来訪者

 単独、集団、時に群れては別れ行動し、また集まり離れる。そうした星の下に営みは行われ続き、世界を動かしていく。


 一人では成し遂げられない事も力を合わせる事で、あるいは、一人になる事で捉えられ行ける事も。

 千差万別、十人十色、様々な思惑を胸に人は個と集を行き来する。それは必ずしも明るいものではない。


 そのリスナーは数多の戦いの果てに個を選ぶ。孤独か、孤高か、それは側面により変わるだろう。

 確かなのは、絶対的な力を持ち己の道をただ進む存在ということだ。


「見えてきたか……」


 足を一度止めてからそう呟き再び進む彼が捉えるのは賢者リムゾンの神殿。十の赤き星が画く火竜の星を背負い、淡々と歩みを進めていく。



ーー


 日が昇りリムゾンの神殿にて食事を終えたエルクリッド達。食堂にて食後のハーブティーを飲みながら、リオが伝えたある事に目を大きくしていた。


「あたし達と一緒に? あたしとシェダはノヴァに雇われてるから、ノヴァがいいならって感じですけど……」


「だな。で、ノヴァはどうなんだ?」


 ティーカップを両手で持って意見を述べるエルクリッドに次いで少し離れて座るシェダがノヴァへと話を繋ぎ、向かいに座るリオの顔が自分の方に向いたのに合わせノヴァは微笑みを見せた。


「いいですよ!」


 屈託のない笑顔と純粋無垢な言葉。と、すかさずエルクリッドがポンッとノヴァの頭に手を置いて小さくため息をつき、ある事をリオに訊ねる。


「一応理由、ってのは聞いてもいいですか? あ、もちろん言いにくい事とかは言わなくても大丈夫です」


 何故リオが同行の申し出をしたのかはシェダも疑問に思う所。それをリオ本人もわかってるのか一度エルクリッド達と目を合わせてから席を立って窓側へ。

 何かを思い返しながらリオは深呼吸をし、明かすのは自身の素性について。


「私は、さるお方にお仕えするリスナー……守秘義務があるので名は明かせないが、この世界に不穏な動きがある事を調査している。その過程で伝説のカードをよからぬ事に使おうとする者達の事を突き止め、私が担当する事になったんだ」


 リスナーには何処かに属する者もいる。リオはそうした者の一人であり、エルクリッド達も誰に仕えるかは追究したりはしない。


 彼女が話すのは不穏な動き、伝説のカードとの関わり。そこから繋がる同行したいという理由も何となく見えてくる。


「奴らの目的や規模はわからないが、私が相対したリスナーは強く……それがあなた達と会う直前の出来事。伝説のカードを追い求めるならいつか邂逅する事になる、同行したいのはその為だ」


 リオを負かしたとなれば相当な手練、目的が同じならいつか遭遇しその時に仲間が多い方がいいのも合理的と言える。

 またリオの話に背筋を伸ばして耳を傾けるノヴァの表情も真剣そのもの、エルクリッドやシェダは彼女が断らないのはすぐに察しつつ、エルクリッドが質問をリオに投げかける。


「敵、っていうのかな? 具体的には?」


「名前もまだわからない。ただ……」


 リオが言葉を続けようとした、その時であった。


 一瞬、己の全てが焼けるような心地がエルクリッド達を襲った。刹那にそれは消えても確かな感覚は背筋を凍りつかせると共に五臓六腑を焼く矛盾のような苦痛を与え、だが、その感覚はエルクリッドの記憶を呼び醒まし彼女を動かす。


「エルクさん!?」


 ノヴァが驚く間もなくエルクリッドは部屋を飛び出す。走る程にあの日を思い出す、あの日感じた熱、焦げた匂い、友の死、猛る怒りと憎しみ。


(どうして、今……間違いなく来てる……!)


 忘れた事はない、忘れるはずがない。幾度も夢を見て、繰り返し、過ぎ去るものとなろうとも。

 回廊を走り抜け正面玄関へ、扉を勢い良く開け飛び出し正面通路に辿り着いた時、求めていた宿敵はいた。


 風になびく銀の髪は鈍く暗く、岩のような質感の仮面は悪鬼の如く。

 闇夜を纏うようなその服を着た出で立ちは、かつての時と変わらない。


 手を握り締めたエルクリッドがその目に闘志を秘めて勇んだ時、ぽんと肩に手を置かれ振り返るとそこにはタラゼドがおり、ニコリと微笑みエルクリッドより前に出ると、仮面の男もまた足を止め相対する。


「……お久しぶりですねバエル・プレディカ」


「タラゼドか……それにお前は……」


 仮面の男バエルは沈着冷静なタラゼドを捉えた後、その後ろのエルクリッドに目を向け気がついた彼女が前に行こうとするのをタラゼドが腕で阻止。

 冷静になれ、とでも言いたいのか、ひとまずエルクリッドはそれに従うように少し下がりタラゼドに任せた。


「念の為に聞いておきますが、何故ここに? 手荒な事をするようであれば……」


「スペルカードの回数補充の為だ。それ以外に何がある」


 鋭く、強く、烈火の如く。言葉も態度も攻撃的であり、だがそこに善悪もない。タラゼドの事を知ってるのもあるからか、これでも穏やかな方なのかもしれないと思いつつ、エルクリッドは今にも飛び出しそうな思いを堪えていた。


(冷静に、冷静に……)


 何度も心で復唱しながらエルクリッドは闘志を抑えた。リスナーは常に冷静に、勝てる可能性をほんの少しでも上げる為にはまず落ち着く事が大切。

 実際目の前にして実力差は未だあるのは直感できる、バエルの強さも自分が負けたニ年前よりもさらに研鑽されてると。


 と、エルクリッドはバエルがタラゼドではなく自分をじっと捉えてる事に気がつき、ぐっと目に力を入れ鋭く睨み返す。

 黄色の瞳が入る仮面は目つきがわからないが怯んでる様子はない。とここでバエルはおもむろに外套の下に手を入れカードを引き抜き、ピッと素早く投げつけタラゼドに掴ませた。


「ここでやり合うつもりは毛頭ないが、敵意がある相手と共にいるほど愚かでもない。後で届けろ」


「……その後は?」


 タラゼドが問うと背中に画かれる十の赤星が作る火竜の星座を見せつけるようにバエルは踵を返し、静かに立ち去りながらある事を言い放つ


「ここから北に行った所にちょうどいい広さの場所がある。準備ができたなら来るがいい……あの時より強くなっているのか、見せてみろ」


 自分に向けられたその言葉にエルクリッドは目を見開いた。取るに足らない相手と思わず覚えている事、こちらの気持ちを察したか場所を変えると提案した事。


(やらない理由なんてないよ……!)


 高鳴る鼓動が血を熱くする。喜びとも昂りとも取れるが、そんな事はどうでもいい。


 求めていた相手と戦える事、その機会がやって来た事の方がエルクリッドにとって大きいのだから。


 

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