第45話 『交錯する信念──裂けゆく戦場』

 ネメシス中枢の地下、巨大な円形会議ホール。


 壁面には淡く青白い照明が灯り、中央の円卓を照らす光は、どこか人工的で冷たかった。


 無数の階層席には戦術部門や研究部門の幹部たちが静かに座っていたが、その空気は明らかに張り詰めていた。




 ゆっくりと壇上に歩み出たのは、一人の青年。


 灰色のスーツに身を包み、整った顔立ちと鋭い眼差しが印象的な彼の名は、アドレー=ノア。




「……結論から申し上げます」


 ノアの声が、ホールに響く。


「これまでの怪人兵の敗因、その根本は“装甲の脆弱性”にある」




 ざわ……と、低いざわめきが広がった。




 最前列に座っていた旧怪人部隊の責任者が、わずかに肩を動かした。


「ノア様、それは……能力面の個体差ではなく?」




「違います」


 ノアは即座に返す。


「戦闘記録を見れば明らかです。どれほど優秀な異能を持っていても、装甲が紙のように破れるのでは意味がない」




 彼は指を動かし、卓上のホログラム装置を操作した。


 宙に映し出されたのは、破損した旧怪人たちのボディデータ。裂けた外郭、砕けた胸部装甲、吹き飛ばされた頭部。




「これが現実です。彼らは“戦うために生まれた”存在であるはずなのに、その肉体は最初から破綻していた」




 戦術班の長が腕を組みながら口を開いた。


「……対セイガン兵器として作られたはずの存在が、この程度とはな」




 ノアは頷いた。


「ですが、希望はあります」




 照明が落とされ、スクリーンに新たな物質構造が投影された。




「これは“E.M.フレーム合金”。総帥が外部協力者から提供を受けた特殊金属で、通常の五倍の耐久と高エネルギー吸収特性を持ちます」




 ざわ……とまた波紋のようにざわつく幹部たち。




「これを旧怪人のフレームおよび装甲素材として用い、新たな融合型怪人として再構築する。それが……“Ω計画”です」




 会議室に一拍の沈黙。


 やがて、冷静な声が返った。


「……それは、既存の意識データの再利用も含むのか?」




「もちろんです」


 ノアは頷く。


「自我が残っている個体は調律して使用します。残っていないものは、記憶と戦闘パターンだけを抽出し、別個体に統合する」




「それは……兵器の人格剥奪では?」




 静かにノアは言った。


「必要ならばそう呼んで結構です。我々に必要なのは“耐える怪人”です。感情は後で構築できます」




 スクリーンが切り替わる。


 そこには“Ω-BLANKオメガ・ブランク”と名付けられた新型の構造図。


 厚みを増した胸部装甲、交換可能な外郭パーツ、高エネルギー反射コーティングが施されている。




「この設計に基づき、第一世代Ωシリーズの開発を即時開始します。既に数体の旧型候補が選定されています」




「旧怪人の魂を、鋼で再構築する……か」


 誰かが低く呟いた。




 ノアは最後に一言、静かに言った。


「かつての敗北を、素材に変えるのです。我々が打ち立てるのは、新時代の怪人です」







 かつて世界の裏側を支配し、恐怖と進化の名のもとに秩序を捻じ曲げてきた秘密結社ネメシス──その威光はいま、静かに陰り始めていた。




 ネメシス本拠地、地下最深部の司令中枢。薄暗い照明の下、かつて煌びやかだった回廊には埃が舞い、警備ドローンの数も減っていた。




 ひび割れた壁面に設置されたモニターには、世界各地の勢力図が映し出されている。その地図上、赤く光っていたネメシス拠点の多くが、いまや青く染まり“セイガン勢力下”と表示されていた。




 中央ホログラム台を囲むように立つ幹部たちは、皆一様に沈痛な面持ちだった。




「……L計画が潰えた時点で、我々の牙は折られたも同然だ」




 戦術顧問のグラウルが、唇を噛みながら呟いた。




「奴らの新型ヒーロー……レン、サクラ、そして裏切り者のドクトル・メディアス。セイガンは我々のL計画のデータを利用し、我々以上の存在を生み出してしまった」




「デモリスとカマリナもだ。奴らは実験体ではない。セイガンが誇る新たなヒーローとして設計された。すでに多くの怪人部隊が蹂躙されている」




 声を荒げたのは、怪人部門の管理責任者ビルゲ。額には汗が滲んでいた。




「やつらは……我々の牙を抜くために生み出されたのか」




 誰からともなく漏れる悔恨の声。しかし、その疑問に答えはなかった。




「残存戦力は?」




 低く、だが明瞭な声が会議室を貫いた。




 アドレー=ノア。総帥の後継として、冷徹さと理知を兼ね備えた青年。




 彼の問いに、情報管制官が即座に応じた。




「怪人兵の稼働率は……47%。廃棄予定だった個体の再運用も進めていますが、再稼働時の暴走リスクが高く……戦線維持は困難です」




 ホールの空気がさらに重くなる。




「ならば、Ω計画を加速させるしかない」




 ノアは指先でスクリーンを操作し、新たな設計図を浮かび上がらせた。




 それは、E.M.フレーム合金を用いた“Ω-BLANKオメガ・ブランク”の外郭構造。




「旧怪人の肉体を捨て、鋼の殻に魂を移植する。


 L計画では感情と能力にこだわり過ぎた。Ω計画は“耐える肉体”と“戦う鋼”だ」




「だが……意志の問題は?」




 精神調律班のリーダー、アゼルが声を上げる。




「自我を持つ者は協力を要請する。意志なき者は、記録と戦闘記憶だけを抽出し、新たな器に継承させる」




 静かに、だが決意を滲ませたノアの言葉に、場が沈黙した。




 照明が落ち、設計図の光が怪人たちの影を映し出す。




「──我々には時間がない。Ω計画は唯一にして最後の希望だ。急げ。鋼の胎動は、すでに始まっている」




 誰も返事はしなかった。




 だがその沈黙の中、確かに新たな命令が全体に伝播していった。




 追い込まれたネメシス。敗北の予感に包まれながらも、わずかに残された牙が、いま再び鋼鉄の音を立てて研がれようとしていた。







 鋼鉄の扉が軋みを上げて閉じる。


 ネメシス本部の地下に設けられた指令室は、深海のような沈黙に包まれていた。壁に埋め込まれた光源がぼんやりと青白く灯り、床に浮かぶ戦術ホロマップが空間を照らしている。




 ゼクスはその中心に立ち、腕を組んだまま眉一つ動かさず敵の進行ルートを見つめていた。マップ上には赤く点滅するマーカー──セイガンの強襲部隊が、ネメシス最終拠点〈黒鋼の咽喉〉に向けて進撃を始めていた。




 重たい沈黙を破ったのは、部屋の扉が開く音だった。




「司令、最新情報をお持ちしました」




 入ってきたのは、情報部の若き分析官。小柄な体躯に似合わぬ険しい表情で、彼は一枚の端末をゼクスに差し出した。




「……見せろ」




 ゼクスが端末を受け取り、スクロールしていく。


 そこには、敵部隊の主力として“デモリス”と“カマリナ”の名が記されていた。




「……やはり出してきたか。L計画の亡霊どもを」




 ゼクスの声に怒気はなかった。ただ、静かで乾いた憤りがその眼差しに滲んでいた。




「ドクトルの亡命以降、彼の研究成果がセイガンに渡る可能性は想定されていましたが……実戦投入は、これが初です」




「これが始まりなら、終わりも近い」




 ゼクスは端末を脇に置き、ゆっくりとホロマップの前に歩を進めた。


 指先で拠点のエリアを拡大し、ある地点に視線を定める。




「──イツキとラミアは?」




「現在、セイガン本部にて待機中。先日の戦闘後、整備と戦術ブリーフィングを完了しています」




 ゼクスは静かに頷いた。




「ならば──命令を下す時だ」




「了解」




 青年が通信端末を起動しようとした瞬間、ゼクスはふと付け加えた。




「伝えろ。“これは最終防衛戦である”と。あの二人はもはや実験体でも戦士でもない。ネメシスの意志そのものだ。……全てを背負わせるには酷だが、他に選択肢はない」




「……了解しました、司令」




 分析官が姿を消すと、ゼクスは誰もいない部屋に呟くように言った。




「見せてみろ、イツキ。貴様の信じる“未来”が、どれほどの価値を持つのか──」




 ホロマップの中で、赤い点が一つ、また一つと拠点の輪郭に迫っていた。




 ネメシスの出撃準備区画は、無機質な照明が鈍く光り、ひんやりとした空気が漂っていた。金属の床に靴音が響くたび、沈黙が押し返すように広がっていく。




 イツキは、無言のまま愛用の戦闘装甲レッドファング・MkⅤの前に立っていた。


 彼の手は、スーツの胸部に埋め込まれた動力リアクターのチェックを繰り返しながらも、どこか遠くを見るような視線をしていた。




「……無言、ね。いつもなら、もっと皮肉のひとつくらい飛ばすのに」




 静かに背後から声がした。


 振り返らずとも、イツキはその声が誰かを知っている。




「緊張してんだよ、きっと。……ま、そっちは冷静そのものって顔してるけどな、ラミア」




 ラミアは、漆黒と深紫を基調とした戦術装甲ノクターン=ルーナの脚部に腰をかけていた。


 右手には補助端末、左手にはまだ装着していないバイザー。


 機械と人間の境界に在る彼女の目は、いつもより少しだけ柔らかかった。




「……敵は、セイガンの“新型”でしょう? L計画由来の兵器で、名前は……」




「デモリスとカマリナ。どっちも洒落にならん性能だ。情報部の評価じゃ“戦術級脅威”に分類されてる」




 イツキが肩を回すと、背後のスーツが自動で反応し、バックユニットが起動した。小さく唸るような音が室内に響く。




「……二人で戦うには、分が悪い?」




「数で押されるよりはマシだ。むしろ……」




「むしろ?」




「……“俺たちが倒せなきゃ、誰にも止められない”ってことだよ」




 イツキの声に、少しだけ自嘲が混じっていた。




 ラミアはゆっくりと装甲に乗り込んだ。


 静かに閉じるハッチ、呼吸を合わせるように接続されていく神経リンク。


 冷たいシステム音が彼女の意識に満ちていく。




「イツキ。私、後悔はしてない。ネメシスにあなたを誘ったことも、あなたと組んだことも」




 ヘルメット越しの通信が届く。




「……そりゃどうも。俺も同じさ。ラミアがいたから、ここまで来られた」




 イツキも装甲に身を収め、機体が彼の身体を包み込むように接続されていく。


 その瞬間、かつて“セイガンレッド”と呼ばれた男は、ただの“戦場の盾”となった。




 作戦室からの通信が割って入る。




《コード:シールドワン、ツー。敵の第一波が外郭を突破。迎撃行動、許可。》




「ラミア、準備はいいか?」




「ええ、いつでも」




 装甲のバイザー越しに、二人の視線がぶつかる。




「……背中は預ける」




「こちらこそ」




 重厚な出撃ゲートがゆっくりと開いていく。


 外は嵐のような轟音。セイガンの強襲部隊が目前に迫っていた。




 だが、その一歩手前。


 〈黒鋼の咽喉〉の最後の門に、ふたりの戦士が立ち塞がる。




「よし──行こう、ラミア。これは“正義”じゃない。ただの意地だ」




「それで十分。私は、あなたと戦うためにここにいる」




 そして、次の瞬間。


 疾風のように、二つの影は戦場へと駆け出していった。







 高高度を飛翔するセイガン制式の強襲輸送機。その機体内、振動と静寂に包まれた密閉空間に、二つの影が沈黙を保っていた。




 ──デモリスとカマリナ。




 鋼鉄の装甲に身を包んだデモリスは、整備されたばかりの義肢を何度も確かめるように動かしながら、無言で前を見据えている。




 その隣、黒紅のスーツをまとうカマリナは、顔の半分を覆う戦術ゴーグルを外し、虚空を見つめていた。




「降下まで、あと五分」


 無機質な女性オペレーターの声が、艦内スピーカーから響く。




「……了解」


 デモリスの声は低く、鉄板のように重い。




「また壊すのね、施設ごと」


 カマリナが口を開いた。声は軽く聞こえたが、その奥にどこかためらいがあった。




「終わらせるんだ、今度こそ」




「任務を?」




「──違う。“ネメシス”を、だ」


 


 ふいにランプが赤に変わり、警告灯が機体後部を照らす。風圧が機内に吹き込み、二人のマントを大きくはためかせた。




「デモリス、カマリナ。突入開始」




 彼らは迷いなく身を投げた。




 高度数千メートル──その下には、岩盤を穿ち建造されたネメシス最終拠点〈黒鋼の咽喉ブラックスロート〉がある。




 降下中、カマリナが無言で掌を翳すと、バリアの構造式が眼前に浮かび上がった。




「侵入経路、突破できる」




 次の瞬間、二人の装甲が閃光をまとう。


 爆音とともに着地。防壁が吹き飛び、警戒塔が次々と崩壊していく。




「初期防衛層、無力化完了。進行を継続」




 デモリスの報告と同時に、カマリナの寄生虫型ドローンが施設内に入り込み、セキュリティを乗っ取っていく。




「目標座標、第三制御中枢──目前」




 廃墟と化した通路を、二人は迷いなく進んだ。




「……無反応。無人……か?」




「いや、奥に何かいる。熱源は抑えてるが──重い気配だ」




 デモリスが両腕を構えたそのとき、影の中から誰かが現れた。




「──止まれ。ここから先は通さない」




 鋭く、冷たい声が通路に響いた。




 現れたのは、イツキ。


 そしてその隣には、ラミアの姿。




 カマリナが反応する。「……お前が、元レッド……?」




「そうだ。裏切られ、追放されて、今はネメシスの盾になっている」




 イツキはゆっくりと歩み出る。その瞳は迷いのない殺気を帯びていた。




「悪いが、今日ここで──お前たちを止める」




 イツキはゆっくりと歩み出る。その瞳は迷いのない殺気を帯びていた。




 ラミアも無言で構えた。背後からは闇の粒子が漂い、彼女の魔力が戦場を支配し始める。




「対話の余地はない、ということね」




 カマリナが低く呟き、戦術ゴーグルを装着し直した。




「むしろ、話す時間が惜しい」


 デモリスの言葉とともに、拳が閃いた。




 次の瞬間、廃墟の通路は爆音に包まれ、ネメシス最後の門を巡る激突が幕を開けた──。




 崩れた天井から、微かな粉塵がゆっくりと降り注いでいた。かつて静寂と秩序に包まれていたネメシス最終拠点──〈黒鋼の咽喉〉。今やそこは爆音と金属の悲鳴がこだまする戦場と化していた。




 激しい火花が走る瓦礫の隙間をすり抜けて、一陣の風のように黒い影が跳ねた。




「……重装突撃型。装甲も、反応も、想定以上ね」


 ラミアが薄く息を吐き、焦げた床に降り立つ。手から放たれた黒き粒子が空中に網目状に広がり、瞬時に硬質の防壁を展開。次の瞬間、カマリナが放った侵食波がぶつかり、壁面を紫に染め上げた。




「だが──俺たちも、ただの飾りじゃねぇんだよ」


 イツキが静かに呟いた瞬間、彼の右拳が朱に染まり、空気が焦げるように歪んだ。




 彼の姿が消える。残像も残さず。




 そして次の刹那、デモリスの背後にイツキの赤い拳が現れた。




「──《零式・斬鉄拳》ッ!!」




 金属を断ち割る音。デモリスの肩装甲が砕け、破片が宙を舞う。


 だが、デモリスは無言で振り返り、強靭な回し蹴りを繰り出した。




「その程度の一撃で、俺たちを止められると思うな」




 イツキは蹴りを受け流しながら後退、口元に苦笑を浮かべる。


「……さすが、“セイガンの最新型”。まるで化け物だな」




「“化け物”でも“兵器”でも構わない」


 カマリナが前に出て、声を重ねる。


「私たちは選ばれ、造られた。けれどそれは、私たち自身の意志でここにいることと矛盾しない」




 ラミアの目がわずかに細くなる。


「なら……その意志で、ネメシスを滅ぼすと?」




「違う。ネメシスが、もう過去に囚われて動けないなら──淘汰されるべきだ」




「淘汰、ね」


 イツキがつぶやいた。


「それが“誰の理想”かって話だ」




 言葉が戦場の空気を裂くように響いた。




 沈黙。だがその静寂は、すぐに足音にかき消された。




 デモリスが一歩前に出て、重たい視線をイツキに向ける。


「お前は何のために戦ってる? ネメシスを守るためか、それとも──過去の自分を否定しないためか?」




 イツキは答えず、代わりに拳を握り直す音が聞こえた。




「……意地だよ。それ以上でも、それ以下でもねぇ」




 再び、二対二の構図が戦場に描かれる。




 爆風が巻き起こり、瓦礫が舞う。遠くで戦闘ドローンの爆散音がこだまする。




 ──その頃、セイガン本部。




 指令室のパネルが淡く点滅する中、ゴールドがモニターに目を向けていた。




「始まったか……」




 背後には、セイガン=ゼロディヴァイドの五人の新戦士が並んでいる。




「彼らが命をかけて時間を稼いでいる。君たちは、その意味を……理解しておけ」




 静かな口調に込められた、重み。




 戦局を左右する一手が、今まさに裏で進行しようとしていた。




 だが──拠点〈黒鋼の咽喉〉では、イツキとラミアがなおも戦いの只中にいた。




「ラミア、次は……あれでいく」




「了解。同期率、95%まで上昇中」




 信念と信念が衝突する、決して交わらぬ戦場。


 


 そこで響いていたのは、ただひとつ──


 誰も譲れない、戦う者たちの魂の叫びだった。

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