第13話 叫
ズガガガガッ!!
「爽快とはこの事だな」
スーーーッ!
斜面が緩やかな山道を滑り降りる風が、頬を撫でた。自然と目元が緩んでしまう。私って、こういう時だけ、年相応の女の子みたいな顔をしてるのかもしれない。マスクに隠れてるけど。
なんでだろう。たぶん、誰もいない山の中っていう解放感。それと――わけもなく膨らんでいく、「あの山に登りたい」って気持ち。理由なんて思いつかないけど、確かに私の中で熱を持って広がってる。
ズザザッ!ズザザーーーッ!
「…(…誰もいない)…っすーーーーー…」
「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
叫ばずにはいられなかった。胸の奥に、堰き止めてた何かが吹き出してくる。これは開放感、いや――どこか、もっと深くで感じる「解放感」ってやつかもしれない。
「素晴らしい景色だ…!銀が一面を支配するなんて綺麗なんだ!」
「バハハハーーーッ!!」
あの日――強敵との連戦から、ずっと心のどこかにモヤが残ってたんだろう。自分でも気づいてなかった。でも、それが今、風に溶けていくような気がしていた。
……ただ、はしゃぎすぎて、目の前に飛び出したモンスターに気づかなかったのは完全にミスだったけど。
ガサッ!
「ギョオオオオオオ!!!?」
「おおおお、おおおおぉっ!?」
ごちゃっ!!
まさかモンスターと正面衝突するなんて――木のボートが先に進んで、そのまま前方の木に激突、大破。見事にぶっ壊れた。
ズチャァ…!
「ごげぇ”ぇ”え”え”!!?」ピーーーッ…
「グッ…!ま…マスクのフチがッ!」
私の顔面ダイブが、モンスターのど真ん中に直撃。鶏型のモンスターは胸を凹ませて、心臓発作でも起こしたように絶命していた。
さすがにダメージはあったけど、まぁ…あのモンスターと、自分の羞恥心に比べればマシな方か。
「イツぅ…」
イラッ…
「テンション上げ過ぎた…」
ちらっ
「ケェ……」ぴくぴく…
誰もいない山で、こんなに騒いじゃったこと。ちょっとだけ反省。でも、なんだろう――「自分がこんなにハシャグなんて」こと自体に、私は妙な違和感を覚えていた。そして同時に、どこかスッとするような爽快感も。
「ん…しょ」ズサッ…
パッパッパッ…!
「あー、何気にもう暗いし此処らで一泊するか…」
チラリ…
「飯の確保もできたし…」
服についた砂埃を払って立ち上がる。鶏型モンスターを見下ろして、私はそれを引きずりながら歩き出した。
ズルズル…ズル
「おぉ、良さげだな。」
どさっ!
「よぅし、ここに決めた」
焚き火でもするにはちょうどいい河原だった。鶏型モンスターと向かい合いながら流木に腰を下ろす。脚を組み、肩の力を抜く。
――あっちは運悪かっただろうけど、こっちは運が良かったってことで。
「…火起こしするか」
ゴソッ…
かちゃ…
「(あった)」
ポケットの中から取り出したのは、回復薬液――下位ポーションだった。地面にばら撒いた小枝を見ながら、私はそのガラス瓶を光にかざす。
ちゃぽんっ キラッ…
「確か…(一点に太陽を集める)」
…
……
………
「…まぁそんな上手くいかないか」フッ…
しゅうれん現象。本で読んだ知識だけど、実際にやってみたくなるのは、誰でも同じってことなのかね。男女共通なのかも。
ポケットにまた手を入れて、ポーションを仕舞う。その代わりに出てきたのは、あの時、師匠が見せてくれたマッチ棒。(ep.1参照)
カロんっ…
「(やっぱりあった方がいいよな)」
バキッ!
乾いた音とともにマッチを折る。仕込まれていた着火剤が火を灯す。
ボウっ!
「便利すぎ…」
ぽいっ…
…
……
パチ…パチッ!
「いや本当便利だな…」
たき火が一瞬で広がっていくのを見て、感動した。いつも生水を飲んでたけど、冒険先でまともに煮沸したのは今回が初めてだ。
ごくっ…ごっ…きゅ
「…ふっーー…なんかウマイ」
パチ…
「…海ってのはこの夜空みたいな感じらしいが…空と違って魚がいて、鮮魚が食えるらしいな…」
海は知らないけど、情報はある。本で読んだことばかりだ。でも、それでも興味は湧く。
パチッ!
「…?」
「…私は…こんなに外に興味を持つ人間だったか?」
「…(いや…そもそもなんで私はこの街を離れたがらな…)」
はぁ…
自分でも、自分の中で起きてる変化がわからない。昼間に感じた「山へ登りたい」って衝動も、今ここで感じる「街の外」への好奇心も、全部が自分じゃないような気がして――でも、それが心地よいのも確かだった。
ズリッ…
「難しいことはやめだ。」
パチッ…
「そろそろいいだろ」
じゅぅぅ…
真っ黒に焦げた肉。でも私にはちょうどよく見えた。火から上げて、地面に直に置く。内臓は処理済み、毛や皮なんて気にしない。
じゅぅ〜…
「臓物処理だけした羽毛ごと焼いた文字通りの丸焼き」
ムシッ…!
「“んん…“素晴らしい…」
ほかっ!
皮の下から現れた、白くて綺麗な身。脂が滴って、見るからにうまそうだった。私の口元は羽毛で見えないけど、きっとすごくニヤけてたと思う。
「うまひうまひ」ガツガツ…
○*○*○*○*○*○*○*○
日が変わって目を覚ました私は、川の水で軽く髪を洗い流し、焚き火の残り火でそれを乾かしていた。手には昨日の肉の残りを握っていて、それを黒パンに挟んでむしゃむしゃと頬張る。
ばり…むしゃ…
「んぐ……」
ふぁぁ…ぁあ…
「ごちそう…さて、行くか。」
パンパンッ!
手に付いたパンくずを叩き落とし、私は腰を上げた。焚き火跡が確実に消えているのを確認してから、昨日の残り――でかい骨をひと蹴りで砕いて、出発した。
出発してから約一時間ほど。あっという間に山を下り切った。傾斜が緩かったおかげで、登っていた感覚すらほとんどない。気づけば山を抜けていた。
ザッ…ザッ…
「…さてさてさて」
ザッ…ザッ…
「そろそろ山下か」
歩を進めながら、私は長い脚で獣道を軽々と踏破する。そして――見えてきた。目的の巨大な山、『モンブラン山』の麓が、すぐ目の前に迫っていた。
「…近くで見るとデカさの意味が変わって見えるな」
「この高さなら…多く見積もっても2泊くらいか」
すっ…
もちろん、それは私だから言える話だ。崖の多い山暮らしに慣れてるし、上銀等級の中でも上位に入る身体能力があるから、それでようやく二泊というところ。
「…」
グッ…グッ…グィーー!
体力的にも距離的にも、正直1日あれば登り切れる。でも、急ぐ理由もない。中腹あたりで一泊して、ゆっくり行くつもりだ。
私は肩を回し、関節の柔軟を入念に済ませてから――飛び込んだ。
ゴウッ!!
「ふっーーー…!」
ドッ!ドドドドド!!
そのまま、ひたすら駆け上がる。風を切って走る速さは自分でも笑えるくらいだった。
このモンブラン山が登山に向いていないって話は、何度か聞いてる。でも私にとっては平地より、こういうアクロバティックな環境の方が性に合ってる。
トトトトトトっ!
「涼しー…」
「生き返る…!」
さっきまでいた場所は、気候もやや温暖でどうにも肌に合わなかった。私は寒冷地出身だし、あっちじゃもう半袖でも汗をかかないくらいだ(ep.1あとがき挿絵参照)。
…まあ、水を生で飲んでも大丈夫ってのも(美味くはないけど)、たぶんこの体温の高さのおかげなんだろう。あれもガルンが言ってた“遺伝子”ってやつと関係あるのか…正直よくわかってない。
「よっ…と(ここらがもう中腹か)」
「はぁ…(モンスターも寒過ぎていないし…)」
「なんでこんな場所に惹かれたんだろうな…」と、ぼんやり落胆する。とりあえず頂上までは行こうかと、私は片手をポケットに突っ込んだまま、軽やかにパルクールで登り続けた。
ダダダダッダ!
「(…だが、未だにここ《胸》で燻る…)」
シュタ…ザッ…ザッ…
「(何だ…、何でこの山に私は魅力を感じるんだ…)」
「何故だ!」
胸の奥で燻る、このよくわからない衝動。まるで自分が自分じゃないような、高揚と焦燥が入り混じる感覚。私はただ、山頂に向かって走り続けた。
…でも、ついに限界が来ていた。気持ちばかりが先走って、足が止まってしまった。「何故だ」そう叫んでも、当然返事なんて返ってこない――
…筈だった。
視界の先に、妙な光沢が揺れていた。白砂のような色をした体表。顔のサイズに対して異様に小さな、羊のような角。目は大きく、どこか幼げで――だが、確かにそこにあるのは殺意だった。
その眼差しは、2m60cmの私を真正面から射抜くほどに、大きく…鋭かった。
「!?…んだコイツ!」
ザッ…
ガバッ!!
『ゴォ……ォオオオ!』
ただ口を開いただけ。それだけで尻餅をつきそうになるほどの轟音が響く。音に圧されて思わず怯えそうになるが――不思議と心は熱を帯びる。いつかの『仮面の猫獣人』と出くわした時のように、私の頭はすぐに沸騰した。
「バ…バハハーーッ!!」
ダダダダダダッーーー!!
『ォォォオオオオオオオオオオオ!!』
「お前だな!お前が私を惹きつけた!!」
ダッ!
『オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
私は即座に拳を腰に溜め、相手とぶつかり合うその瞬間に向けて筋肉を膨張させた。体勢をぐっと低くし、足を大きく前に踏み出して――飛び込む!
「オ”オォ”ーーーー!!!!」
ゴオォン!
ブシッ…!
「なっ…硬…」
――止められた。私の拳は、モンスターの頑丈な身体に阻まれて。
ゴシャッ!!
「ブッ…!?」
プシッ!
私は地面に転がった。
モンスターは私の拳を、顔面で真正面から受け止めた。そして、ゆっくりと”のそり”と動き出す。穴の中から、その巨体を引きずり出すように這い出てきた。
口腔は峡谷、背には大地、尻尾には山脈――その全身をガチガチの外皮が包み込む、まさに巨獣。
伝説
私は意識を手放し、地に倒れ込んだままだった。
その傍らで、山王の翁竜子は歩みを進める。足を踏み出すたび、山肌からは落石がこぼれ落ちるが、すべて粉砕して進んでいく。
「……」
『ォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
ズゥォォォォ ォォォォオオオオン!!
ズゥ ゥゥウウウン!
がりがりがりがりッ!
――そこに空いた巨大な穴は、どう見ても自然にできたものではない。削られた痕がくっきりと残っている。あれは偶然じゃない。私が運悪く、“鉢合わせてしまった”だけだった。
山を統べる王が、今、下界へ____。
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