第2話 告白の次は、プロポーズがダダ漏れです
『――あなたの『存在』は、この学園から永久に**『削除』**されます』
冷酷な宣告が、まだ耳の奥で反響している。
目の前には、私を虫ケラでも見るような、絶世の美女――黒崎玲蘭(くろさき れいら)先輩。その隣には、私の盛大な自爆を浴びてなお、表情一つ変えない氷の彫刻――静燈(しずか ともり)先輩。
そして、彼らを取り囲む全校生徒の視線は、好奇心と、ほんの少しの憐れみに満ちていた。
「さ、削除って…どういう…」
「言葉通りの意味よ。あなたには今から、言霊使いとしての適性があるか、簡単な『選別』を受けてもらう。それに落第すれば、あなたは最初からここに存在しなかったことになる。それだけ」
玲蘭先輩は、完璧に整えられた唇の端を、わずかに吊り上げた。その笑みは、まるで美しい毒蛇のようだ。
「玲蘭、やりすぎだ」
不意に、隣から静かな声が響いた。いや、声じゃない。燈先輩の目の前の空間に、澄んだ水のような文字が、すぅっと浮かび上がったのだ。
《新入りを、あまり脅してやるな》
「あら、私は事実を述べたまでですわ、燈様。この学園のルールですもの」
《ルールだとしても、お前の言い方は悪趣味だ》
空中に浮かぶ、静かなのに有無を言わさぬ迫力を持った言葉。玲蘭先輩は一瞬だけ悔しそうな顔をしたが、すぐに完璧な笑みを貼り付けた。
「…わかりましたわ。では、選別の内容を変更しましょう」
彼女はパン、と一度手を叩く。すると、どこからともなく、一人の生徒が古びた鳥かごを持ってきた。中には、一羽の小さな小鳥がいる。ただし、その姿は灰色で、まるで石像のようにピクリとも動かない。
「この子は『沈黙鳥』。強い呪いを受けて、心を閉ざしてしまったの。あなたへの課題は、この子の心を言霊で開き、再びさえずらせること。制限時間は、この砂時計が落ちるまで」
玲蘭先輩が指さした先には、いつの間にか置かれていた、腰の高さほどもある巨大な砂時計。サラサラと、絶望的な速度で砂が落ちていく。
「もしできなければ――わかるわね?」
悪魔のような微笑みに、私はゴクリと唾をのんだ。
「おい、小娘! ぼさっとするな!」
腕にとまっていたフクロウのモコが、私の耳元で叫ぶ。
「あいつ、わざと無理難題を吹っかけてきてるぞ! 沈黙鳥なんて、ベテランでも苦労するっていうのに!」
「ど、どうすれば…」
「どうするもこうするもねぇ! やるしかねぇんだよ! お前の得意な、あのバカみてぇに真っ直ぐな言葉でな!」
モコの檄に、私はハッとする。そうだ、やるしかない。削除なんて、冗談じゃない!
私は震える足で鳥かごの前にしゃがみこみ、中の小鳥に必死に話しかけた。
「こ、こんにちは、小鳥さん。私、言吹ことは。怖がらなくても、大丈夫だよ」
小鳥は、ピクリとも動かない。
「きっと、何か悲しいことがあったんだよね。でも、もう大丈夫。ここは安全だよ。私、あなたの声が聞きたいな。きっと、すっごく綺麗な声なんだろうな…!」
砂が、サラサラと落ちていく。焦りだけが募り、言葉が空回りしていく。
(どうしよう、どうしよう! 全然ダメだ! このままだと私、本当に消されちゃう!)
パニックになった私の心の声が、またしても周囲に響き渡りそうになる。その瞬間だった。
《――お前は、本当にそう思っているのか?》
燈先輩の言葉が、私の頭の中にだけ、静かに流れ込んできた。
え…?
《口先だけの言葉は、誰の心にも届かない。お前が本当に願っていることは、なんだ?》
私が、本当に願っていること…?
私は、もう一度、鳥かごの中の小鳥を見た。心を閉ざし、色を失い、声をなくした、小さな生き物。その姿が、数時間前の、教室の隅で息を潜めていた自分自身と、なぜか重なって見えた。
――変わりたい。
――こんな自分じゃなく、もっとちゃんと、自分の気持ちを伝えられるようになりたい。
――そして、目の前のこの子が、私みたいに苦しんでいるなら、助けてあげたい。
それが、私の本当の気持ち。
私は、すぅっと息を吸い込んだ。もう、周りの視線も、玲蘭先輩の意地悪な笑みも、気にならなかった。
ただ、目の前の小さな命に、私の全てを伝える。
「――大丈夫」
たった、一言。でも、今度は心の底から、そう願った。
「あなたは、あなたのままで、そのままで、とっても素敵だよ。だから、もう何も怖がらなくていい。あなたの綺麗な声で、あなただけの歌を、世界に響かせて…!」
私の言葉が、光の粒となって鳥かごの中に降り注いでいく。すると、信じられないことが起きた。
灰色の石のようだった小鳥の身体に、少しずつ、鮮やかな瑠璃色が戻っていく。閉ざされていた瞳が、ゆっくりと開かれる。
そして――。
――ピルルルルッ!
鈴を転がすような、澄み切った歌声が、静まり返った広場に響き渡った。沈黙鳥が、再びさえずったのだ。
「やった…!」
私がガッツポーズをした瞬間、砂時計の最後の砂が、サラリと落ちきった。
「…チッ」
玲蘭先輩の、小さな舌打ちが聞こえる。
周囲からは、「おお…」という感嘆の声と、拍手が沸き起こった。
私が呆然としていると、燈先輩が私の目の前に立ち、空中に文字を浮かべた。
《――合格だ。ようこそ、言祝ぎ学園へ》
その、初めて向けられた優しい言葉に、私の心臓が、またしても大きく音を立てる。
(う、うわあああ! 合格だって! しかも、ようこそだって! あの燈先輩が! 無理、好き! 結婚して!)
『う、うわあああ! 合格だって! しかも、ようこそだって! あの燈先輩が! 無理、好き! 結婚して!』
私の、特大の心の声が、勝利のファンファーレのように、高らかにアヴァロンの空に響き渡った。
全校生徒が、再び沈黙する。
合格の感動で涙目になっていた玲蘭先輩以外の全員が、生暖かい、ものすごぉぉぉく生暖かい目で、私と燈先輩を交互に見ていた。
燈先輩は、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、その完璧な眉をピクリとひそめると、何も言わずに(書かずに)踵を返し、足早に去っていった。
その後ろ姿は、なぜだか、さっきよりもずっと速く見えた。
「……お前、マジで、最高だな」
腕の上のモコが、腹を抱えて震えている。
こうして、私の異世界学園生活は、羞恥と絶望と、ほんの少しの希望と共に、正式に幕を開けたのだった。
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