第10話『侵略妨害』

「王家物語の話はこれで以上よ。今後なにかあなたの精霊に変わったことがあったら教えて頂戴ね。」


「ああ、分かった。」


「それで、今度はアシェルの話を聞きましょうか。何が目的かしら。」


 クルペナは本を片付け、アシェルに向き合って言った。


「同郷人を探してるんだ。」


「同郷人…、もしかして、もう既に存在しない村の生まれなのかしら。」


「まぁ、そんなところだ。エスタ村ってとこの生まれなんだ。」


「エスタ…。ここからかなり遠いわね。壊滅していたなんて知らなかった。戦争に巻き込まれたの。」


「いや、盗賊に村が襲われていたのを、俺は助けもせずに見過ごして逃げてきてしまった。だから、奴隷として売られた幼馴染たちと母を見つけ出して、その故郷に返してやりたい。」


 俯いて言った。この話を人にしている間、彼は人の顔を見るのが辛くなった。どんな顔の人間を見ても、故郷の幼馴染を重ねてしまう。もう二度と会えないかもしれない彼らの姿が、脳に何度も刻み込まれた。


「でも、奴隷として売られているなら箱の盟約による誘拐事件と関係があるかもしれないわ。」


 強い口調で言った。その目には、闘志が宿っていた。そしてその言葉に、アシェルも俯いた顔を起こし、闘志を宿らせている目を見つめた。


「詳しく聞かせてくれ。」


「ええ、勿論。箱の盟約は調査の結果、奴隷商人が主導する組織である可能性がでてきたの。それも、国を股にかける大商人よ。」


「その奴隷商人なら、何か知っているかもしれない…と。」


「そう。だからね、アシェル。箱の盟約を壊滅させるのに、協力してほしいの。この一件が解決したら、私もあなたの同郷人たちを探すのに協力することを約束するわ。」


 アシェルにとってそれは、余りにも魅力的な相談だった。二年の探索が、ここにきて大きく前進する可能性が出てきた。


 探しものにおいて貴族ほど頼りになる存在はいなかった。広大な領地を治め、その地に存在する情報を殆ど全てを、書類として管理しているようなルルシナ家ともなれば尚更だった。


「わかった。その話、受けよう。」


「ふふ。魔法使いが二人もいれば、奴隷商人なんて敵じゃないわ。」


「優秀な剣士もいるしな。」


 そう言ってペランタに目配せをすると、彼女は髪で顔を隠そうとした。短い髪の隙間からは、赤くなった顔が見えていた。


「それなら早速、明日にでも本格調査に乗り出しましょう。」


「明日か…、ちょっと待ってくれ。ケルクの…、俺の精霊の調子がちょっと悪くて、すぐには動けそうにないんだ。」


「ケルク、軍馬の名前ね。もしかして、あなたの精霊は名前があるのかしら。」


「ああ。その反応を見るに、普通は精霊に名前はないんだな。」


 アシェルは初めてケルクに会った時のことを思い出した。彼女も最初は名前がなく、地名になぞらえてその場でそう名乗った。であれば、精霊と話せない人々が、精霊に名前をつけることがないのはある意味当然だった。


「好奇心であだ名を付ける貴族ならいるけれど、一般的ではなわね。そんなことより、精霊の調子が悪いってどういうこと。説明して頂戴。」


「なんか本人曰く、環境が合わなくて魔力が供給できないらしい。」


「供給…、あっ!」


 クルペナは急に会話を中断して本棚をあさり始めた。


「こんなに本がいっぱいあって、どこに何があるか把握できるんですか…?」


 ペランタは恐る恐る聞いてみた。


「出来てないわ。種類ごとになんとなく分けられてはいるけど、基本は背表紙を見て判断してるわね。」


 本棚を探りながら片手間で答えた。すると、お目当ての本を見つけたのかその本を取り出し、机に広げた。


「あなたのその症状は、恐らく、”侵略妨害”と呼ばれている症状なの。この症状は自身の領地以外では魔法がうまく動作しないっていう、原因不明の症状だったのだけれど。」


 侵略妨害、文字通り貴族が他国に侵略した際、魔法が上手く使えなかったことに由来する、魔法の弱点とも呼べる症状だった。


「精霊が、『環境で魔力が供給できない』って言ったのよね?ならそれは、歴史的な大発見よ!いいかしら、このページの十二行目、ジェレム侵攻の際、フィリー公が魔法を使えなかったことに由来し、六百三年のケレン論争以来ずっと魔法の神秘として解明されていなかったそれがわかったのは途轍もない偉業で…」


 ペランタはもとより、アシェルですら何を言っているのか全く理解できず、どんどん早口になる彼女を眺めることしかできなかった。


「あの、わかるように説明してほしいんだが。」


 そう言われるとクルペナは一瞬静止し、すぐに唖然としている二人の顔を見て、冷や汗をかいた。


「ご、ごめんなさい。昔からちょっと喋りすぎてしまう部分があって。まぁとにかく、ケルク?がそう言ったのなら、それは数百年間謎だった魔法の原理に関わる大発見になるってことよ。」


「原理とかはそっちで勝手にやってくれていいんだが、これは治るのか?」


「おそらくは治るわ。敵地での戦闘が長引くと徐々に魔法の感覚が元に戻ってくると、お父様も言っていたもの。」


「よかった。どの位かかる。」


「さぁ…、でもまぁ、急がなくてもいいわ。現状被害に遭っているのは貧民街の人間だけだし、この町でゆっくりしていって頂戴。」


「で、でも、貧困街の皆さんは誘拐されているんですよね…。」


「そうね。ただあの地域は誘拐犯なんていなくても、下らない喧嘩でよく人が死んでいるの。魔力の回復を待ったほうが懸命よ。」


 ペランタは今回も、反論をしたかったが考えがまとまらず、彼女の思考は自信満々なクルペナの思考に飲み込まれた。


 彼女の貴族らしい価値観を目の当たりにしたアシェルは、苦笑することしかできなかった。


「まぁいいわ。私も可能な限りあの地域に目を光らせておきましょう。長話に付き合わさせて悪かったわね。ペランタ、お詫びになにか童話でも読んであげましょうか。」


「ほ、本当ですか。でも私、もう童話っていうような歳じゃないですよ…?」


「あら、私が十二ぐらいの頃は、吟遊詩人にねだって読んでもらうぐらい好きだったのだけれどね。」


「じゅ、十二……。」


「悪いけどクルペナ、ペランタはもう十五らしい。」


 クルペナはペランタの顔を凝視し、その後彼女の貧相な身体を肩からつま先までじっくり見た。


「……あなた年齢詐称してるでしょう。」


「し、してないですよ!」


 アシェルは小さく笑った。




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