第4話
『捨てられた夢のカケラ』探しはなかなかうまく行かない。そもそもどんな見た目なのかもわからないのだ。どうやって探したらいいのかすら、見当もつかなかった。
「そんで? ここで管巻いてるってわけかい」
喫茶店で俺はマスターに愚痴っていた。元の世界に帰りたいのに中々その手立てが見つからないのだ。愚痴りたくもなるというものだろう。
喫茶店には、珍しく俺以外の客もいた。きのことたけのこだ。
「ああ、こいつらか? こいつらは、平和、の概念だよ」
「なんすかそれ」
「きのこ教とたけのこ教が互いの違いを認め合って仲良くしてるんだ。平和だろ」
「意味わかんないっす」
きのことたけのこは、二人で仲良くソファに座ってご飯を食べている。いや、食料が飯食ってんのも意味がわからないが。
「人間の世界は宗教戦争が絶えないだろ。だからこーゆーのは捨てられてここに流れてくるんだよ」
『こーゆーの』と言いながらマスターは親指を立てて、きのことたけのこの方へクイッとやった。
「まあ、なんでもいいっすけど」
「で? 夢のカケラのありかがわからないって?」
「そうなんすよ。どうやって探したらいいですかねぇ」
「見たら自然とわかるって聞くけどな。まあ、俺は探すつもりもねぇから」
「マスターはなんでここに残るんです?」
普通、こんな掃き溜めに残りたいものだろうか。何の気なしに俺が問うと、マスターは表情を固くした。
「んー? そうさなぁ。俺は俺を捨てたんだよ。だからここでいいんだ」
自分で自分を捨てる、とはいったいどういうことだろうか。話しにくいことであれば無理強いをするつもりはないのだ。
マスターは俺の食べ終えた皿を回収すると「ま、そのうち見つかるさ。気楽にやんな」と言って洗い物を始めた。
喫茶店を出て、周りをぶらぶらと歩きながら『捨てられた夢のカケラ』を探す。あたりには、古びた服がパタパタと宙を舞い、化粧品の瓶たちが互いにどちらが美しいかを誇るようにカタカタと震えている。
そんな掃き溜めの山の中で、一際目を引くものがあった。それは、カメラのレンズだ。俺が高校生の時、バイト代で買った、中古の50mm単焦点レンズと同じ型のもの。
懐かしさと切なさに、思わずそのレンズを手に取る。近くには、一眼レフのカメラも落ちていた。これもまた、俺が中古で買ったものと同じメーカーのものだった。
いや、同じメーカーというだけじゃない。そのカメラについている傷は、俺が持っていたものと全く同じだった。
しかし、そのカメラとレンズは、周りの物たちがパタパタもそもそと動く中で、微動だにしない。まるで死んだように。
呆然としたまま、俺はそこに立ちすくんでいた。
『どうしたの?』というように、近くを尺取り虫のように張っていたジーパンが、俺を見上げてくる。
「ああ、気にすんな」
『そう? ならいいけど』なんて態度で、ジーパンはそのまま這っていった。
俺は拾い上げたレンズを見る。『捨てられた夢のカケラ』というものは、見ればわかるものだとマスターが言っていた。
それならば、これは俺の『捨てられた夢のカケラ』いいや、『死んだ夢のカケラ』かもしれない。意思も持たず、動かないレンズとカメラを、俺はそっと撫でた。
高校生の頃、俺はカメラマンを目指していた。景色を切り取るのが楽しくて、自分が見た一瞬の美しさを人と共有したくて、毎日夢中になってレンズを覗き込んでいた。
高価なカメラやレンズを買うためにバイトに打ち込み、稼いだ金は全て写真関連に注ぎ込んでいた。
だが——。
高校2年生のある日、父親はくも膜下出血で倒れ、それから二度と帰ってはこなかった。突然女手一つで俺と妹を育てることになった母親のため、俺は夢を追うのを諦めた。カメラマンのような不安定な職業ではなく、堅実なサラリーマン。そこからは猛勉強をして国立の大学を目指し、奨学金を借りて大学を卒業した。
あの日、俺の夢は死んだのだ。
この、『捨てられた夢のカケラ』を拾えば元の世界に戻れるのだろうか。だが、拾っても何の変化も起こらない。ひとまず俺はカメラとレンズを持って家まで戻った。
このカメラとレンズを、使ってみればいいのか?
だが、それをやったら何かが決壊してしまいそうで、俺は何もできずにいた。
家の中、毛布を膝にかけてあぐらをかきながら、膝の上にカメラを乗せる。
何だか急に凹んできた。
——夢をあきらめて堅実に生きてきたつもりなのに、会社を辞める羽目になって、その結果彼女にも振られて。
「何やってるんだろうなぁ、俺」
はあ、とため息をつく。すると、天井がガタガタと言って、トタン板がどすんと目の前に降ってきた。
すり、と俺に擦り寄ってきて、慰めるみたいにポンポンと俺の膝を叩く。
「ありがとな」
トタン板は、『いやぁそれほどでも』というように体をくねらせた。
落ち込んでいても、仕方ない。俺は元の世界に帰るんだ。家族にだって、心配をかけていることだろう。
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