第17話 『目覚める目──監視と裏切りの序曲』
『ラミア、蘇る──再構築の檻を超えて』
ネメシス本部・再生医学棟、第六制御室。
冷たい白光が差し込む無機質な手術室の中、透明な再生ポッドの内部には、肉体の一部を喪った一体の女性型怪人が静かに眠っていた。ラミア──かつて“毒と触手”の暗殺者と呼ばれた戦闘怪人。だがその躯体には、すでにかつての“彼女”を感じさせる滑らかなフォルムも、鋭利な美しさもなかった。
無数の再構築ナノラインが皮膚の下を走り、神経回路が接続され、筋肉繊維はゆっくりと形成されていく。機械と生体が交差するこの部屋で、“怪人”としての彼女は今まさに二度目の誕生を迎えようとしていた。
「──脳波、回復傾向にあります」
機器の端末を操作していたのは、ネメシス生体構築班の主任医。表情もなく淡々と記録を読み上げていくその声を、同室に立つ男は無言で聞いていた。
イツキ──元セイガンレッド、現ネメシス幹部。ゲロスとの激戦の果てに瀕死となったラミアを、この“再構築の檻”に送り込んだ張本人でもある。
(……すまない)
その言葉は、彼の心の中でしか響かなかった。
彼女は、イツキの背を預けられる唯一の存在だった。だからこそ、あの戦場で背中を預け、共にゲロスに挑んだ。だが、彼女は“代償”を支払うことになった。身体の一部を、記憶の一部を、そしてかつての“誇り”を。
彼女が再び目覚めた時、自分を“何”だと名乗るのか──イツキには、それが恐ろしくもあった。
突如、機器の警告音が鳴った。
「脳覚醒信号確認! 再構築処理、完了しました!」
ポッドの液が排出され、内部のラミアが緩やかに浮き上がる。目元の神経が震え、薄く開かれた唇からは微かに声が漏れた。
「──ここは……どこ」
イツキが歩み寄る。無機質な照明の下、その声だけが確かな“人間性”を保っていた。
「ラミア……戻ってきたか」
ラミアの目が、ゆっくりと焦点を結ぶ。数秒の沈黙ののち、かすかに口角が上がる。
「……イツキ。あんた、やっぱり泣いてたんだ」
「泣いてねぇよ。汗だ。……この部屋、湿度が高いからな」
ラミアは短く笑った。
それは機械に組み上げられた声ではなかった。確かに、ラミアの“心”が今もそこにあると教えてくれる音だった。
「立てるか?」
イツキの差し出した手を、ラミアはじっと見つめた。次にその視線を自らの腕──新たに再構築された義肢へ向け、ゆっくりと指を動かしてみる。関節はなめらかに動いた。だが、その感触はまだ自分のものとは思えなかった。
それでも。
「……慣れるよ。そのうち」
ラミアはその手を取った。
この瞬間、彼女は“怪人ラミア”としてではなく、戦友として、再びネメシスに立ち上がることを選んだのだった。
──ネメシス本部・幹部監視棟。
機械の軋む音が、深夜の静寂に響いた。薄暗い監視ルームに映し出されているのは、実験棟、医療区画、兵舎、幹部ラウンジ──そして“彼”の部屋。
幹部となったイツキの一挙手一投足が、すでに記録されていた。
「……イツキ、君は果たして“味方”なのかね?」
仮面の男──幹部統括官ゼクスは、低く呟いた。感情の読めぬ人工音声に近い声色。それでも、その奥底にある疑念は、鋭く冷たく光っていた。
イツキは“英雄”だった。ゲロスを倒した偉業はネメシスの支配下にある情報網で誇張され、民衆の恐怖とともに称賛された。しかし、それは同時に──彼が『神を倒す力』を持った証でもあった。
「制御不能な“英雄”は、最も危険な爆弾になる」
ゼクスはそう分析していた。そして、その“爆弾”が爆ぜる前に、確証を掴まなければならなかった。
一方その頃、イツキは静かに動き始めていた。
──地下通路。
照明の切れた薄暗い通路を抜け、彼が辿り着いたのは使用禁止区域とされた旧実験記録保管庫だった。セキュリティは“誰か”の手によって一時的に切られていた。
「……助かった。まだ“協力者”がいるらしい」
イツキはそう呟きながら、古びた端末を操作する。数年前の記録──ゲロス誕生の実験記録、ラミアの設計データ、そして『L-Disaster計画』の前身にあたる“R-Prototype”の存在。
「これが……始まりだったのか」
人間兵士を素体に造られたゲロス。その実験過程に“神経遮断”や“脳皮質再配列”といった非人道的措置が組み込まれていたことに、イツキの拳が震えた。
背後で物音。
「イツキ、ここにいたのね」
静かな声。振り返れば、そこにはラミアが立っていた。未だ右腕は義肢の仮装着状態。だが、その眼差しはしっかりと戦士のそれだった。
「……もう寝てろ。まだ身体は万全じゃないだろ」
「それでも、止まっていられない。私は……私たちは、もう黙って見ていられない」
彼女の言葉に、イツキはしばし沈黙した後、小さく笑った。
「……じゃあ、行くか。“ネメシスの中枢”へ」
──その言葉が告げたのは、反逆の第一歩。
彼らの背後で、旧データ端末の光が一つ、赤く点滅していた。
『アクセス記録、転送中──』
そして、ゼクスの端末に、赤い警告が浮かび上がった。
「……やはりか」
仮面の奥、ゼクスの表情は変わらなかった。ただ一言、冷たく指令を出す。
「監視レベルを“Crisis-α”に引き上げろ。英雄は、試される」
──目覚める目。裏切りの序曲。
ネメシスの影が、静かに彼らを睨み始めていた。
ネメシス本部の医療棟を抜けた先、最深部に近い一角──そこは再構築後の“再適応期間”にある怪人たちが、静養と訓練を兼ねて過ごすための小さな訓練施設だった。
人工的な重力調整、温度管理、酸素濃度。すべてが完璧に整えられた、作られた自然。まるで「人間らしさ」の模倣にすぎないその空間で、ラミアは静かに腕を伸ばし、呼吸を整えていた。
その背後から、イツキが現れる。
「調子はどうだ?」
ラミアは振り返らない。だが、答えはすでにそこにあった。
「動くわよ。少しずつだけど、ちゃんと“私”として」
その声に嘘はなかった。彼女の義肢は完璧に馴染み始めている。だがイツキの表情には、どこか沈んだ影が差していた。
「……お前に、話したいことがある」
珍しくためらいがちな声音だった。
ラミアはその違和感に気づき、振り返る。そして静かに腰を下ろし、イツキを見上げる。
「何? まさかまた戦場の話? それとも、私が“人間だった頃”を思い出してるかどうかとか?」
「……違う」
イツキは、床に膝をついた。幹部という立場にある彼が、部下の前で膝をつく姿など、誰も想像しない。だがそれほどまでに、彼の“願い”は重かった。
「ラミア……お前にだけは、伝えたい」
その声はかすかに震えていた。
「ネメシスを……変えたいんだ。こんなやり方じゃ、いずれ誰もついてこなくなる。怪人を“使い捨ての兵器”としてしか見ない幹部連中や、ゲロスやL-Disasterみたいな怪物を量産するドクトルの狂気。そんな組織のままで、いったい何を守れるっていうんだよ」
ラミアの瞳が揺れる。
それは、自分もまた同じ“使い捨て”にされかけた記憶から来る感情だった。
「……けど、イツキ。私たちはネメシスの“兵器”として作られた。あんたも、それを受け入れてるから幹部まで上り詰めたんでしょ」
イツキは黙って首を横に振る。
「違う。俺は……“なかったこと”にしてただけだ。ゲロスの暴走も、捕虜を実験台にしてることも、すべて黙って目をつぶってきた。でも、ラミア……お前が、あんな状態になった時……俺、初めて本気で怒ったんだ」
彼の拳が、静かに震えていた。
「だから……力を貸してほしい。お前がいてくれるなら、俺はネメシスを変えられる。いや、お前がいなきゃ……俺は、また目を背けちまう」
重い沈黙が落ちた。
ラミアはゆっくりと立ち上がる。そして、イツキの目の前に立ち、片方の義手を静かに差し出した。
「言ったでしょ。“少しずつだけど、私はちゃんと動いてる”って」
義手の指先がイツキの胸元に触れる。
「この手でなら、もう一度……何かを掴める気がする」
イツキの目が見開かれ、次の瞬間、ふっと笑みがこぼれた。
「それ、OKって意味でいいんだな」
「黙って従う気はないけど……共犯者にはなってあげる」
そう言って、ラミアは義手を軽く握る。
ネメシスの暗闇の中に、ふたつの“火”が灯った──歪な正義と、過去に裏切られた信頼。そのどちらもが、たった今、共闘の誓いを交わしたのだった。
■
『黒幕の眼──幹部統括官ゼクス、沈黙の掌握者』
ネメシス本部・第四管理層──
そこは、選ばれし者にしか立ち入ることが許されない“運営中枢”である。
常人には意味すら判別できぬ数千の監視映像。各部隊のリアルタイム位置データ、各拠点の作戦進行ログ、バイオ実験体の状態監視。
全てが集約されるこのフロアで、ただ一人、足音を響かせて歩く男がいた。
その名は──ゼクス。
ネメシス幹部たちの上位に君臨し、“幹部統括官”という地位を持つ最高幹部。
総帥に次ぐ序列を持つ人物であり、組織の「心臓」にして「黒幕」とも言える存在である。
■ゼクスの容貌
年齢不詳。
背は高く、長身痩躯。黒のロングコートに、顔の下半分を仮面で覆っている。
その仮面はかつて処刑された反逆者の顔を模したという都市伝説すらあるが、真相は誰も知らない。
目元は常に冷たく、まるで“処理すべき対象”しか見ていないかのようだった。
声は淡々としており、怒声も感情もない。だが、ひとたび彼が話せば、最古参の怪人ですら言葉を飲み込む。
■ゼクスの役割と権限
ネメシス幹部統括官──それは、数百名に及ぶ幹部級構成員と、その下に存在する無数の戦闘部隊、研究班、情報班、政治介入部門などの全指揮系統を“実務的”に束ねる者。
・戦術計画の最終承認
・怪人開発の倫理審査(形骸化している)
・内部反乱の鎮圧指令
・秘密拠点の新設・破棄の決定権
・“英雄”や“反逆者”の排除判断
そして──“総統が不在の際、全権を代行する”という密命を持つ。
■ゼクスの思想と信条
ゼクスには“私情”というものが存在しない。
あるとすれば、「秩序ある恐怖こそが真の平和を生む」という、かつて総統と交わしたとされる一つの理念のみ。
ゲロスの暴走に対しても、ゼクスは冷徹だった。
「危険因子の“再発現”は、設計者の狂気に起因する。よってドクトル・メディアスの監視権限を本部直下に移行する」
それは、幹部の一人を“研究員”に降格させるという異例の措置だった。
また、イツキが英雄となり組織内の影響力を高め始めた際──
「称賛は必要だ。だが“誤解された信念”は反乱より恐ろしい。英雄に自由を与えるな」
そう幹部会で一言だけ告げたという。
■ゼクスと総帥
ゼクスは総統の右腕であり、唯一“顔を知る”存在とも言われている。
だが、総帥が長らく公の場に姿を見せぬ今、ゼクスの存在はもはや「実質的なネメシスの頂点」に等しかった。
その動向一つで、戦争が始まり、国家が消え、都市が焼ける。
にもかかわらず──彼は、自ら表に出ることを極端に避けていた。
■現在の動き
L-Disaster計画において、ドクトルを“見限らない”判断を下したのもゼクスである。
だが、同時にその制御不能化を見越し、裏で“別の計画”──イツキと旧怪人たちを使った「ネメシス第二相転移構想」を進めているという情報もある。
つまり、ゼクスは「L-Disasterの暴走」と「イツキの反逆」その両方を、“想定の範囲内”として動いているのだった。
モニターの前、ゼクスは今日も言葉なく立っていた。
ただ、赤く染まる作戦記録と、揺らぐ組織内の空気を、静かに“均す”ように視線を走らせながら。
世界の未来も、破滅も、すべてはこの掌にある。
そう語るように──彼は、沈黙のまま“次の一手”を選び続けていた。
夜は、いつも不意に訪れる。
■
東京湾岸にほど近い、かつて大企業の研究施設だった廃ビル。その最上階に、黒ずくめの青年が一人、静かに立っていた。
名をゼクスという。かつては軍部の諜報部門に属していた男──いや、“それすらも一つの偽装”だった。
窓の外、朽ちた送電塔が月光に浮かび上がる。背後で扉が軋む音がした。
「……君が、“ゼクス”か」
声をかけたのは、白い仮面をつけた男。黒のマントが月明かりにゆらめく。ネメシスの総帥──その名は、未だ記録に残らない。
「貴様が……“黒の革命”の首魁か」
「革命ではない。再編だ。人類というシステムの、再構築」
ゼクスは無言のまま、足音もなく相手に近づいた。
「なぜ俺をスカウトする? 俺は失敗作だ。軍の中でも、適合しすぎて恐れられた人間だぞ」
「だからこそだ」
総帥の言葉は、刃のように鋭く、淡々としていた。
「感情を捨てた兵士は、容易に命令に従うが、世界を動かす力は持たない。君は……まだ“選び取る意志”を持っている」
「……皮肉だな。選ばなかったがゆえに、組織に捨てられた」
ゼクスの過去は、軍によって練り上げられた戦闘の“商品”でありながら、任務中に一度だけ命令違反を犯した。敵地に置き去りにされた孤児の少女を救ったためだった。
その一点の“情”が、すべてを狂わせた。
「情を切り捨てなかった兵士は、軍では不要だ。だが、我々には必要だ。なぜなら──我々は“感情”という燃料で動く機械だからだ」
総帥は歩み寄ると、仮面の奥から低く問う。
「君は、まだ世界を変えたいと思っているか?」
「変えたいわけじゃない……壊したいと思っている」
「ならば、壊すために手を貸せ。“ネメシス”は君のような“捨てられた意志”のためにある」
その夜、ゼクスは仮面の男と“契約”を交わした。
名も無き兵士から、“ゼクス”へ。
彼は総帥の右腕として、ネメシスの組織体系を再構築し、多くの怪人の管理と、戦力の合理的運用を統括することになる。
だが同時に、彼の中にある“問い”は消えなかった。
──本当にこれは、正しい進化なのか?
感情を捨てず、命令ではなく己の意志で“守った”あの少女。
彼女が無事に生きていることを、ゼクスは今でも調べることができていない。
そして、彼が“壊したい”と願った世界の輪郭は、今やネメシス自身の中にさえ滲んでいた。
■
ネメシス本部──最上層、黒曜石のごとき光を放つ「静謐の間」。
ここは組織の最高機密会議が行われる、選ばれし者しか立ち入れない空間。
その中心に、仮面の男が静かに腰掛けていた。
──総帥。
誰もその素顔を知らない。
いや、かつて知ろうとした者は、皆どこかに“消えた”。
「遅かったな、ゼクス」
黒き仮面が、鋭くこちらを向く。声に苛立ちはない。あるのは、ただ“無関心な威厳”だった。
「……失礼を。L計画の進捗に手間取っていたもので」
ゼクスは淡々と返す。黒い軍服に身を包み、マントの裾を払って無言で向かいの椅子に腰を下ろす。
「君は変わらぬな。相変わらず、正しい選択肢を最も冷たく選ぶ」
「正しさだけでは、もう何も動かせません。あなたも、それをよく知っているはずだ」
瞬間、室内の温度が下がった気がした。
ゼクスはそれでも目を逸らさない。
「“神喰い”を、止めるべきでした。ゲロスは、明らかに設計思想の逸脱です」
「逸脱こそ進化の証明だ。枠に収まる生命は、時代の檻に殺される」
「ならば、ネメシスが檻を築く側になるのか?」
総帥の指が、椅子の肘掛けを静かに叩く。
その仕草は、かつてと変わらない──だが、何かが違う。
ゼクスには、最近になって見えてきたものがあった。
総帥は、決して“不老不死”ではない。
思想は冷たく、視線は鋭く、それでも心の底にある“何か”が──“焦り”に似たものが見え隠れする。
「君は最近、イツキとよく話しているそうだな」
その言葉に、ゼクスの眼がわずかに動いた。
「……彼の中には、“かつての私”が見える」
「ならば、壊す前に観察せよ。英雄の中にある“崩壊の種”は、いつか花を咲かせる」
総帥の声はあくまで静かだった。だが、その言葉の底には冷酷な断罪の気配があった。
「もし君が“私の敵”になる日が来たなら、その時は……私の手で葬ることになる」
「それは光栄です。誰の刃よりも、あなたの刃が相応しい」
二人の間に沈黙が落ちた。
だが、それは緊張でも畏怖でもない。“終わりを知る者”同士の、冷えた理解だった。
やがて総帥は、立ち上がる。
「ゼクス。私は、君に託しているのだ」
「……何をです?」
「“破滅の先”を見届ける目を、だ」
総帥は背を向け、黒き回廊へと消えていった。
ゼクスはただ、沈黙の中に立ち尽くしたまま、己の胸に一つの問いを投げかけた。
──本当に、俺はまだ“従っている”のか?
忠誠と疑念が交錯する。
ゼクスの心には、かつての“救えなかった少女の眼差し”が、今もなお影のように焼き付いていた。
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