魔女と友人4

 魔力を熾す。もっと、もっと強く。ぱちぱちと音を立てて、自分の周りに紫電が舞う。息を吐くと、顔をしかめたつみきと目が合った。

「さあ、じゃあ、ちょっと上げて行こうか」

 そうウインクしながら言って、昴は地面を蹴る。ヒットアンドアウェイを続けるのは、一旦ストップ。先ほどのように、頭を振らせて視線を切らせるという事をされた場合、次は対応できそうにない。

 なので、一撃の火力を上げる。

 先ほどよりも速度を上げてつみきに突っ込む。鎌を構えるのが目に入ったが、かまわず突進。鎌を寮の腕でつかみ、つみきの身体を押す。二人の視線が合い、口づけしそうなほど、顔が近くなる。勢いを殺しきれなかったつみきの体が、ずるずると引きずられて、と同時に、昴の身体にも鎖が巻き付くのが分かった。動きを止めようとそれが動き、数メートル動いた位置で、二人の体が止まる。

 ぎちぎちと、体に巻き付いた鎖で、昴の身体は動かない。だが、強く握っているので、つみきは鎌から昴を引き離すことができない。

 完璧な千日手だ。

「そう、思ってるんじゃない?」

 ぎり、と歯をかみしめたつみきに、間近からそう囁きかける。つみきの顔がいぶかし気にゆがんだ瞬間、衝撃に目を。昴の前蹴りが直撃したのだ。

 先ほどのお返しとばかりに身体に昴の足が突き刺さる。先ほどまで昴を戒めていた鎖は、対象を無くしてジャラジャラと異空間に吸い込まれていった。次の一撃、それを考えるより早く、昴は前につんのめるようにバランスを崩す。体を覆うように拘束していた、鎖が消えたのだ。

 体勢が崩れた昴の身体を、つみきの鎌が襲う。ただ、前蹴りが効いているのか、それにはさほど勢いがなかった。体で受け止める。いや、それは無理だ。前に傾いた体重に逆らわずに前転。体の横を鎌が通り過ぎるのを感じて、即座に反撃すべく振り返る。

 構えるまでに時間はあるはず。そう考えた昴の肩に、鎌の柄が直撃した。そこまで痛いものではないが、つみきはそこを起点として、ジャイアントスイングのように昴を振り回し、打ち上げる。先の、水族館の人狼のように、昴の体が浮く。

 つみきが鎌を構えるのが、目に入った。なるほど、空中で身動きの取れなくなった敵に、その動きは確かに正しい。

 ただし。

「それは相手が無抵抗だった場合だろ?」

 そう叫んで、昴は右腕を前に出す。じじ、と、そこに電荷を貯める。一瞬の間をおいて、収束した電撃を、真っすぐにつみきに向かって放った。

 青い紫電が、空気を駆ける。

 それに慌てて飛びのいたつみきの目の前にそれは落下して、じ!と、地面に電撃を散らす。直撃はしなかった。だが、地面で散った電荷が飛びのいただけのつみきを襲う。が! と声を上げて、その体が硬直する。

 だが、その程度の電撃では大した威力にならないのか、すぐに昴は姿勢を整えて見せた。いいじゃないか。そう笑って、昴は地面に着地する。

 そのまま駆けだそうとする昴の加速の瞬間を狙って、腕に鎖が飛んでくる。昴はよけようともせず、それは綺麗にそこを捉える。そして、昴が走り出すと、何の抵抗もなく、つみきの腕が鎖をすり抜けた。つみきの目が、驚きに丸くなる。だが、その奥がひらめきで光り輝いたように、つみきには見えた。

 気付かれた。おそらくつみきの目には、鎖にからめとられた昴の腕が、腕ごと霧散して、鎖を抜けた後再度腕へと形作られたように見えたはずだ。魔女、人狼。質量をエネルギーに変換できるこの世界では、魔力を持ったすべての生き物はエネルギーの塊であり、魔力の塊だ。すなわち、その姿や性質を変えるのは、人狼にとって不可能な事ではない。

 ほぼ使い手がいない、自身の身体を操る物体と自身の体を構成する魔力を置換する高等技術を、昴は身に着けていた。

 賭けだしたまま膝蹴り。ただ質量を魔力に変換しているだけなので、昴の体は触れれば当然にそこに在る。魔力を強く熾すことで可能になるこの技術と肉体。

 それを、余すことなくつみきに叩き込む。

 ヒットアンドアウェイを捨て、両の足で彼女の前に立って拳をふるい、蹴りを放つ。右手、左手、ヘッドバット、右膝、肘。先ほどよりも速いその打撃に、重りにしかならないと判断したのか、つみきが鎌を捨てる。格闘技の殴り合いの如く、二人の体がぶつかり合う。ただし、つみきは致命打を避けているに過ぎない。攻撃するほどの隙を、昴は与えない。

 肘、ローキック、ジャブ、膝。

 高速のコンビネーション。それに人間の力だけでついてきて、つみきはそれを捌く。さらには、足技が止まったタイミングで、ローキックのカウンター。昴は一歩下がる。

 攻守交代だ。そう、一歩踏み込んだつみきに、先ほどと同じ雷撃をぶちかます。

 それを間一髪、首をひねってつみきはよける。だが、電流の通り道に残った残滓が、その表情をしびれさせる。その隙に脇腹の下、肝臓(レバー)にフックを打ち込む。一瞬遅れた防御の隙間を縫って、左拳が内臓に突き刺ささった。うめき声。しかし今度は、つみきはバランスを崩さなかった。足を踏ん張ると、きっと昴の方を睨む。両手を広げて、昴の攻撃を受け止め、迎撃する構え。

 その隙をつくように、広げた両腕を、昴はつかんだ。何を、とでもいう風に、つみきの目が丸くなる。この一撃に、威力はいらない。

 ただ、電流の通り道ができるだけでいい。

 右手から、左腕へ。つみきの体を通して、電流をその体に流す。じ!!! と音。

「ガッ……!!!」

一瞬、強烈につみきの身体から光が走って、つみきの脳から思考を奪う。その様子に、昴は顔をしかめる。自分としては、目から煙を吐くくらいには、電圧をかけたつもりだったのだが。一瞬の酩酊からすぐにつみきは帰って来ると、掴まれた両腕を支点に飛び上がった。何を、と思うがすぐには対応できない。そのまま、つみきは折りたたんだ両足でドロップキックを昴の胸に見舞う。慌てて手を放し、踵で自分の身体を後ろに押し出す。致命的な当たり方を避けることに成功し、蹴られた勢いのまま、昴は地面を転がった。つみきは、受け身も取れずに地面倒れ込む。すぐさま起き上がろうとするが、引き寄せた鎌に縋る様子は、正に満身創痍だ。

 勝てる。考えてもいなかった可能性に、昴の心が躍る。

 自分の息も上がっているが、つみきよりも状態は随分とましだ。今のまま畳みかけることができれば彼女を殺すこともできるだろう。

 小さく、息を吸う。

 フラフラと立ち上がったつみき。その小さな体をめがけて、昴は駆けだした、起こした魔力が、放電のように空気中を散る。一歩で、初めのヒットアンドアウェイの速度を超え、二歩で音速を破る。一筋の電光のように昴はつみきに突進し、前蹴りを放つ。

 つみきは、それを鎌で突き上げていなした。

 杖のように支えにしていた柄が跳ね上がって、昴の踵を強打。突き上げられた右足が、蹴りの方向を見誤る。前に倒れたバランスを、昴はさらに前に体重をかけることで取り戻した。振り向きざまに見舞ったフックを、つみきは、今度は正面から受け止める。

 鎌と、拳の当たる、鈍い音。

 だがその袋小路を嫌ったのか、つみきは昴の打撃の勢いに抵抗せず、吹き飛ばさられるようにして、距離を開いた。打撃の射程距離を抜け、踏ん張りが効かなくなったのか、荒い息を立てて彼女は膝をつく。

「…………。頑張るね」

 満身創痍の状態でも一向に倒れる気配のしないつみきに、昴はそう声をかける。正直に言えば、昴をここまで本気にさせたのは、目の前の少女が初めてだ。昴の相手は、大体ここまでの攻撃のどこかで倒れてきたから。だから、そのタフさに思わずかけた声だった。返事を期待したわけではない。

 だが、驚いた事に、つみきは返事を返してきた。

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