第126話:ザッシュの従魔

「……ピース……そんな……ピース……」


 ザッシュがいなくなった後、楓は茫然自失となり、ピースの名前を繰り返していた。

 自分のせいでヴィオンが危険に晒されるだけでなく、ピースまで犠牲になっていた。

 その事実があまりに悔しく、苦しく、自分を殺してしまいたいと思ってしまうほどに衝撃的だった。


「……シュ、シュシュ(……助、けて)」


 するとここで、何かの声が聞こえてきた。

 楓はボーッとした視線を周囲に向けるが、何も見えない。

 気のせいだったのかと思い、再び視線を下に向けようとした。


「シュシュシュ!(助けて!)」

「……気のせいじゃ、ない? 助けてって、誰?」


 楓の瞳に、僅かだが光が戻ってきた。

 誰かに助けを求められている。だが、それが誰なのかが分からない。

 すると突然、両手両足の縛りが緩んでしまう。

 そのまま手と足を抜け出させた楓は、何がどうなっているのか困惑顔だ。


「……シュゥゥ(……ごめん)」

「……もしかして、ザッシュの従魔、なの?」

「……シュゥ(……うん)」


 楓の両手両足を縛り上げていたものこそが、ザッシュの従魔だった。

 目の前に姿を見せた従魔は真っ黒な色をしており、炎のように揺らめいている。

 バルフェムにで楓を飲み込んだものと同じ色をしており、自分は従魔に呑み込まれたのだと理解した。


「シュシュゥゥジュシュゥ(あなたの従魔は生きているよ)」

「え? それ、本当なの?」

「シュゥ。ジュギュシュウゥゥ、シシュシシュゥジュギュゥ(うん。殺せと言われたけど、彼からあなたの話を聞いて止めた)」

「それは、助けてほしかったから?」


 従魔は楓の言葉に頷いた。


「……あなた、名前は?」

「ジュゥ。シャジューシューシュジャウ(ない。シャドウイーターって人間からは呼ばれている)」

「名前もないなんて……どうしてあなたは、ザッシュの従魔になったの?」


 シャドウイーターの話を聞こうと、楓は言葉を続けていく。


「シュウ、ジュギュゥゥ。ジジジュウゥゥ(これ、従属の首輪。逆らえなくなったの)」

「そんな、酷い……」


 ザッシュはシャドウイーターに従属の首輪を嵌めることで、無理やり従わせていた。

 最初の頃こそ逆らおうと、ザッシュを殺そうと思っていたが、そのたびに従属の首輪に締め付けられ、最終的には従うしかないと思うようになっていった。

 同じ魔獣に助けを求めても、誰も相手にしてくれない。

 もう疲れた、死にたいと思っていたところへ、楓とピースが現れた。

 ピースはシャドウイーターが嫌々従っているのを見抜いていた。

 だからこそ言葉を交わし、楓が魔獣の言葉を理解できると教えてくれたのだ。


「シュジュギュ。シャシュゥゥ、ジャギャゥ(最後のあがき。これで無理なら、諦める)」

「……苦しかったんだね。教えてくれて、ありがとう」


 楓の言葉を聞いたシャドウイーターから、驚きの感情が伝わってくる。


「シュシュシャジュ?(信じてくれる?)」

「もちろん。あなたの言葉に嘘は感じられないもの」

「……シュシュジュゥ(……ありがとう)」


 お礼を口にしたシャドウイーター。

 楓は微笑みながら、シャドウイーターの首輪に目を向ける。


「……これ、壊せないのかな?」

「シジュゥ。シシュシュ、ジュギュゥゥ(できなかった。触れただけで、首を絞めつけられる)」

「そうなんだ。難しいのか――え?」


 触ってみたら何か分かるかと思った楓だったが、触れるだけで首を絞めつけられるなら無理かと諦めようとした。

 その時、突如としてスキル〈従魔具職人EX〉が発動した。

 目の前に現れた情報は、シャドウイーターの首輪に関するものだ。

 楓はそれらに目を通していくと、その表情が明るいものに変わっていく。


「……ねえ、シャドウイーター?」

「シュシャ?(何?)」

「もしも従属の首輪をどうにかできるって言ったら、私を助けてくれる?」


 楓の言葉に、シャドウイーターからは再び驚きの感情が伝わってくる。

 そして、緊張と同時に期待の感情が含まれていることも伝わった。


「シュシュル! シャシュジュン!(助ける! 恩を返す!)」

「分かった。それじゃあ……私を信じて、私が従属の首輪に触れるのを、許してくれる?」


 楓が従属の首輪に触れるということは、彼女が嘘をついていれば首を絞めつけられるということだ。

 その苦しみは、痛みは、シャドウイーターにしか分からない。

 シャドウイーターの緊張が、不安が、楓に伝わってくる。

 ここで断られても、楓は仕方がないと思っていた。

 何か別の方法で従属の首輪をどうにかできるか考えるだけだと。


「……シュジュル(……信じる)」

「いいの?」

「シュゥ(うん)」

「……ありがとう」


 シャドウイーターは覚悟を決めた。

 ならば楓は、絶対に従属の首輪をどうにかしなければならない。シャドウイーターの期待に応えるために。

 一度深呼吸をした楓は、意識を従属の首輪に集中させると、目を見開いてから口を開く。


「触れるね」

「シュゥ!(うん!)」


 シャドウイーターの力強い返事を聞き、楓は従属の首輪に触れた。


 ――バチバチッ!


 直後、従属の首輪から火花が散った。

 楓がスキル〈従魔具職人EX〉を発動させて、従属の首輪の能力に無理やり介入したからだ。

 作業は一瞬だった。一秒ほどしか掛からなかっただろう。

 とはいえ、火花が散ったこともあり従属の首輪に触れた楓の指先は赤みを帯びている。

 それでも楓は笑っていた。


「成功したよ、シャドウイーター!」

「……シュシュジュ?(本当?)」

「うん。自分でも触れてみて」


 楓がそう口にすると、シャドウイーターは恐る恐る従属の首輪に触れた。


「……シュジュギュ。ジュギュク、シュウ!(……痛くない。苦しく、ない!)」


 あまりの嬉しさに、シャドウイーターは楓の手を取り、涙を流した。

 どれだけの時間を、ザッシュに奪われてきたのだろう。

 それを考えると、楓はザッシュのことを許せなくなってしまう。


(ピースは生きているって言ってた。きっと、みんなに助けを求めに行ったんだ。それなら私が諦めている場合じゃない)


 茫然自失になっていた楓は、もういない。

 今は生きてピースやみんなと再会するために、できることを全力でやろうと決めていた。


「力を貸して、シャドウイーター!」

「シュゥ!(うん!)」


 こうして楓の――否、楓とシャドウイーターの反撃は始まった。

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