魔女と友人6

 地面を蹴る。魔力がほとんどなかったとはいえ、全身に電流が流れたダメージは大きい。火傷、内出血。それらが痛みとして、脳に身の危険を知らせる。

 だが、そんな事、かまってられない。

 身の周りには鎖。それとともに駆ける。

 それを悠然と見ていた昴が、ニッと笑みを深める。

 次の瞬間、その顔が目の前にあった。

 とっさに、その腕と体の間に、鎌を差し込む。直後に、悪寒。つみきが鎌から手を離すのと、鎌が音を立てて火花を散らせるのが同時だった。さらに、宙に浮いたつみきの足を、昴がつかむ。つみきは、地面を蹴ってその体を昴ごと浮かせた。電気の通り道は空中にはない。電流の逃げ場がなければ、体に電気は流れない。

「ははははははははは!!!!」

 その対応に、昴は大笑いして昴を振り回した。そのまま手を放し、つみきを吹き飛ばす。自身が走るよりも高速で空中に放り出されたつみきの体が、樹木に叩きつけられ、それを折ってなお進む。背骨に鈍痛が走り、肺から息が抜ける。そんなつみきの視界の端に、高速でそれを追う昴の姿が映る。このままでは死ぬ。瞬時にそう判断して、鎖で自分の左腕と木の幹をつなぐ。みしみしみしみしみし、という腕の音と激痛。それと引き換えに、つみきの体が、つないだ木を中心に九十度回転する。

 そのすぐ後ろ、何もしなければつみきの体が合ったはずの位置を、猛スピードで昴が通り過ぎた。

 ただの跳び蹴りのようだが、木の幹を次々とへし折り進んでいく。そうして、粉塵を巻き起こして強引に止まった。魔力を回復したことで、先ほど与えたダメージも含めて、全て回復しているらしい。必死に酸素を補給する自分の息がうるさい。でも、酸素を途切れさそうとは思わない。今動きを止めれば、すぐさま澄香の後を追う事になる。

「……冗談でしょう」

 そして、昴の目の前で、さらに事態は悪化する。かりかりと頭を掻いた、昴。その体が、めきめきと音を立てて伸びた。すでに二メートルに届こうかという身長が、三メートル近くになり、手足は獣のそれへと姿を変える。全身から毛が伸び、それは帯電をして、バチバチと音を鳴らしていた。

 水族館で見た、暴走していた人狼にその姿はよく似ていた。だが、あれよりは幾分か小ぶりだ。ただそれは、その分安全という事を示すわけではない。

 むしろ危険だ。

 本能に従いつつ、かつ、体を動かすために最適化された姿。

 手を離した時に巻き付けておいた鎖を手繰って、手元に鎌を持ってくる。徒手空拳で追いつけるほど、あの獣は容易な相手ではない。そうつばを飲み込んだ瞬間、顔面に衝撃が走る。

 殴られた、と気が付くのに数舜かかった。

「あははははははははははっははははははは!!!」

 夜の公園に笑い声が響く。

頭が吹き飛ぶような衝撃。自分の首がまだ胴体とつながっていることが信じられない。地面を蹴る。距離を離そうとしたその背、ローブの襟を、獣がつかんだ。驚愕に目を見開くと同時に、顔面にさらに二発。

脳が揺れる。顔が陥没するかと思った。三発目にはガードが間に合うが、一撃ごとにみしみしと骨が鳴る。

だが、視界は確保できた。

鎌を振り回し、掴まれているローブを切断、地面についた瞬間崩れそうになる足に活を入れて走り出す。直後に、地面に突き刺された獣の腕が轟音を響かせた。

「はははははははははははは!」

 笑い声。悪寒を感じて振り返った視線の先に、楽しそうに破顔した昴の顔が映る。その腕が、真っすぐにつみきを指さした。

 雷撃が、来る。

 横っ飛びに転がった上を、一条の電流が走り抜ける。つみきの代わりにそれにあたった木が音を立てて爆ぜ、直後に橙の炎を上げた。それを,満足げに昴は見つめて。

 つみきは、その顔をすぐ下で眺めていた。

「!?」

 それに気が付いた昴が、目を丸くする。雷撃は、威力、射程ともに優秀な武器ではある。だが弱点として、光を扱うために、手元の光量が大きくなるというものがある。

 要は、まぶしいのだ。

 魔力が膨らむ前の昴程度のものであれば問題はなかっただろうが、澄香を喰い、大きく魔力を増した今の昴がそれを放つと、おそらくほとんど手元は見えない。

 潜り込むのは、難しい事ではなかった。

 鎌をふるう。身を捻って、昴はそれを躱した。やはり、と、つみきは歯噛みをする。どこで気づいたのか、そう思っているのか、昴はつみきの鎌にだけは絶対に当たらないように動いている。正解だ。今この状況では、彼女の持つデスサイズ、その本体だけが、逆転の切り札になりえるものだった。だがそれも、当たらなければ意味がない。

 だから、ただその存在を利用する。

 振り上げた鎌を持つ手に、力を籠める。足を踏ん張り、腰を入れ、大きく息を吸い、歯を食いしばる。

「……、なにを?」

 体内から魔力を、電化として放出したことで体の魔力が減り、少しだけ冷静になったのか、昴の口から単純な疑問の声が漏れる。だが、それに答えるつもりは、つみきにはない。

 なぜならもう、種明かしは終わっている。

 振り上げた鎌。それを振り回し、今度は横なぎに、昴の腰を泣き別れにするが如く薙ぎ払う。うなり声をあげてつみきが振ったその横薙ぎを、昴は当然のようにバックステップをして回避した。

 その顔が、驚愕でゆがむ。

 周りに立つ樹木。公園に植えられた、高さ十メートルほどの木々たち。それが、寄り集まるようにして、昴をめがけて倒れ込んだ。目を凝らせば、その木々に括り付けられた黒い鎖が見えたかもしれない。

 その倒れ込む終点から逃げ出すべく顔を上げた昴と、鎌を構えたつみきの目が合う。つみきの後ろ。たった今着火した燃え盛る木が、昴の退路を封じた。それを認識した瞬間に、昴が放電を空に放つ。電撃で倒れ込む木を破壊するつもりのようだ。

「無駄ですよ」

 その様子を見ながら、つぶやくようにつみきは言った。彼女の雷撃は凄まじい威力を持つが、気に当たっても火が付く程度であることは、先の攻撃ですでに確認済みだ。だから、彼女がいくら電撃を放ったところで、木々がその形を保ったままが彼女に降り注ぐ未来を変えることはできない。

 がらがらがらがらがら! と音を立てて、木々が昴の体を覆い隠した。

 これで、どうか。

 鎌を持ち、木々に埋もれた昴に近づく。反応はない。やったか?

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