桐生先輩と99日。

檸檬

1st×Time

会いたいならば、会いに行け!

会いたいならば、会いに行け!

 雲ひとつない青空のもと、今日も私は駆け抜ける。

 雨の日だって、風の日だって、風邪で声がガラガラの日だって。

 たとえ火の中水の中、そこに彼がいるのなら。

 桐生きりゅう先輩がいるならば。

 私は必ずそこに行く。どこに居たって飛んでいく。


 そう、たとえ1・2年生用の校舎と3年生用の校舎の間に大きな隔たりがあったとしても。


「桐生先輩ー!!」


 3年C組の扉をガラッと開いて大きな声で叫ぶと、愛しの桐生先輩が切れ長の目を私に向けた。


「桐生先輩、おはようございます!」


 桐生耀一よういちという名前の通り、世界で一番、いいや、宇宙で一番光り輝いている桐生先輩。

 そんなキラキラとした彼の瞳に見つめられるのは、出会ってからもう98日目だというのに未だに慣れない。


 え、なんで日にち単位でわかるのかって?それは勿論、桐生先輩と私が初めて出会ったあの記念すべき日から、毎日毎日大切に数えてるから。


「どうしてお前はそう、毎朝毎朝……」


 私の耳に優しく響く桐生先輩の心地好いテノール。思わず聞き入ってしまう魅惑の美声は今日も健在なのですね。

 桐生先輩と初めて出会ったあの日から、日を追うごとにどんどん大きくなっていく私の想い。


「桐生先輩、好きです。付き合ってください」

「嫌だ」


 さすがは桐生先輩。今日も即決即答、無駄な時間は一切かけないその判断力。桐生先輩ったら本当に格好良いなぁ。


「桐生先輩大好きです!」

「自分の教室にさっさと帰れ」


 キリッとしたそのお顔立ちに、とってもお似合いなツンな物言い。

 あぁ、こうして。今日も私は桐生先輩の魅力に溺れる。


日菜子ひなこちゃん、おはよう。今日も来てるんだね」


 桐生先輩の麗しのお顔をじっと眺めていると、背後から爽やかな声が届いた。


さとし先輩おはようございます。勿論です、大好きな桐生先輩にお会いしないと私の1日は始まらないんですから」

「日菜子ちゃんに毎日毎日告白されるなんて、桐生は本当に幸せ者だね」

「分かってくれますか」


 私のこの気持ちを理解しそして応援してくれるのは、この教室内では聡先輩ただ一人だけ。

 だけど私にはそれで十分。聡先輩が味方ならば百人力だ。


「おい、聡。変なことを言うなよ、こいつが調子に乗るだろうが」

「内心嬉しいくせに」

「嬉しくない」


 なんてったって聡先輩は桐生先輩の大親友なのだから。


 私が桐生先輩と出会ったのは今からちょうど97日前、高校の入学式の日だ。

 あの日の帰り、なんとなーく通った中庭で、ベンチの上ですやすやと眠る桐生先輩を見かけたその瞬間、私は運命的な恋に落ちた。


 陶器のような白い肌をサラサラな黒髪が風に揺られて撫でているその様子は、とても神聖に感じられ、その独特な空気感に引き付けられた私は、気付いたらその彼の前髪を触ってしまっていた。

 私が触れた瞬間、ぱちりと目を開いた彼。


 今でも覚えている。心地良いテノールで優しく「誰?」と聞いてきた彼のふんわりとした雰囲気、優しそうな目。


 あぁ。思い出すだけで、お腹いっぱい。


 だけどそれ以上に堪らないのが、


「い、いいいい一之瀬いちのせ日菜子です!!」


 自分の名前を思いっきりどもってしまった私に、フッと向けられた彼の笑顔!


 そうしてその素敵すぎる笑顔のまま再び夢の国に旅立った彼を目の前にして、純真な乙女のハートが撃ち抜かれずにいられましょうか。


 再び眠りに落ちた名前も学年も知らない王子様。


 あぁ、このまま麗しの寝顔をいつまでも眺めていたい。

 けれど、このままだと彼は風邪をひいてしまわないだろうか。そして風邪を拗らせて熱を出しちゃわないだろうか?

 熱を出した王子様……か。ど、どうしよう、見たいかも。熱のせいで真っ赤な顔をした王子様、ものすっごく見たいかも。

 瞳をトロンっとさせたふわふわ笑顔の王子様に、甘ーい声で優しく名前を呼ばれたいっ!

 って、ダメダメ。王子様の不健康を願うなんて私ったら不謹慎だよ。

 あー、もう。どうしよう。

 こんなとき、私がお姫様だったら口づけをするだけで起こすことができるのに。

 あれ?逆だったかな。

 王子様のキスでお姫様が目覚めるんだっけ。


「桐生!お前そこにいるんだろ、隠れたって無駄だ。俺にはわかるんだからな。」


 あれでもないこれでもないと考えあぐねていると、ふいにベンチの向こうから大きな声が届いた。


「やっぱりいた。お前、入学式の片づけ全部俺に押し付けてさぼるなよな。全くお前は…って、あれ?女の子……」


 私と目が合い、文字通り目をまん丸にしたその声の主。


「あ、えっと」


 な、何か言った方がいいのかな。でも、何を言えばいいのかな。

 うわぁ、考えることが多すぎてなにがなんだかわからないよ。


「はじめまして。俺は、清水しみず聡。君は?」


 いつの間にかまん丸だった目を細め、爽やかな笑顔でそう名乗った目の前の人。


 あれ、この人こんなに爽やかだったっけ。さっきまで大声で叫んでた人だよね。怪しい。怪しすぎる。

 どうしよう、名前教えても大丈夫かな……


「いちのせひなこ」

「ひなこちゃん、ね。君にぴったりな可愛い名前だね」

「へ!?」


 うわ、なんかウィンクされた。ウィンクといい言っている事といいやっぱりこの人怪しいよ。っていうか、あれ。私名乗ってない。


 プチパニックを繰り返していると、むくっと何かが起き上がった。


「おい、聡。俺を起こすとはいい度胸だな」

「あ、桐生。起きたんならさっさと生徒会室行くよ」

「あ、あの……」


 ついさっきまで眠っていた王子様のお名前が“桐生”だということだけ、なんとか理解が出来た頃。


「それじゃ、ひなこちゃん。またね」


 桐生様の腕を強引に掴みながら、爽やかな笑みを浮かべて手を振る聡先輩の姿が目に入った。

 聡先輩に引っ張られて去っていく彼の後姿を見ながら、また会えたらいいなと強く思った。


 そんな私が、聡先輩と桐生先輩が生徒会の会長と副会長で、幼馴染でもある彼らが大親友であるという話を耳にしたのはその翌朝のことである。


 クラスの子達に、2人と話したって言ったらとてもびっくりされた。


 私も、初めて聞いたときにはかなり驚いたなぁ。

 まさか桐生先輩が地球征服を目論んではるばる宇宙からやって来た聡王子の執事だったなんて。

 だけど成る程。桐生先輩のあの王子様オーラは、いつも本物の王子様に仕えていることから身に染み付いたものだったのね、と妙に納得。

 聡先輩のあの怪しい爽やかさも頷ける。大衆を前にした際には明るく爽やかに振るまうことで好感を得て、気心の知れた執事である桐生先輩の前では取り繕わずに素で過ごすというダブルフェイス。

 あぁ、なんて素敵な関係。桐生先輩に仕えてもらうとはなんて贅沢な。聡先輩、羨ましすぎる。


 ようやく二人が宇宙人だということを飲み込めた頃になって、それが根も葉もない噂話に尾びれと背びれ、ついでに胸びれまでもがついたものだったと知ってちょっとがっかり。

 天国から来た天使様と騎士だとか、魔界から来た魔王様と召し使いだとか。休み時間になる度に彼らの噂を耳にするというのに、とうとうその日は一度も桐生先輩に会うことなく、すれ違うことも、遠くからそのお姿を垣間見ることすらもなく終わった。


 そうして私は悟ったのだ。


 会えたらいいな、ではもう一生会えないと。

 会いたいのなら、会いに行くしかないのだと。

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