知りたくなくても、受け止めろ!-4-

「過去を司る者っていうのはな、つまりは過去の番人みたいなもんだ。過去を自由自在に操り、そうすることでよからぬやからに過去が侵略されることを防ぐんだ」


 ダメだ。説明してもらってもやっぱりよくわからない。


 けれど、小さな体で堂々と語るぴよちゃんの姿から、その存在が本当にすごいんだってことだけはしっかりと伝わってくる。


「過去の事実は絶対だ。過去があるから今があり、未来へと進むことができる。その過去に誰かの手が加えられると、今が今じゃなくなり、ある一部の者、場合によってはこの宇宙にいるすべての者の未来が奪われちまう」


 熱く語りだしたぴよちゃん。


 過去だとか今だとか未来だとか、しまいには宇宙まで。ぴよちゃんの話のスケールのあまりの広大さに、聞いているだけでくらくらしてきた。


「過去っていうのは絶対に変えちゃならねぇ。だけど、そんな過去を変えたいと思う奴はいつの時代にもたくさんいるんだ。あの時あんなことがなければ、あんなことしなければって具合でな。そういった様々な奴等の思いや願いをすべて無視してしまったら、いつか暴動が起きかねない」


 そっと言葉を切り、すぅっと大きく呼吸したぴよちゃん。


「そこで一役買うのがパストバードだ」


 私を気にする素振りを見せることなく、どこか遠く、それこそ宇宙の果てのような想像できないくらい遠くの方へと目を馳せながら、ぴよちゃんは奥の深い話をし続ける。


「この宇宙にいるあらゆる生き物の中で過去に対して特に強い感情を抱いてるやつのところに赴いて未然に混乱を防ぎ、宇宙の過去、ひいては今、そして未来までもを守る。それがパストバードなんだよ」


 過去とか今とか未来とか。


 そんな難しいこと、私にはやっぱり理解できない。


 だけど、それでもわかる。自分が宇宙という果てしない空間にいるすべての者を守る存在であるということを、ぴよちゃんがとても誇りに思っているんだってことは。


「ぴよちゃんって、すごいんだね」


 気付いた時には、そんな言葉が口から自然と飛び出していた。


「すごい……か。そう言われるのは嫌じゃない。だけどアンタ、オレ様の話の意味、ちゃんとわかってる?」


 つい先ほどまで、ほんの少し前まで遠くに馳せていたその目を私にじっと向けてきた。


「えっと」

「アンタ今、自分には関係のないことだとか思ってるだろ」

「え」


 私に考える暇を一瞬も与えずに続けたぴよちゃん。


 確かにそう、思ってるよ。

 私には関係の無い話だって思ってる。だけど、私間違ってないよね。


 この広大な宇宙の中で、私の存在はあまりにもちっぽけで、そんなちっぽけな私の過去も今も未来も、宇宙にはなんの影響も及ぼさないって、それくらいのことはちゃんと理解できたんだから。


「本当にわかってないようだな」


 そんな私の心を読んだのか、深いため息を吐いたぴよちゃん。


「アンタがオレ様をここに呼んだっていうのに」


 囁くようにそう呟いたぴよちゃんに、私はどう反応すれば良いのか分からなかった。


「私、ぴよちゃんを呼んだ覚えなんてないよ」


 だってそうだ。ぴよちゃんに出会ったのも、ぴよちゃんがどういう存在なのかを知ったのもついさっきだ。


 そんな私が、どうしてぴよちゃんを呼べようか。


「確かにアンタはオレ様を直接呼んだわけではない。だけど、アンタその強い想いがオレ様をここに連れてきたんだ。その事実は変わらない」

「どういうこと。ぴよちゃん、意味分からないよ。」

「アンタ、変えたい過去があるんだろ。なにがなんでも絶対に変えたいと心から願うほどの過去が」


 そう言ってちらりと部屋のベッドに視線を送るぴよちゃんは意地悪だと思う。


「違うか」


 それを聞いて、ぴよちゃんはどうするの。


 過去は絶対だ。変えられないから諦めろって言うつもり?


 せっかく。せっかく考えないで居ることができたのに。

 信じられないような気の遠くなるぴよちゃんの話を聞いている間は、何も考えずに済んだのに。


 どうして。

 どうして私に現実を突きつけようとするの。


「違う、違うよ」


 精いっぱいの力を振り絞って口にした。

 絶対に違う。

 あれは過去じゃない。絶対の事実なんかじゃない。


「違う違う違う、違う!」

「違うのか。アンタの想いはその程度だったのか」


 真剣な表情を崩さずに言うぴよちゃん。


「アイツが死んでも別に良かったのか」

「良いわけない、ぴよちゃんの馬鹿!桐生先輩が死んで良いはずない。だけど、だけど過去は変えられないって分ってるけど。桐生先輩は亡くなってなんかないって、そう思うことも許されないの?そう思うことすらも許されなかったら、私は一体どうすれば良いのよ」


 嫌だよ。そんなの嫌だ。そんな世界で生きていくなんて私には出来ないよ。


 ぽつっ。


 おかしいなぁ。

 もう枯れたと思ってたのに。


 とっくの昔に止まったはずの水滴が、再びこぼれ落ちる。


 ぽつっ。

 ぽつっ。


「最初にも言っただろ、馬鹿みたいな問い掛けすんなって。泣いてもいいから受け入れろ。思いっきり泣いて、しっかり受け止めるんだ。変わることのない過去の事実を」


 涙が。

 涙があふれて止まらない。


「思いっきり泣け。思いっきり泣いて全部吐き出せば、お前ならきっと受け止められる」

「ぴよちゃん……」

「ほら、吐き出せよ。オレ様が聞いてやるから、嫌なこと全部言えよな」


 そんなことを言うぴよちゃんは、私を泣かせる天才だと思う。


「き、桐生先輩の、桐生先輩の馬鹿」


 恐る恐る口を開いてゆっくりと話し出した私を、優しい瞳が促した。


「勝手に、ひとりで勝手に死んじゃうなんてありえないよ」


 本当にあり得ない。


 なんで。

 なんでなんでなんで。


「変な手紙を残していくくらいなら、もうちょっと待ってくれても良かったじゃないですか」


 好きって何ですか。


 私がずっと言って欲しかった言葉を、今まで一度も口にしなかったその言葉を、どうして文字に残したんですか。


「カップケーキ食べてくれるって言ったくせに。・・・・・・期待してるって、言ってたくせに」


 私がどれだけ嬉しかったのか、桐生先輩はきっとわかってない。


 桐生先輩の一挙一動に、私がどれだけの影響を受けていたのか、きっとわかってない。

 先輩のことをひとつ知る度に私がどれだけ胸を躍らしたのか、絶対にわかってない。


 いや、わかってたのか。

 わかってるくせに、そういう意地悪をするのが桐生先輩だ。


 あの時だってそうだ。


「自分の誕生日だって、教えてくれても良かったじゃないですか」


 今日からちょうど6日前。その前日が桐生先輩の誕生日だったと聡先輩に知らされて絶望した私の顔を見て、楽しそうに笑ったこと、私今でも根に持ってますから。


 次の誕生日は絶対に祝いますって宣言したら、笑ってたくせに。


 約束を果たさせてくれないなんて、絶対に許しませんからね。


 その時に見た意地悪な笑顔が、私の中での先輩の最後の笑顔だなんて、そんなの絶対に絶対に、絶対に認めませんからね。

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