第11話 英雄と、魔女と、気まずい二人

静燈先輩に勝利した翌日、私の世界は一変していた。

「おはよう、言吹さん!」

「昨日の試合、すごかったです!」

今まで挨拶すら交わしたことのなかったクラスメイトたちが、キラキラした目で話しかけてくる。廊下を歩けば、すれ違う生徒たちが「あれが、静燈様を倒した…」とヒソヒソ噂しながら道を開ける。

昨日までの「最下層の暴走特急」は、今や「沈黙の王子に一矢報いた英雄」あるいは「王子の心を乱した魔女」と呼ばれていた。どっちにしろ、居心地の悪さは天元突破だ。


「見て見て、ことはちゃん! 私たちの名前、こんなところに!」

学園のランキング掲示板の前で、笑ちゃんが興奮気味に指をさす。

【ランキング:12位 言吹ことは(↑138)】

私の名前は、最下層から一気に上位へと駆け上がっていた。そして、そのすぐ下には、同じく試合を勝ち進んだ笑ちゃんの名前も載っている。

「やったー! これで私たち、今日から地下寮(ゲヘナ)とおさらばだ!」

「本当!?」

私たちは、ランキング中位の生徒が住む「地上寮(ソフィア)」への移動を許可された。ジメジメした地下室から、日当たりの良い、ちゃんとした「部屋」へ。単純なことだけど、泣きたくなるほど嬉しかった。


「ひろーい! ベッドもふかふか! 窓もある!」

新しい部屋で、笑ちゃんとはしゃぎまわる。まさに天国だ。

私たちが新しい生活に胸をときめかせていると、コンコン、と部屋のドアがノックされた。

「はーい!」と笑ちゃんがドアを開けると、そこに立っていたのは、意外な人物だった。

「……黒崎先輩」

腕を組み、不機嫌そうな顔で立っていたのは、玲蘭先輩だった。取り巻きの姿はなく、たった一人で。

「あなたに、少し話があるの」

緊張が走る。部屋の隅で羽根を繕っていたモコも、警戒するように片目を開けた。

玲蘭先輩は、ズカズカと部屋に入ってくると、私の目の前で立ち止まった。

「あなた、燈様に何をしたの?」

その声は、憎しみよりも、純粋な疑問に満ちていた。

「あの方が、あんな顔をするなんて……私が知る限り、一度もなかった。まるで、心の仮面を無理やり剥がされたような……」

彼女は、悔しそうに唇を噛む。

「あなたの力は、一体何なの? なぜ、あなただけが、あの方の心に届くの…?」

その問いに、私は何も答えられなかった。私自身、自分の力のことが、まだ何もわかっていないのだから。


***


その日から、私は、あからさまに燈先輩に避けられるようになった。

教室移動の時に遠くに姿を見つけても、目が合うと、すっと逸らされてしまう。彼がいつもいる中庭のベンチや図書館の席は、なぜかいつも空席になっていた。

明らかにぎこちない私たちの様子は、すぐに学園中のゴシップ好きたちの餌食になった。

「静燈様、負けたのがよっぽど悔しいらしいわよ」

「いや、逆に意識しちゃってるんじゃない? あの新入りのこと」

そんな噂を聞くたびに、私の胸はチクリと痛んだ。

違う。きっと、私が彼の心に土足で踏み込んで、傷つけてしまったんだ。謝りたい。でも、会うことすらできない。


「浮かれてる場合じゃねぇぞ、ポンコツ」

寮の部屋で専門書を読んでいた私に、モコが呆れたように言った。

「お前がやったことは、王様の寝室に土足で上がり込んで、秘密の日記を全校放送で読み上げたようなもんだ。次に会った時、張り倒されても文句は言えねぇからな」

「うぅ、わかってるよ…」

私は、燈先輩から渡された専門書のページをめくる。そこには、私の力の核心に触れるような、不穏な一文が記されていた。

『共感の力は、相手の魂の核に触れる諸刃の剣。使い方を誤れば、相手の心を破壊し、自分もまた魂の迷子となる』

魂の迷子…。

私は、燈先輩の心を、壊してしまったんだろうか。


このままじゃダメだ。ちゃんと話をして、謝らなきゃ。

私は意を決して、彼を探しに出た。


図書館にも、中庭にも、彼が使いそうな特別教室にも、燈先輩の姿はなかった。

(やっぱり、会ってくれないのかな…)

諦めかけた、その時だった。

夕焼けに染まる渡り廊下の向こう、学園の裏手にひっそりと佇む、古びた時計塔。蔦に覆われ、今はもう使われていないその塔の中に、すっと入っていく人影が見えた。

間違いない。あの、夜空色の髪は、静燈先輩だ。

彼は一体、あんな場所で何をしているの?

そこは、生徒の立ち入りが禁止されているはずの場所だった。

好奇心と、言いようのない胸騒ぎ。私は、まるで何かに引き寄せられるように、その古びた時計塔の扉に、そっと手をかけた

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