第23話 幸運の代償

「……おかしい」


 夜の帳が下り星たちも姿を見せ始めた頃、俺は頭を抱えていた。


「絶対おかしい!」


「さっきからブツブツと煩いわよ」


 別に精神的に参っているわけではない。今食べたララ手作りのスープが薄味すぎて怒っている訳でもない。

 ただ、ここ最近俺の身に起こる超常現象について悩んでいるだけだ。


「だって、最近運が良すぎるんだよ!!」


 俺を悩ます超常現象の始まりは例のゴブリンとの戦いから始まった。あの時何故かゴブリンがスローモーションになり、急死に一生を得た。

 走馬灯とはちょっと違う不思議な感覚だった。命が救われた、これほどの幸運はないだろう。だが、俺の幸運はそこからが本番だったのだ。

 手始めに食料が増えた。そりゃあ食料なんて買えば増えるだろって?

 買ってないんだよ!

 なんか朝起きたら家の玄関に野菜からパン、果ては米までどっさり積まれていたんだ。添えられていた手紙には「冒険者さんありがとうございます」とだけ書かれていた。

 まあ、この時にもちょっぴり怪しいとは思ったんだ。

 けど、依頼主が個別で送ってくれたのかなって解釈したら不自然というわけではなかった。ララと一緒に「ラッキーだね」と言い合えて終われたよ。

 しかし、まだまだ幸運は続く。なぜか討伐しようとしたゴブリンが既に傷だらけだったり、ナンパしてきたおっさんが突然腹痛を訴えて去っていったり。

 極め付けは今日のお昼だ。


「なんで勝手にお金が増えてるんだよ!」


 あれはギルドからの帰り道だった。なんとなくポケットに手を入れた時、ジャリンッという小気味いい音がした。

 まさか、そう思いつつ恐る恐るポケットの中身を取り出すと、そこには白金貨が一枚入っていた。

 白金貨は一枚百万マルカの価値を持つ。

 そう、何故か俺は路上で歩いているだけで突如百万を手に入れてしまったのだ。


「とても優しいスリだったとか?」


「いやいや、鼠小僧じゃあるまいし…」


 異世界にも鼠小僧がいるなんて考えられなかった。てか、いくらなんでもやり方がワイルドすぎる。見ず知らずの他人のポケットに百万突っ込むとかイカれてるわ。


「それと、なんか視線を感じるんだよな」


「視線?」


「例えば家から出る時に後ろから見られているような感覚がしたり……」


 シャンプーしてる時に背後がなんとなく気になった経験は多くの人があるはず。

 あんな感覚がずっとしているんだ。


「ふーん、追っかけかしら。私可愛いし」


「そんなアイドルみたいなこと……否定はできないな」


 だってこの顔神様に認められるほど超絶美人なわけだし。


「運が良いというより、もはや気持ち悪いよ」


 正直挙げ出したらキリがないほど、ここ数日はツキがあった。

 確かに運が良いことは嬉しい。しかし、ここまで来れば不気味という感情が勝つ。


「まあその白金貨は使わないほうがいいわね。もしかしたら盗品かもしれないし」


「だよなあ」


 結局納得のいく結論はないまま、その話は終わった……はずだった。


「逃げるわよ!」


 ララの声に全力で足を動かす。

 酒ダルや木箱が転がる裏路地を猫のように突破していく。


「くっそ、何なんだよあいつ!」


 視界が目まぐるしく移り変わる。

 右へ左へ訳もわからずララの背を追うだけ。

 チラッと後ろを見るととんでもないスピードで猛追してくるフードが見えた。

 体格的には男だと思うが、顔はフードの陰に隠れてよく見えない。


「いきなり殺気だって剣を抜くとか治安悪すぎだろおおお!」


 叫ばずにはいられなかった。

 俺たちが追われている理由。

 それはーよく分からない。

 だって何もしてないんだよ。

 俺はいつも通り依頼を受けて帰ってきただけだ。

 今日は天気も良くてララと一緒に「このまま順調にいけば昇級できるぞ」と盛り上がっていた所、事件は起きた。

 道端で突然フードを被った奴が話しかけてきたんだ。野郎はララに向かって「お前が勇者か?」とだけ尋ねた。

 その時点で怪しさ全開。だってあいつ顔は隠してあるし、声も作られたような低い声だった。

 まるで今から強盗でもしようかという立ち振る舞いに、俺もララも思わず身構えた。

 ララが頷くとあいつは突然剣を引き抜きやがったんだ。


「はぁはぁ、お前が無愛想すぎたから怒ってるんじゃないか?」


「ふー……なによそれ!それならこの身体の目つきの悪さが原因だわ」

「んなこと、言われたことないわ!」


 側から見たらさぞ醜い言い争いだっただろう。


「待って!」


 背後からの呼び声が聞こえた。今聞こえた声は、さっきよりも高音だ。これが地声なんだろうか。


「待てと言って止まるほど馬鹿じゃないわよ!」


 もちろん俺らは全力疾走。最高速度で逃げ回る。


「おいこれは……」


「チッ、行き止まりか」


 しかし、土地勘のなさが災いした。目の前には高い塀のみ。逃げ場はない。


「戦うしかないのか!?」


 俺は杖をララは腰の剣をそれぞれ抜いた。


「隙を見てアンタは逃げなさい」


 はぁ? こいつ何を言って……。


「恐らく敵は近距離専門のアタッカー。この狭い場所にアンタが居たら邪魔になるから失せなさい」


 フード野郎が背負う大剣を見つつララが言う。確かにあんな馬鹿でかい大剣をここで振られたら巻き添いを喰らいそうだ。

 俺は木製の杖しかないし、一発でお陀仏かもしれない。

 それでも、俺は……。


「嫌だ」


「そんな安っぽい杖じゃ戦えないわよ」


「俺が居なかったら傷治せないぞ」


 どれだけ死ぬ確率が高くても相棒を残して一人で逃げることなんて出来ない。


「ララは俺を死なせないんだろ!だったら守ってみせろ!」


 超ワガママだな、と自分でも思う。

 元の身体の持ち主に影響されているのかもしれない。


「野郎も準備万全みたいだな……くるぞ!」


 眼前の奴は既に大剣を引き抜いていた。俺もシストを唱えララを強化する。

 そして俺自身にも魔法をかけて懐から武器屋でもらった小刀を抜いた。敵は足に力を入れてズダンッという衝撃と共に宙を駆けた……なっ、宙を駆けた?

 ララとフード野郎の間には十メートルはあっただろう。奴はその距離を飛んだのだ。走り幅跳びの如く、なんと助走なしで。


「なんじゃそりゃあぁぁ!」


 奴は大剣を振りかぶり弾丸のように突っ込んできた。


「ファイアソード!」


 ララは一瞬呆気に取られたように目を見開いた。しかし、すぐに迎撃態勢に移る。

 閃光のように素早い一撃は線を描く。剣と剣が激しくぶつかった。

 ギィィン、と耳をつんざく音が空気を切り裂く。同時にララの剣は綺麗に真っ二つに折れた。


「あんなにもあっさりと……バケモンかよ」


 技も魔法も、技術もへったくれもない。ただ剣を振り下ろしただけ。しかし、岩すら切れそうな威力だった。

 まずい、もう次は防げない。敵は既に追撃へと移っていた。大剣が構えられる。

 手立てはなにもない……けど俺は無我夢中で駆け出していた。


「やめろおおぉ!」


 咄嗟に杖を構えてララの前に飛び出す。


「馬鹿! 何してるのよ」


 後ろから聞こえた金切り声。

 大剣が眼前に迫るのが見える。魔王を倒すどころか名もないストーカーにやられるのか……。

 俺は目を閉じて死に備える。


(まだララと旅したかったな……)


「……合格です」


 しかし、俺の首が弾き飛ばされることはなかった。

 うっすらと目を開けるとフードの下に隠された双眼が俺を覗いていた。


「あれ、あんた夢に出てきた騎士……?」


 ようやく明かされた素顔。そして俺はこの女のことを知っている。


「姫様、もしかして私のことを覚えているのですか」


 姫だと? 確かにこの女は俺に向けてそう言った。周りを見渡しても姫らしき人物はいない。


「姫って私のこと?」


 一応自分を指差して確認してみる。

 目の前の女性は大きく頷いた。そして衝撃的な言葉を口にした。


「貴女の本当のお名前はクララ=カイザー。この国アストロノヴィアの第二王女です」

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