第4話 強制爆笑と、初めての「代償」

燈先輩との遭遇で、私の心臓は仕事量を完全にオーバーしていた。

(見てる分には、飽きない…見てる分には、飽きない…)

脳内でその言葉をリフレインさせながら、私はフワフワした足取りで地下寮へと戻った。その日の夜、私は興奮のあまり、ほとんど眠ることができなかった。


翌日。

「――というわけで、今日は最初の言霊実技テストを行う!」

教壇に立つのは、昨日とは打って変わって、見るからに脳筋な体育教師だった。名前は、轟(とどろき)先生。いちいち声がデカい。

「ルールは簡単! 二人一組で、相手の背中に取り付けた紙風船を、言霊の力で割り合う! シンプル・イズ・ベスト! 筋肉もそうだ!」

意味のわからない理論はさておき、内容は単純明快だ。私は当然、ルームメイトの笑ちゃんとペアを組んだ。

「ことはちゃん、お手柔らかにね!」

「こっちのセリフだよ! よろしくね、笑ちゃん!」

私たちは背中合わせになり、紙風船を取り付ける。準備ができたペアから、次々とテストが開始されていった。

「燃えろ!」「砕けろ!」といった物騒な言葉が飛び交う中、紙風船がパンッ!パンッ!と小気味よく割れていく。

「よし、次! 言吹、虹咲ペア!」

「は、はい!」

ついに私たちの番が来た。私は笑ちゃんと向き合う。

「いくよ、笑ちゃん!」

「どんとこい、ことはちゃん!」

私は、なるべく穏便に済ませられる言葉を探す。そうだ、風の力なら、きっと優しく割れるはず!

「そよ風よ、吹け!」

私の言葉に反応し、ふわりと優しい風が巻き起こる。しかし、その風はあまりに優しすぎて、笑ちゃんの紙風船を撫でるだけで、割るには至らなかった。

「あはは! ことはちゃんの風、気持ちいいねー!」

「うぅ、失敗…」

「じゃあ、次は私の番ね! えーっと、どうしよっかな。そうだ!」

笑ちゃんは、にぱーっと太陽みたいな笑顔を浮かべると、高らかに宣言した。


「――みんな、笑って!」


その言葉が放たれた瞬間、私はとんでもない力に襲われた。

「くっ…くくく…」

ダメだ、こらえられない。お腹の底から、猛烈な笑いがこみ上げてくる。

「あ、あはははははは! な、なにこれ! 止まらない!」

私だけじゃない。審判をしていた轟先生も、テストを終えて見学していた他の生徒たちも、全員がその場に崩れ落ち、腹を抱えて笑い転げている。

「ヒッ、ヒッ、ヒィィ! くるしい! あはははは!」

「な、なんだこの言霊は! 我が腹筋が、崩壊するッ! ハッハッハ!」

当の笑ちゃん本人だけが、きょとんとした顔でその光景を眺めている。

「あれ? みんな、どうしたの?」

「き、君のせいだあああ! あははははは!」

私が笑いすぎて涙目になっていると、背後で「パンッ!」と間抜けな音がした。どうやら、笑い転げた拍子に、自分で自分の紙風船を割ってしまったらしい。

結果、この勝負は、なぜか私の勝利となった。


「ご、ごめんね、ことはちゃん…。私、いつもこうなんだ。みんなを笑顔にしたいって思うと、やりすぎちゃうみたいで…」

テストの後、しょんぼりと謝る笑ちゃん。

「ううん、大丈夫! すっごく面白かったから!」

私たちは顔を見合わせて、一緒に笑った。笑ちゃんの言霊は、少し変わっているけど、やっぱり周りを明るくする力がある。私は、彼女のそんなところが好きだった。


その日の午後。

私たちは、学園のランキングが張り出される掲示板の前にいた。

「うわー…やっぱり、私たちの名前は一番下だね」

最下層の欄に、仲良く並ぶ「言吹ことは」「虹咲笑」の文字。

そして、当然のように、ランキングのトップには「静燈」の名前が輝いている。二位は「黒崎玲蘭」。

「はぁ…。いつか、私たちも上の寮に行けるのかなぁ」

私がため息をついた、その時だった。

「あら、奇遇ですわね。こんなゴミ捨て場のような掲示板の前で、ゴミのような方々にお会いするなんて」

背後から聞こえた、聞きたくもない声。振り返ると、そこには腕を組んだ玲蘭先輩が、取り巻きを数人引き連れて立っていた。

「黒崎先輩…」

「あなたたち、昨日のテスト、随分とみっともない勝ち方をしたそうじゃないの。一人は暴走、一人は自爆。まさに、最下層にふさわしいですわね」

ねちっこい嫌味に、私の心に黒いモヤがかかる。

「そんなことありません! 笑ちゃんは、みんなを笑顔にしたくて…!」

「あら、口答え? いい度胸ですわね。――そう、あなたはいつも、その生意気な『口』で、燈様の心をかき乱す」

玲蘭先輩の瞳が、スッと細められる。その瞳の奥に、今まで見たことのない、冷たい光が宿った。

「身の程を、教えて差し上げますわ」

彼女は、まるで歌うように、美しい声で言霊を紡いだ。


「――可哀想な子羊よ。その口は、もう開かなくなる」


ぞくり、と背筋に悪寒が走る。

何か、とてつもなく嫌な予感がした。

「え…?」

声を出そうとした、私の喉が、ヒュッと奇妙な音を立てた。まるで、声帯が凍り付いたみたいに、声が出ない。

「あ…あ…」

パクパクと口を動かすことしかできない私を見て、玲蘭先輩は満足げに微笑んだ。

「それが、あなたへの『代償』。いいえ、当然の『罰』ですわ。二度と、燈様に馴れ馴れしく話しかけないことね」

笑い声を残し、去っていく玲蘭先輩たち。

私は、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

言霊の力が、人を傷つけるために使われる。そして、それには「代償」が伴う。

だとしたら、今、私にこの呪いをかけた玲蘭先輩は…?

私は、ふと彼女が去っていった方向を見た。誰も気づかない、廊下の曲がり角。そこに、一本の、艶やかな黒髪がハラリと落ちているのが、なぜかやけにはっきりと見えた。

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