部へ一直線に突入する。




 ──地上。




「……ん? 通信が……あれ、電源系も死んで──」


 警備兵の混乱が始まると同時に、空間がねじれるような錯覚が起こる。




「……あああッ!? なんだコレ、どこだ、どこにいる!?」


 次の瞬間、幻覚と痛覚の波が兵士を襲う。黒装甲の隙間から伸びた神経触手が、彼の精神に侵食していた。




 Z-DIV BLACK──ジーン・オルフェルの異能ナイトメア・ヴァインズが作動していた。




「侵入者か!? 応戦──」




「“罪”があるかどうか……見てみよう」


 Z-DIV REDのヴィルが淡々と呟く。


 視線が兵士に向いた瞬間、彼の精神が数値化され、即座に『有罪』と判断される。




「……判決、執行」


 無機質な声と共に、兵士は断罪の光に包まれ、絶命した。




「治癒展開。後衛、接触エリアへ」


 Z-DIV WHITE──クラリス・ノイシュヴァンが、注射器型の剣を地面へ突き刺す。


 その瞬間、敵兵の装甲が砕け、味方には回復の光が降り注いだ。




「左方に敵増援。3.1秒後に火線が交差する。回避ルートを指示」


 ブルーのレンが《ロジック・エコー》を作動。


 敵の行動パターンを即座に解析し、味方に安全な軌道を提供していく。




「……予定調和は、嫌いなんだ」




「でも、論理は嘘つかないよねー♪」


 イエローのオルカが一言添えると、彼の装甲から放たれた電磁ノイズが空間の認識を歪め、味方の存在を“消した”。




 混乱の極みに達したセイガン南方基地は、12分と経たずに完全沈黙した。




 煙の立ち込める瓦礫の中、ヴィルがゆっくりと歩を進めながらつぶやく。




「……“敵”とは、まだ呼べない存在だったな」




 ゼロディヴァイド──感情でも、善悪でもなく。


 ただ論理と制裁のみがその行動原理を司る、割り切れぬ存在たち。




 その最初の“割り切れなさ”は、静かに、しかし確実に、世界の秩序を変える始まりとなった。







 セイガン本部・地下第六研究棟。


 ゼロディヴァイドのテスト出撃映像が、モニターに映し出されていた。




 機械的な動作、無駄のない殲滅戦術、12分足らずで基地を完全制圧するその姿に、幹部たちは満足気にうなずいている。




「予定調和だな……さすがはゴールドが運用しているだけの事はある」




 モニターの前で腕を組んでいた九頭博士の白衣の袖が、かすかに震える。


 満足など、していなかった。




(だが……嫉妬に打ち震える)




 モニターが切り替わり、今は亡き二体の姿が映る。


 デモナスとカマリナ──その亡骸は、焼け焦げ、原型すら留めていなかった。




 九頭はゆっくりと目を細めた。




「アイツらには“感情”があった。だからこそ、魅せる力があった……」




 ゼロディヴァイドのような冷徹な機械仕掛けの制裁とは異なる、狂気と快楽、恍惚に似た“破壊の喜び”。




「……代わりが必要だ」




 そう呟いた九頭は、ひとつの端末を開く。


 “死刑執行待ち”のラベルが並ぶリストの中で、ある名前に指を止めた。




 ──天城遼一。


 罪状:殺人・死体損壊・強姦致死・自殺幇助。


 年齢:21歳。




 彼の顔写真に映るのは、狂気に染まった笑み。


 九頭はその顔を見て、ゆっくりと微笑んだ。




「会ってみるか……最高の素材に」




 死刑囚管理所・第七隔離ブロック。


 低く軋む扉が開くと、腐臭と薬品の混じる異臭が九頭の鼻を刺した。




 薄暗い独房の中、ひとりの青年がしゃがみこんでいた。


 膝を抱え、ぼそぼそと何かを呟いている。




「──先生、来てくれたんですね?」




 青年はゆっくり顔を上げた。


 その瞳は虚無に沈みながらも、熱のような何かを宿している。




「……君が、天城遼一か」




「はい……また“中に入って”いいんですよね? もう、夢の中でも見えなくなってきてるんです……あの人の、壊れた顔」




 九頭は青年の前に立ち、無言で観察する。


 筋肉のバランス、身体的適性、そして──精神の歪み。




 文句なしだった。




「君のような素材は、久しく見なかった。君はこれから、第二の命を得る」




「……生き返るんですか?」




「違う。“生まれ変わる”んだよ。より美しく、より強く、そして──破壊的に」




 天城の唇が、乾いた笑みを形作った。




「いいなあ……女の子も、入れられるんですか?」




 九頭は懐からタブレットを取り出し、数人の少女たちの情報を表示した。




 ──元アイドル、廃棄予定。


 情緒抑制剤により感情反応ゼロ、改造実験待機中。




「既に“中身”は空っぽだ。好きに“満たせる”。キミにとって理想的な共演者になるだろう」




「……最高だ、先生」




 九頭は冷笑を浮かべながら、ゆっくりと独房を後にする。




「さあ、始めようか。ネオLithium計画──“壊れた者たち”による、新たな秩序の具現を」




 彼の白衣が廊下の闇に溶け込んでゆく。


 その背後で、天城の嗤う声が、金属扉に反響していた。




 ──静かに、新たなる災厄が産声を上げようとしていた。





 


 薄暗い照明の下、静寂が支配する“再生室”。




 壁には生体データを流すホログラム。中央には二つのカプセルが並び、内部ではイツキとラミアが深い眠りについていた。




 ノアの白衣がひらりと舞う。


 隣には、仮面のまま無言で佇むネメシス総帥の姿。




「……覚醒まで、あと二十秒。再構築処理、最終段階に入ります」




 ノアの指が触れたコンソールに、淡い青色のエネルギーが走る。




 ――そして、解放音。




 シュウゥゥンッ……!




 カプセルが開くと同時に、イツキが瞳を開いた。


 真紅に染まった光の中に、確かに“生”が宿っていた。




「……ここは……」




 声はかすれ、だが明瞭だった。




 続いてラミアが目を開く。だがその瞳は、以前とは違っていた。


 瞳孔の奥で、敵の記憶が揺らめいている。




「……私……生きてるの?」




「いや、正確には“再構築された”んだよ」




 ノアが淡々と告げる。




「君たちはネメシス総帥によって回収され、私のΩ計画によって再構成された。新技術を使って、装甲と身体を再設計した」




 イツキが自らの腕を見る。


 灰黒の装甲に走る、赤い閃光のライン。拳を握るだけで、周囲の空気が軋む。




「すげえ……これ、俺の身体か?」




「全身装甲は従来型の4.3倍の硬度。再生能力も常時アクティブだ。失った左足も、君の細胞から再生したものだ」




 ノアが指を鳴らすと、背後のディスプレイにラミアのデータが映る。




「ラミア、君には新たに“敵能力吸収”システムを組み込んだ。倒した敵の能力を、精神構造ごとコピーできる。時間制限付きだが、戦況を一変させるには十分だ」




 ラミアは驚きに目を見開いた。




「私が……敵の力を?」




「ラミア。君の脳構造は、かつてのL-Lamiaのコードから多重展開されている。それを逆手に取ったんだ」




 ノアの声に、総帥が口を開いた。




「……君たちを再構築したのは、力を与えるためではない。力に“選ばれる価値”を証明させるためだ」




 イツキが、顔を上げて問う。




「……なぜ、そこまでして俺たちを……?」




「君たちはまだ、終わっていない。だが“戦い”という試練は、必ず終わりを迎える」




 総帥はカツ、と床を踏みしめた。




「君たちの力が、何を守り、何を壊すか──それを見届ける者として、私は君たちを蘇らせた。それだけだ」




 沈黙の中で、ラミアが呟いた。




「ありがとう……」




 イツキが隣で頷く。




「……借りは、戦場で返すさ」




 次の瞬間。




 廊下を駆ける足音。部下が報告を持って現れた。




「報告! 南方基地がセイガン新戦隊“ゼロディヴァイド”に制圧されました!」




「……来たか。やっと戦場に立てる」




 イツキがゆっくりと拳を握る。


 ラミアもまた、背筋を伸ばし、静かに言った。




「試す時ね、この“新しい力”を──」




 背後でノアが、軽く微笑んだ。




「Ω計画、フェーズII。──始動だ」




 そして、新たなる戦場の風が、扉の先で待っていた。







──焦げた空気が、肺に絡みつく。




 セイガン南方基地。そこはかつて、鋼鉄と通信網が支配していた要衝だった。だが今は瓦礫の海と化し、風が吹くたびに砕けた装甲片がカラカラと鳴く音だけが響く。




 降り立った二人の影が、かつての司令棟跡にゆっくりと近づいていく。




「……ここが“ゼロディヴァイド”の初任務の現場か」




 イツキがマスク越しに吐息を漏らす。


 真新しい装甲の脇腹が、陽光に鋭く反射する。




 ――Ω計画によって再構築された肉体。


 左脚は、もはや人間のものではなかった。だが、違和感は不思議と少ない。むしろ、重さと鋭さが身体の一部として馴染んでいる。




 だが、それでも感じる。


 “冷たい”のだ。この大地も、空気も、そしてこの世界そのものも。




「……ゼロディヴァイド。あいつらが動いた後は、魂の匂いさえ残らない」




 イツキの言葉に、隣で歩を進めていたラミアが足を止める。




 彼女の銀装甲もまた、かつてとは別物だった。


 視界の中、かすかに震えるラミアの指が見える。


 それは恐怖でも、悲しみでもない。




「イツキ……この場所、すごく――嫌な気配がする」




「そうだな。死の残滓ばかりが濃い」




 イツキが首を巡らせると、背後の残骸の影から何かが飛び出した。




「ひっ……あ、あああああっ!? ネメシスだっ、逃げろおお!!」




 叫び声と共に、血まみれのセイガン兵が数人、基地の瓦礫の隙間から這い出してくる。


 彼らの顔は蒼白を通り越し、恐慌そのものだった。




「も、もう無理だ……たすけ、たすけてくれっ!」




 イツキが咄嗟に前へ出ようとした時、兵士のひとりが勝手に足をもつれさせて転倒し、泥と灰にまみれて逃げ出していった。




「……なあ、ラミア。俺たちって、そこまで怪物扱いされるようになったか?」




「……もう、そう見えるんでしょうね。伝説の怪人を倒した“死者たち”。」




 ラミアが小さく微笑もうとしたその時――




 突如として、頭蓋に直接響くような感覚がラミアを襲った。




 「ッ──ぁ……」




 左耳の裏、神経インターフェースがびり、と震えたかと思えば、次の瞬間、彼女の意識に何かが“滑り込んで”きた。




 ──……ラミア……。




 ──……わたし、近いうちに……イツキに会いたいの……。




 ──……お願い……来て……必ず……。




「ッ……イツキ!」




 ラミアが膝をつき、両手でヘルメットを押さえる。


 鋭い波動が脳内を満たし、瞳が大きく見開かれる。




「ラミア!? どうした、痛むのか――」




「……ちがう……彼女の……声が……聞こえた」




 震えるようなその声。


 言葉に出すのもためらうほどに切なく、かつ懐かしい響き。




「彼女?」




「……サクラ。……確かに、彼女だった。思念が私に共鳴したの」




 イツキは言葉を失った。




 あの戦いの果てに、“失われたはず”の少女の名。


 セイガン・ピンク──サクラ。




「本当に……サクラなのか」




「……ええ。声だけ。でも、間違いない。……彼女は、“あなたに会いたい”って」




 ラミアの言葉は、ゆっくりと、慎重に。


 だがその瞳は、涙を堪えるように揺れていた。




 イツキはしばし視線を彷徨わせ、それから静かに拳を握る。




「……来いって言われたなら、行くしかないだろ」




 それは覚悟。


 そして、かつて切り捨てた“情”に再び向き合うという選択。




「でも……イツキ……もし、彼女が――敵になっていたら?」




「それでも、俺は……“知ってるサクラ”に、もう一度会いたい」




 ラミアはそっとイツキの左手に触れた。


 その義手は冷たく、鋼の感触を残したが――




 ――そこには、人の温もりが確かに宿っていた。

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