魔女と友人

「すいませんでした」

「え、なに。急に」

 南館から北館に向かう途中にあるフードコート。ここを通るのがこの順路で行く理由の一つだ、と、自慢げに語った澄香は、料理の完成を告げるタイマーに従って席を外した。その瞬間に、つみきは昴に頭を下げる。

「お邪魔だったでしょう」

「ああ。まあ、それはほんっとうにな」

 唇をかみしめてそういうと、昴は特に否定はしなかった。だが、気にすんなよ。とでも言いたげに手を振り、先に持ってきた水を口に含む。

「むしろ悪いな。あんまりかまってやれなくて」

「いえ」

「楽しんでるか?」

「それは、とても」

「そりゃよかった」

「あの、おひとつ伺いたいのですが」

「ん? なに?」

「お二人は、付き合ってらっしゃるんですか?」

 そうして、つみきの次の言葉に、派手に急き込んだ。握った紙コップが、体と一緒に揺れる。

「大丈夫ですか?」

「おま、お前いきなり何言いだすんだよ!?」

「あ、いえ。距離が近かったもので」

 考えてみれば、二人っきりで水族館というシチュエーションもなかなか珍しい。

そういう事ではないのか、と思ったのだが。

「別にそういうんじゃねえよ。腐れ縁」

「私に随分警戒されていましたし」

「それは、お前、あれだよ。悪い虫によりついて欲しくないから」

「……。親心みたいな?」

「いや? そういうんじゃないけどさ」

 なんというか。と、昴は思案気に視線をさまよわせる。

「あーーーーー。結構、落ち込んでる時期に会ったからさ。なんというか、澄香の明るさに救われたことって、沢山あるんだよね」

 言わんとしている事は、分かる。あの笑顔とまっすぐな感じは、一緒に居るとても心地いい。

「だから、ま、あいつが悲しんでいる所を見たくないっていう感じでさ。なんだかんだ振り回されているのも、一緒に居るのもそんな感じ」

「そうですか」

「じゃ、次はあんたの番」

 ん。と、そこまで言って昴はつみきを促す。

「なにか?」

「いや、あんたは?」

「えっと……?」

「あー……。なに。こう、澄香の事さ」

「いえ、別にそんな」

 にやりと目を細める昴に、つみきは両腕を振って否定する。別に、つみきはあくまで二人の邪魔をしてしまったらと思ったら申し訳なかっただけで。別につみきはそんな。

「なーんだ」

 けたけたと、昴は笑う。

「そういう意味かと思った」

「んな」

「澄香可愛いしね。まあ、あんたが付き合いたいなら、応援してあげようかなとかさ」

「……。私、瀬尾さんには嫌われていると思ってたんですが」

 まあねえ。と、昴は眉をへの字にしながら、つみきを見た。

「まあ、でも、悪い奴じゃないと思ったから」

「なんでです?」

「ほだされてたでしょ。澄香に」

 くつくつと、そう言って昴は笑う。

「あの子、癖というか信念というかで、『一人ぼっちでいる奴を放っておかない』っていう風に行動するんだけど。横から見てきてそういうやつって三ついるのね。ほんとは複数人で集まるのが好きなのに、一人になっちゃった奴。一人が好きな奴。一人を気にしない奴」

 あんたは一番目。

「ずーっと誰かと一緒に居て、それが染みついているのにひとりになっちゃた奴」

 そう、昴は笑う。

「澄香に引かれたのも、今日、あの子と話して楽しかったのも、分かるよ」

「……。それは」

「そういうやつに悪い奴はいないからさ。最初はなんだこいつって思ったけど。あんたに悪気はないのも、不器用なりに頑張っているのも分かったから」

「不器用なりに、ですか?」

 少し眉をひそめて問うと、にや、と澄香は笑う。

「それ自覚ないのはやばくない?」

「…………不器用ですか、私」

「不器用不器用」

 愛されるのに、抵抗する人は、みーんな不器用。

 どこか達観した、自虐的な目で、昴は笑う。

 その眼を見て、ああ、なるほど、と思った。

 昴も、つみきと同じなのだ。澄香の明るさに引かれて、でも、その中にいるのは間違っていると思っている。澄香が一緒に居る理由が、なんとなく分かった気がした。

「……瀬尾さん」

「昴でいいよ」

「……。では、私もつみきで」

 あんた、は、少し傷つきます。そういうと、昴はニッと、歯を見せて笑った。

「りょーかい、つみき。それで? つみきは澄香のどこが好きなの?」

「何の話?」

 そう、にやにやと話しかけた昴に、後ろからトレーを持った澄香が話しかける。驚いたように硬直した昴は、すぐに、なんでもなーーい。とおどけてみせた。内緒話だ。と、澄香がこちらを向く。つみきは、あいまいにほほ笑んでそれを躱した。


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