第35話「枢密院と小麦粉の価値は」
私たちは惨劇の場を後にします。この魔人の性質を確認できただけでも情報にはなりました。
「たいした収穫はなかったな。援軍はあてにできないか……」
「仕方ないわ。街は私たちで守りましょう」
「そうだな。これからどうする? 俺はちょっと実家に顔を出して行くよ」
「私も母の実家に戻ると約束したのよ」
「うん、そうか……」
エドはちょっと考えました。どこかまだ確認する場所はあるのでしょうか。
「どうしたの?」
「いや。じゃあここで別れるか。単独行動だから、充分注意するように」
「わかってるわ」
私は再び母の実家を訪ねます。
今度は直接リビングに通されました。お婆様がソファーに座って待っておられます。
「ご苦労様でした。すぐにお茶を入れさせますから」
「ありがとうございます。おじいさまは、まだ戻られないのですか?」
「ええ。お年寄りたちの寄り合いですからね。あの人たち、結論が出ない話を延々と続けるのが仕事なのよ。困ったものだわ」
「はあ……」
愚痴ですね。
枢密院と言えば、国王陛下に助言する重要な機関です。さすがにそれはないかと……。
「ほとんど世間話して時間を使っているらしいわね」
「はあ……」
それから私が見た状況などを説明しつつ、おいしいお茶をおかわりいたしました。
警戒はまだ続いているので夜間は外出しないように、などアドバイスをいたします。
お爺様にお会いできなかったのが残念ですが、昼食は辞退して私は母の実家を後にしました。
せっかくですからこの際、庶民街などの状況を見て回ろうかと思います。
大通りは騎士や冒険者の姿も多く、何やら物々しい雰囲気です。
でも屋台が並ぶ庶民街のマーケットはそんな感じもなく、とても賑わっておりました。
警戒態勢は出されていますが、魔人の脅威などぴんとこないのでしょうか。夜は外出禁止なので今のうちに思いっきり楽しもうという思いなのからかもしれません。
おいしそうな屋台がいっぱいあります。どこかに入りましょうか。
「あっ……」
エドの背中が見えました。可愛らしい女子と腕を組んで歩いている、なんてハプニングはありません。
たった一人で寂しそうに歩いています。私の感想ですけど。
「エド!」
「おっ。リューか」
「どうしたの?」
「昼飯さ。冒険者の頃通っていたお店があってね。久しぶりに顔を出そうと思った」
「なら私も行くわ。お昼まだしね」
「ああ。何か情報があるかもしれないしな」
そのお店は庶民街の路地を入った一角にありました。お昼はランチで夜は酒場をやっているような、安くて美味しい雰囲気のお店です。
私たちはカウンターに並んで座ります。
「久しぶりだな、エド。元気でやっているか?」
「まあね。大将も元気そうで何よりだよ」
「まあな。カミさんも息子たちも元気だ」
「ランチ二つでいいかな?」
「同じでいいわ」
ここは元常連さんにお任せといきましょう。貧乏令嬢暮らしは外食が贅沢なのです。
「それじゃあランチを二つ頼むよ」
「はいよっ! 美人さんに食べてもらえるなんて緊張するよ」
「いつも通りに作ってもらえばいいから」
「はっはっはっ……」
とても良い感じのお店です。美人さんと言われましたし。
エドは昔冒険者として、ここにずっと通っていたのですね。そんなふうに思いながら、私は店内を見回します。
ランチは鳥のソテーと季節の野菜、それにパンとスープが付きます。
「パンはどうだ?」
「美味しいわ」
「普通の倍の時間をかけてゆっくり粉を挽くと風味が飛ばないんだ。発熱が抑えられるからね。これを新しく作った水車でやる」
確かに風味が際立っています。これはこだわる人がいてもおかしくはありません。
「素晴らしいわ」
「取り扱っている小売問屋で、もうちょっと量を欲しがっている所がいくつかあるから」
「うん」
なんとも頼もしいコンサルタントさんです。
帰り道、王都外周にある小麦畑の農道を二人で歩きます。今年も豊作で順調に育っているようです。
「魔人の件。これからどうなると思う?」
「奴は王都を脱出するよ。より強くなるために捕食活動を始めるだろうな」
「人間を襲うの?」
「先に魔獣を喰らって、能力を高めるはずだ。西の森に戻って来るのだと思う」
「つまりこちらは、今までどおりで森で魔獣を狩っていけばいいんだ」
「そうだな。包囲してコブリンを狩っていれば奴に遭遇する。ギルドもわかっているはずだから」
「うん」
農地が終わり私たちは森の中に入りました。
「そういえばエドはどこを通ってきたの?」
「いつも南側を使っているよ。そっちは?」
「北側よ。南なんて通ったことがないわね」
「来てみるか? ただ帰りは結構崖を登らなくちゃならないんだ」
「……」
「あまりやらないか。俺が下から風で補助するから大丈夫だよ」
えーっと……。
「やっぱりいつもの道にするわ。開拓地の北側も見ていきたいし。小物もいれば狩っていくかな」
「そうだな。【探査】は重要だよ」
結局私はいつもの山道を走り抜け、北の森を偵察しつつ小物も倒して家に帰ります。
「ただいま〜」
「お帰りなさい。どうだった? 二人は元気?」
お母さんは夕食の支度をしつつ言いました。お父様はテーブルでお茶を飲んでいます。
「うん。お爺様には会えなかったわ。枢密院に呼び出されて帰ってこないって、お婆様が怒ってた」
「みんな好き勝手なこと言うから、調整役は大変だろう。王都の警備ばかり言う奴らを説得しなきゃならんから」
私は壁に掛けられているエプロンをとります。
「それじゃあダメなの?」
「対魔人は追撃戦が基本だ。包囲や防御ばかりじゃあ、相手に先手を取られるだけなんだ」
「そうなんだ……」
「うまく人員を整理して、こっちに回してくれればいいんだけどなあ。なかなか……」
そうは言っても事件があった王都の警備は最優先事項です。そうもいかない事情もわかります。高級貴族やら教会とか……。
それだけを考える相手たちを、お爺様が説得して回っているのですね。
「高級貴族や教会とは揉めなかったから」
「それは何よりだったな」
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