忌み痕_ imiato_
余白
#1 還土
事案概要報告書
作成日時:2019年7月12日
作成部署:N県警本部少年課
件名:N県立O山高等学校における生徒失踪事案に関する重要参考人聴取記録(抜粋)
聴取対象者:中村 翔(同校2年B組)
聴取場所:N本署第一取調室
聴取日時:2025年7月11日 15:00 - 17:30
【序文】
本件は、同校生徒・木村亮(17)の失踪、及び同級生数名が重度の心身衰弱を訴えている事案に関するものである。以下の記録は、木村が所属していたグループの一員、中村翔から任意で聴取した内容の要約である。中村は聴取中、終始重度のストレス反応を示し、発言に支離滅裂な点が見られたため、その心理状態を考慮に入れた上で内容を精査する必要がある。
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【中村翔の供述(要約)】
……はい、俺たちは、田辺をいじめてました。
理由なんて、別に……。あいつが、暗くて、いつも俯いてて、なんかムカついただけです。リーダーは木村でした。俺や、他の3人も、木村がやるから面白がってやってただけで……。
田辺は、何をされても抵抗しませんでした。教科書を隠しても、上履きを便所に捨てても、ただ黙って、唇を噛んでるだけ。その反応のなさが、余計に木村を苛立たせてたんだと思います。
エスカレートしたのは、先月のことです。
木村が、田辺の机の中から、古くて汚い巾着袋を見つけました。中には、黒くて丸い石ころが一つだけ入ってた。田辺に聞いたら、死んだ婆ちゃんの形見だとか、なんとか……。
木村は笑って、それを預かってやると言いました。そして、次の日、俺たちを学校の裏にある焼却炉に呼び出したんです。
木村は、あの巾着袋を火の中に放り込みました。
田辺は、初めて叫びました。「やめろ!」って。火の中に手を突っ込もうとするのを、俺たち3人で押さえつけました。
あいつ、押さえつけられながら、泣きもせず、ただ、燃えていく焼却炉の火を、じっと見てました。
あの時の目が、忘れられません。
全部、諦めたような。でも、何かを決めたような……。
その日から、田辺は休みました。
そして、俺たちの周りで、変なことが起き始めました。
最初に気づいたのは、匂いです。
木村の席の周りだけ、いつもジメジメした匂いがするんです。古い家の、床下みたいな……土とカビが混じった匂い。木村自身も「なんか服が臭え」って言って、ファブリーズをかけまくってましたけど、全然消えなかった。
次に、木村が「口の中が苦い」って言い出しました。
何を食っても、何を飲んでも、土を食ってるみたいな味がするんだ、と。
だんだん飯も食えなくなって、あいつ、一週間でめちゃくちゃ痩せました。顔色も、なんていうか……土気色になって。
俺たちも、同じでした。
俺も、朝起きると口の中がジャリジャリするんです。歯を磨いても、うがいをしても、ずっと泥水を飲んでるみたいな感覚が残る。体も、鉛みたいに重い。
一番おかしかったのは、アザです。
腕とか、足とか、覚えのない場所に、黒いシミみたいなアザが浮かんでくる。
それはアザっていうより……なんて言えばいいか……。
土なんです。皮膚の、すぐ下のところに、黒い土が染み込んでるみたいに見える。押しても痛くない。ただ、そこだけが、氷みたいに冷たい。
木村は、二週間前に学校に来なくなりました。
心配になって家に行ったんです。チャイムを鳴らしても、誰も出ない。でも、ドアの郵便受けの隙間から、あの匂いが……床下の匂いが、ぷん、としました。
そして、三日前です。
木村の家の、上の階の住人から「異臭がする」って通報が入ったのは。
警察の人が、あいつの部屋のドアを開けた時……俺、遠くから見てました。
刑事さんが、部屋から出てきて、すぐに口を押さえて、吐いてました。
後で聞いた話です。
木村は、いなかったそうです。
部屋には、誰も。
ただ……ベッドの上です。
木村がいつも寝ていた場所に、人型の染みが、くっきりと残ってた。
それは、黒い、湿った土の染みだった、と。
そして、その染みの上を、見たこともないような数のナメクジが、蠢いていたそうです。
……刑事さん。
昨日、俺、風呂場で自分の背中を鏡で見ました。
腰のあたりに、新しい黒いアザができてました。
それは、手のひらの形をしていました。
まるで、土でできた誰かが、俺の背中を、内側から掴んでいるような……。
なあ、刑事さん。
これ、田辺の呪いなんでしょうか。
あいつ、婆ちゃんから何を教わってたんですかね。
土は、どこにでもあるじゃないですか。
俺たち、どこに逃げればいいんですか。
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【追記】
聴取後、中村翔は錯乱状態に陥り、医療機関へ移送。現在も措置入院中。
なお、失踪した木村亮の部屋から検出された土壌サンプルと、不登校中の生徒・田辺篤(16)の自宅敷地の土壌成分が、極めて高い精度で一致したことを付記しておく。田辺篤の行方もまた、現在不明である。
報告は以上。
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