第15話「夜職の令嬢」

 その場所は貴族向けのお店が並ぶ裏路地にありました。

 ある貴族の別邸だったのですが、そこを借りて貴族の集まるサロンとして営業しているのです。


 ぶっちゃけ言いますと、女子が夜職嬢キャストとなり殿方のお酒の相手をするお店です。ただしいかがわしいお店ではありません。

 お触りが許されているお店があり、そこは時給が良い! などと夜職嬢キャストのあいだで噂になっていますが、実際この街にそのような店はありません。王都の事情は知りません。

 ここでは手を握るまでが許可されています。普通に誰でも握手はしますので、そのようになっていますが、悪用して手相を見るなどとムダに手を握るお客が何名かいまして流行ってます。

 困ったものですね。殿方という生物は。


 お店の名前は【ラヴェンデル】です。


 裏口から入り、私は化粧室に急ぎます。何着もドレスが並び、着付けとメイクを手伝ってくれるおばさま二人が待っていました。


「あっ、来た来た。お客さんが入ってるみたいだから急ぎますね」

「はい」

「今日のリューのドレスはこれよ」


 それは黒系のカクテルドレスでした。

 街娘服をはぎ取られ、ドレスを着せられ化粧台の前に座り髪をまとめて、お顔メイクも同時進行でぱぱっと即席令嬢が作られます。

 そしてイミテーションのアクセサリーを身につければ完成。

 これで私でもそれなりに魅力的に見えるから不思議ですよね。

 隣のキャスト休憩室に行くと、困った顔のボーイ男性給仕さんが私を待っているようでした。


「すいません。早速で申し訳ありませんが、五番テーブルに入っていただけますか?」

「迷惑客?」

「ええ、三人組です」


 迷惑客といってもいろいろです。この店での私の立場は新人のお姉様役、という感じでした。皆若いのですよ。

 私に振るぐらいですから、若造が大勢集まって気が大きくなっている最悪のパターンですかね?

 カーテンの隙間から様子を伺います。新人の女子が無理矢理お酒を飲まされているような感じに見えました。私と同じ新人のイェレナです。

 これは悪質ですねえ……。


「任せてください」

「お願いします。もうすぐ支配人も来ますので」

「うん」


 せっかくですからその前に、私がお片付けして差し上げましょう。

 この店は私の年齢でも頼られるくらい、皆若いスタッフたちなのです。

 私は優雅ふうに店内を進み、そのテーブルの前に立ちました。


「リューと申します。どうぞよろしくお願いいたしますわ」

「やっと二人目が来たぜ」

「遅えぞ」

「申し訳ございません。これから女の子たちが出勤してくるもので……」


 と説明しつつ座り、お客様にウイスキーの水割りなどを作って差し上げます。

 真ん中に座るのがボス親分で、左右にいるのが子分のようですね。見たところ貴族の馬鹿息子のような格好です。

 うつむいて泣きそうになっているイェレナのグラスは、ほとんど原液です。その前に中金貨一万ルッテが一枚置かれていました。

 大金です。


「これは何ですの?」


 私はその金貨をつまみあげます。


「その女が酒を一気飲みするから、金くれってせがんできたんだ」

「くっくっく……」

「ここの女は、金欲しさに何でもやるんだな」

「ちっ、違います……。キャストなら少しでも飲めって……」


 その女子は消え入るように声を絞り出しました。泣き出すのを必死にこらえております。


「って、お客様がしつこく・・・・言ったのですね」


 イェレナは小さくコクリと頷きました。


「お客様。当店ではそのようなハラスメントは禁止行為ですのでお気をつけ下さいな」

「そうかい」

「なんだかなあ……。つまんねえよ」

「バカアマがよお」


 この人たちは、なぜこんなことができるのでしょうか?

 貴族だから? いえ。第一令息ならば家名を背負って生きていくのが定め。ここでこんなことをしている暇はありません。


 この人たちは、なぜこんなことができるのでしょうか?

 多分第三令息以下で、家名に身の置き所がないのでしょう。

 ふざけないでください。私の知っている五男坊さんエドヴァルは、国のため民衆のために働いて戦っています。


 この人たちは、なぜこんなことができるのでしょうか?

 末っ子だからと甘やかされて育ち、そして物心ついた頃に貴族の現実を知り絶望したのでしょうか?

 だからこうなった? 世界が許してくれると思っている? 

 いえ。今のあなたたちの行いは、全てあなたたち自身の責任です。

 ただ私は、一人娘の第一令嬢なのであまり説教できる立場ではないのですが。

 なら令嬢の意地を、行動でご覧にいれましょう。


「それじゃあ、これは私がいただきますわ」


 そのクラスに入った原液を、私は一気に飲み干します。


「これでいかがですか?」

「チッ! 誰が、てめえが飲めなんて言ったかよ」

「酒豪が酒飲んだってつまんねーよ」

「飲めない酒を無理に飲ませるのが面白いんだよっ!」


 この人たちは、なぜこんなことができるのでしょうか?

 私は一人娘ですが、貧乏令嬢なのであなたたちのお酒の相手をしてまで自分を、家をなんとかしようと頑張っているのですよ。

 それなのに、この人たちは……。


「もう一杯いけや」


 親分がドボドボと空のグラスにウイスキーの原液を注ぎます。


「リューさん……」

「大丈夫よ」


 私はそのお酒も一気に飲みします。


「さあ、約束ですよ!」

「ちっ、ホントに酒豪かよ」

「あっ!」

「ふふふ……」


 ボスは【高速】のスキルを使い、私の手から金貨を奪いました。


「お前トロいな」

「……」


 こんな男たちは、人間の皮を被った、ただの魔獣です。体内魔素を、魔獣の力を循環させているのです。


 ここの女の子たちは、ほとんどが平民です。経済的に豊かな商家や王政府の仕事に携わる人の娘さんが、少しでも貴族と接する機会があればと思い、娘をこの場所に送り出しているのです。

 彼らは身分の違いをわかった上でこのような無体を、無理を強いているのです。なんと汚い人たちでしょうか。

 だから本物の貴族令嬢の私、ただし貧乏ではありますれども、ここでは誰よりも令嬢らしくあらねばなりません。


 他のお客様たちが、こちらのボックスに注目し始めました。

 せっかくお楽しみに来ているのに、騒がしくて申し訳ありません。つまらない寸劇をお見せいたしますわ。

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