第18話 記録の継承、あるいは破棄
空間に立ち込める白光が、やがて静かに消え去っていく。
その中心に、二人の姿があった。
ルーク・アークレイン。
そして、カナ・イルス。
“名を与えられた者”と、“名を与えた者”。
ふたりは、今まさに記録と観測の契約を交わそうとしていた。
《オムニ・レコード》が静かに開く。
そのページには、まだ誰も書き込んでいない一行の記述欄が表示されている。
【観測契約】
記録者:ルーク・アークレイン
観測者:カナ・イルス
契約形態:記録共振型(双方向連記)
承認する場合、“最初の言葉”を発音せよ
ルークがページに手をかざすと、ふとその指先が震えた。
(“最初の言葉”……?)
カナが、そっと答える。
「ルーク、覚えてる?
あなたが、初めて言葉にしたときのこと」
記憶が走馬灯のように駆け巡る。
かつて、誰にも読まれず、書かれず、呼ばれなかった自分。
けれど、カナの声だけが自分を見つけてくれた。
そのとき、確かに自分は……こう言った。
「“ありがとう”」
──その瞬間、《オムニ・レコード》が強く共振する。
■最初の記録:ありがとう
■分類:意味創生/初期観測語/定義接続型言語の根幹
■世界最初に“意味が発生した言葉”として認識
契約が確定した。
ルークの中に、鮮やかな温もりのようなものが走る。
世界が、言葉を通じて“誰かと繋がった”最初の瞬間。
カナが微笑んだ。
「ありがとう。私の言葉を、あなたが残してくれた。
……それが、きっと“世界の記録のはじまり”だった」
そのとき、空間の奥で気配が変わった。
——黒の観測者、位階第零。
存在の輪郭は曖昧で、声さえも歪んでいたが、そこに確かに“記録の否定”が宿っていた。
「契約、か。くだらない。
記録とは、“終わる”ことで意味を持つ。
始まりばかりを繰り返す貴様らは、未練と弱さの権化だ」
ルークが立ち向かう。
「始まりがあるから、終わりが怖くなくなるんだ。
誰かと繋がる言葉があるから、何度でも立ち上がれる」
「ならば選べ、ルーク・アークレイン」
——その者が指を鳴らすと、眼前に二冊の本が現れた。
ひとつは、《記録継承》。
これまでのすべてを受け継ぎ、次の世界へと伝える道。
もうひとつは、《記録破棄》。
すべての始まりを“なかったこと”にして、すべてを無に還す選択。
「この二つから、どちらかを選べ。
お前が選ばないなら、世界はどちらも得られないまま、“言葉を失う”」
静寂。
フェリアが、声を絞り出す。
「ルーク……どうか……」
リシアも、言葉を詰まらせながら叫ぶ。
「あなたが、選んだものが……“未来になる”んだよ!」
そして、カナがそっと手を添える。
「私は、どちらでもいいの。
あなたが、あなたとして存在できるなら」
——でも、ルークは迷わなかった。
ページをめくる。
選んだのは、《記録継承》。
彼は、静かに言った。
「全部、俺の物語だ。
間違いも後悔も、失った人のことも、全部。
だから、次に繋げる。
“ありがとう”から始まった世界を、これからも読んでいきたいから——」
《記録継承》確定。
その瞬間、世界が鼓動した。
■世界観測ログ:第零階層記録、継続承認
■命名権限:第3段階へ移行
■次なるステージ:《記録融合域(コード・パラグラフ)》へアクセス可能
黒の観測者・第零は、静かに消えていった。
だが最後にこう残した。
「ルーク・アークレイン。
……貴様が継承したのは、“創造の業”だ。
次に問われるのは、誰の物語を“書き換える”のかだ」
*
世界は再び、動き出した。
だがルークの記録に、ひとつの不穏な通知が入る。
■観測異常:記録守・フェリア
■状態:二重存在化/時間逆流兆候あり
■警告:記録破綻の可能性——98%
ルークは顔を上げる。
(次は……“フェリアの記録”に向き合わなきゃならない)
「行こう、みんな」
新たなページを、彼は開いた。
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