第9話「やはり娼婦?」

「エドから聞いていますよ。私はクスター・カールレラと申します」

「リューディア・ニクライネンと申します」


 私は早速紹介された金融屋さんを訪ねました。商会も経営する男爵さんです。

 場所は街の中心にあるカールレラ商会の応接室で、事務員さんがお茶を出してくれました。

 闇のおじいちゃんの所とは大違いですね。


「実は何か新規の事業をと考えております。具体的な内容についてはこれからエドヴァルさんと詰めていきますが、ご意見をお伺いたく参上いたしました」

「いいでしょう。お貸しいたしましょうか」

「えっ! ありがとうございます。助かります」

「具体的な金額については、案件の内容によりますが、お互い相談しながら決めていきましょう」


 事前の根回しがあったからか、用件はあっさり片付きます。


「エドの案件なら安心できますよ。失敗するような事業などを考えないでしょうから」


 すごいです。そこまで信用されているのですね。


「母方の実家から回収すると、脅されてしまいましたわ」

「ふふっ。最悪の最悪はそうなりましょう。しかし、そうしないように調整するのが私ども仕事ですよ」


 闇とは真逆の、明るい金融ですね。その奥に何があるか少し揺さぶってみますか。


「ある金融屋さんに私の体を担保にすれば、融資ができると言われました」

「リュスター翁の見立てですね。エドから聞きましたよ。つまり、あなた自身に価値がある」


 また謎のおじいちゃんが登場です。翁と呼ばれているのですか……。


「でもFクラスですよ」

「価値があることが重要なのですよ」


 それは確かにそうです。Fクラスにすらなれない冒険者志望だって、たくさんいるのですから。


「カールレラ商会様では、娼婦は扱っていないのですか?」


 ちょっといたずら心が湧いてきました。私は調子に乗ってしまいます。


「う〜ん……。扱ってはいませんがね。紹介してほしいとの引き合いは、それなりにあるのですよ。スカウトというやつですね」

「まあっ! どのように事業が成り立つのか少し興味がありますわ」

「そうですねえ。少々お待ち下さい」


 クスター様は応接室を出て、すぐに戻りました。


「こんなものが出回っているのですよ。どこまで本気にしていいかわからないシロモノですけどね」


 と言って書面を提示します。

 タイトルは令嬢担保価値一覧表、とあります。怪しさ満点です。


「これらのコースによってお貸しできる金額は様々です。複数選んでいただいても結構です」


 と私は最初の一文を声に出して読んでみます。続きに目を走らせました。


 一、お金持ちのおじさんたちコース。

 二、某騎士団員のお相手コース。

 三、場末コース――。


 と書かれています。金額の大きさは順番どおりです。


「ずいぶん生々しいのですね……」


 一は高額ですが、それに見合う屈辱が伴いそうです。

 二は体がもたないわね。

 三は安すぎるし、そもそも選ぶなど論外でしょう。まあ、これならば自分でも勝手にできる方法ですし。


「どれも私にはちょっと。素人ですし……」

「素人が良いと言うお客様も多いらしいですね」

「たった三つから選ぶしかないんですね」

「第四のコースもある、とは言っていましたが――」

「それは何ですの?」

「ふっふっふ……」


 とクスター様はもったいぶりました。


「貴族のお坊ちゃまに女性の素晴らしさを教える、初物コースだそうです」

「! 簡単そうですね」

「バカを言わないでください。これは一から三までをそつなくこなす、ベテランでAクラスの仕事です。失礼ですがあなたのような、ド素人には無理ですね。と言っておりました」

「バカはないですよお――。はあ……」

「そのスカウトが、ですね」

「そっ、そうですね」


 それはそうでしょう。我ながらバカな反応をしてしました。いやあ、わりと自信はありますが。えへへっ。

 まあ、自己診断で私の値打ちは一と二の半々ぐらい、としておきましょうか。自己診断で。


「娼婦はアレですけど、何か仕事をしたいんです。酒場の給仕でもなんでもいいんです。何かありませんか?」


 私はお金に困っている貧乏貴族です。昼間は領地で魔獣退治やら色々と雑用があるので、時短のバイトなら夜しかありません。


「夜職ならばエドの方が詳しいくらいですよ。あなたのなら、ワリのいい仕事が見つかるでしょう」

「早速訪ねてみますわ」


 確かにあの人はそちらに顔が利きそうです。クスター様は少し考える顔になりました。


「うん、そうだ。貴族子弟の家庭教師などいかがですかね?」

「第四のっ!」

「いえ。ただの家庭教師です」

「そうですよね」


 真面目なお話しでした。

 私はちょっと考えます。いえ、四にこだわっているわけではないのですよ。

 私には、人に教えた経験がないのです。

 勉強を、です。


「うまく出来るかどうか……。相手様は貴族ですし……」


 私が教えて成績がダダ下がりでは、クスター様にご迷惑をかけてしまいます。


「いえ。正直に申せば勉学を教えるというより、学ぶ意義を教えるといいますか、つまりお子様たちのお話し相手、遊び相手のようなものですかねえ」


 かなり難しいリクエストですね。遊びと勉学はこの世界では相反する概念です。どうすれば良いのでしょうか?


「さらに正直に申せば、リューディア様はミュルデル大学院主席卒業。そこの肩書きが重要なのですよ!」


 さらにぶっちゃけましたね。実にわかりやすいです。


「教養学のようなものですかねえ?」

「かなりの額の報酬をお支払いできるかと――」

「!」


 その答を待っていましたよ。


「お引き受けいたしますわ。どうぞよろしくお願いいたします」



 そういうわけで、私はすかさずエドの事務所に、報告がてら行きます。

 そして状況を説明しました。


「あー。そんなのお安い御用だ。酒場がいいのか?」

「ええ。ただ毎日は無理なのよ」

「週末二日間だけの手伝いが欲しいって店がいっぱいあるんだ。忙しいしな。条件と環境の良い場所がある。ただ時間がちょっと短いな。その後は遅い時間までやっている貴族向けのサロンはどうかな?」

「そんな店もあるんだ」

「時給もいいぞ。貴族区画の中だから治安もいい。本物の令嬢様なら即採用だな」

「貧乏令嬢だけどね」


 頼りになるコンサルさんです。


「働くのは良いことだ。社会勉強になるし、必ず役に立つはずだ」

「うん」

「家庭教師はまあ、これも勉強になるだろう」

「教えてお金を貰うのに勉強になるなんて、不思議な世界だわ」

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