人間と魔女3

「痛みはどうですか?」

「うん、大丈夫」

 逃げ出した人狼の方を見て歯噛みをした後、少女は澄香の方に歩いて来た。そのまま、えぐられた澄香の腕をとると、何かを呟く。夜の闇が輪と割りつくように、澄香の腕が闇に包まれて、彼女がそれを払うと、傷からの血は止まっていた。

 彼女は腕についた澄香の血をまじまじと見ていたが、澄香の視線に気が付くと、取り繕うように笑みを浮かべた。

「応急処置はしましたが……止血だけです。病院には言った方がいいかと」

「うん。ありがとう」

 痛いかと聞かれて、少しと答える。彼女は、ごめんなさいと呟くように言った。

「ううん。ありがとう、助けてくれて」

「気にしないでください。私の都合で助けただけですから」

 ふう、と息を吐いて、彼女は髪をかき上げる。隠れていた顔が露になる。かわいらしくも、どこか影のある顔。その顔に少しだけ見覚えがあるような気がして、澄香は小首をかしげる。

 視線に気が付いたのか、こちらに顔を向けた彼女は、澄香の訝しげな顔を見て、しまったというように顔をしかめた。慌てるように再度髪で顔を隠す。

「あの、あなたはなんて」

「知らなくてもいい事です」

 心なしか、質問に答える声が早口だ。

「でも、助けてもらったんだし、名前くらいは知りたいよ」

 知り合いか? そう思って重ねて問いかける。

 その澄香の言葉に、彼女からわたわたとした雰囲気が消えた。

 顔を上げて、こちらを見る。

 顔は髪に隠れている。でも、その視線だけは、真っすぐと澄香を射抜いていた。

「いえ。今日の事は、悪い夢を見た。変なトラブルに巻き込まれた。そう思って、忘れてください」

「でも」

「これは、貴方のためでもあります」

 苦笑しながら、彼女は言う。

「私なんかに関わると、ろくなことはないですから」

 そんなこと、やってみないと分からないよ。

 頭に浮かんだ反論は、口から出る前に、唇に静かに添えられた彼女の人差し指に遮られる。

「ありがとう。優しい人」

 彼女は、微笑んで、そう、柔らかく口にした。

「でも、やっぱり今日でさようならが、一番いい」

 さようなら。

 もう二度と、会わない事を祈っています。

 そんな、寂しい別れの言葉を口にして。

 一切の反論は許さずに。

 彼女は、逃げるように、澄香の前から姿を消した。

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