第7章「それでも夢を描く理由」




「……湊くん、それ、また新しいソフト?」


なずなの声は、責めるよりも呆れに近かった。

ただ、湊はすぐに言い返せなかった。


 


「あの……漫画だけじゃ、伝えきれないことが……最近、増えてきて……」


 


ふと、視線を落とす。

モニターには、新しく入れた3Dモデル作成ソフトのインストール画面が映っている。



「たとえば、背景の立体感とか。音楽との連動とか。今までは“描く”だけで済んでたけど……


 作品がひとりで歩き出したとき、ぼくの表現が追いつかなくなってたんだ」


 ひよりが、そっと紅茶を差し出してくれた。


「……伝えたいんだよね。言葉よりも深いところで」


ふんわりとした優しいひよりの言葉に、湊は、小さくうなずいた。


 


「グッズも、ボカロも、映像も、音も……漫画のコマを越えて伝えられるものが、あると思って。でも、そのたびに新しい道具が必要で……気づいたら、部屋がソフトと周辺機器の山に……」


「……胃が痛くなるわけだ」


どこからか現れた伊吹が、缶コーヒーを片手に苦笑する。

 

「兄さんは、なんで最近そんなに機材にこだわってるの?」


湊の問いに、伊吹は少しだけ黙って、それからぽつりとつぶやいた。


 


「……俺は、たぶん、**“本当はこうしてあげたかった”**を追いかけてるんだと思う」


 今まで理由を明かさなかった伊吹が、少しずつ語り始めた


「昔、妹が漫画家になるって言い出した時、俺は応援した。だけど、いま思うと――ちゃんとした機材も、静かな部屋も、安心して描ける環境も、全然用意してやれてなかった。だからって、今さら機材買い込んだって仕方ないのにさ。……気づくと、“今なら出来るかもしれない”って、手が伸びてた」


「……義兄さん」


「笑えよ。おっさんのセンチメンタルだよ」


「笑わないよ。ぼくも、似たような気持ちだから」


 そう。港も同じだった

子供の頃に出来なかったことでも、今ならやれるかもしれないと

そう思うだけで、心が躍るのだ

 

静かに時間が流れる部屋の中で、猫のユメが小さく鳴いた。

“にゃぁ”――と、肯定するように。


「だから、次は……ちゃんと描きたいんだ。読む人に“その世界で生きてる気持ち”になってもらえるくらい、立体的なものを」


湊の言葉に、ひよりが静かにうなずいた。 


「そっか……じゃあ、全部はダメだけど、私が予算内で組んでみるね」


なずながそう言って、プリントされた家計簿アプリのスクリーンショットを差し出す。


 現実は、かくも残酷である


「ルール内で夢を見るのも、大人の特権だからね」


「夢にライセンス制限があるとは……」



ポツリと呟く伊吹になずなが言う


「甘えるな」


画面の光だけが灯る部屋で、

湊はペンタブに手を置いたまま、そっとつぶやく。


「……いつかこの“描きたい”が、誰かを救えるようになるなら――今日も、描いていこう」


 

その横で、伊吹がスマホを見ながら胃を押さえてうずくまる。


伊吹「え……今月の明細、いま見せられるの……?」

なずな(スマホ構えながら)「はい、ちゃんと可視化し(現実見)ようね♡」


 

――現実も、夢も、逃げないことから始まる。


  夢は描く、でも計画的に


――そうして、彼らはまた一歩ずつ、

現実と夢の間に橋をかけていく。


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