第130話:怒りのザッシュ
頼みの従魔が裏切った。
その事実が、ザッシュの頭の中を混乱させていく。
当然、その隙を見逃すようなティアナとヴィオンではない。
正面をアリスに任せ、ティアナが右から、ヴィオンが左からザッシュへと迫る。
「クソがっ! ここからなら俺の方が速いんだよ!」
「あ! ちょっと待つし!」
アリスを無視して後方へ飛び、着地と同時に楓へと迫り、斬る。
ザッシュが思い描いた未来予想図は、彼の中では完璧なはずだった。
「ギュギュウウウウッ!」
「ジュジュウウウウッ!」
しかし、ザッシュの頭の中から抜け落ちている存在がいた。
ピースとシャドウイーターだ。
ザッシュとアリスが戦っている隙に、ピースは誰よりも早く楓の方へ駆け出していた。
そして、ザッシュが後方へ飛んできたのを見て既に水魔法を展開させていた。
さらにシャドウイーターも、自分を助けてくれた楓を守るために行動を開始する。
「こいつらああああっ!!」
高速で撃ち出される水の球を回避していくザッシュ。
そんな彼の背後にある影から、シャドウイーターが飛び出した。
「邪魔だああああ!」
短剣を横薙ぐザッシュ。
しかし短剣は空を切った。シャドウイーターが再び影の中に姿を隠したのだ。
シャドウイーターは本気でザッシュを攻撃するつもりはなく、完全なる陽動の動きを見せていた。
本命は別にあったのだ。
「うおおおおおおおおっ!!」
「はああああああああっ!!」
ヴィオンの大剣が唸りを上げ、ティアナの長槍が鋭い連続突きを放つ。
一瞬だが視界がシャドウイーターに埋め尽くされていたザッシュは、二人の同時攻撃を回避することができないと判断。
ならば傷を最小限にとどめようと、一撃必殺の威力を誇るヴィオンの大剣を短剣で受け流し、ティアナの連続突きも致命傷にならない範囲で回避していく。
「ぐううううっ!?」
ザッシュは性格に難はあれ、Sランク冒険者だった男だ。
数多くの修羅場を生き残ってきた戦闘勘が、今回も活きた形になっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……クソったれがああああっ! てめえら全員、ぶっ殺してやるからなああああっ!!」
口では強がっているが、ザッシュは既に満身創痍になっている。
既に楓も移動を行っており、アリスとピースに守られる形で通路の方へ避難していた。
「ザッシュ。お前の後ろは袋小路だ。俺たちを倒さなければ、逃げ道はないぞ?」
「まーだ何か隠し玉でもあるっていうの?」
ヴィオンが警告のつもりで言葉を発し、ティアナは警戒度をさらに上げる。
「俺が逃げるのを得意にしているってこと、忘れてないか? お前たちを倒す? 袋小路? そんなもん、俺様が逃げる障害にすらならねえんだよ!」
「それなら、さらに人数が増えたらどうなるかな?」
するとここで、静かだが妙に通る声が洞窟内に響き渡った。
「コオオオオンッ!」
直後には火の玉が三つ、通路の方からザッシュ目掛けて放たれた。
「ちいっ!?」
奇襲ではあったが、視界に捉えることができていたからだろう、ザッシュはなんとか火の玉を回避することができた。
「レイス様! ミリア様! レクシアさん!」
「お待たせいたしました、カエデ様!」
地上から追い掛けてきていたレイス、ミリア、レクシアが到着した。
「ラッシュ君は?」
「ラッシュは入り口でライゴウと共に、荒くれ者たちの見張りをしてもらっている」
楓の質問にはミリアがすかさず答えてくれた。
「さて。指名手配犯、ザッシュ。おとなしく捕まってくれるなら、僕たちとしては楽なんだが、どうかな?」
凛とした声でレイスが問い掛けた。
不思議なもので、これが王家の威厳なのかと、ザッシュ含めこの場にいた全員が息を呑む。
「…………ふ、ふざけんじゃねえぞ! 俺様はこんなところで、捕まるわけにはいかねえんだよおおおおっ!」
なりふり構っていられなくなったのだろう。
ザッシュは一直線にレイスへと迫っていく。
「ミリア」
「はっ」
「どけええええっ! 女ああああああああっ!!」
目を血走らせながら、ザッシュが短剣を振り抜く。
その速さは尋常ではなく、楓の目には何をしているのか全く見えなかった。
「どれだけ速かろうと、当たらなければ意味はない! ――
「ぐがああああっ!?」
ミリアの正面にいくつもの純白の盾が顕現し、ザッシュの連撃を受け止める。
それだけではなく、聖なる盾は衝撃を倍にして返していた。
悲鳴を上げながら弾き飛ばされていくザッシュ。
「縛り上げろ!」
レイスの言葉を受けて、ヴィオンが取り押さえると、ティアナが素早く両手を後ろ手で縛り上げていく。
「クソったれめぇ……クソったれがああああああああっ!!」
この悲鳴を最後に、ザッシュの抵抗は終わりを迎えた。
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