第70話:男性冒険者
「今日はさすがに、もうお休みなさい」
楓を気遣いセリシャがそう声を掛けた。
「え? でもまだ、お昼を少し回ったところですよ?」
「それなら、休憩ね。お腹、空いているんじゃなくって?」
まだまだ働けると楓は口にしたが、セリシャの言葉を受けて、初めて空腹を実感する。
「あー……確かに、お腹は空いているかも」
「そうでしょうとも。お弁当はあるの? 外に食べに行こうかしら?」
「お弁当はないので、外に行くつもりでした」
「そう。それじゃあ、一緒に行かない? 私が驕ってあげるわよ?」
「い、いいんですか!?」
まさかのお誘いに、楓は勢いよく体を起こしながらそう答えた。
「もちろん。ここでカエデさんを労わないと、上司として失格だわ」
「そんなことはないと思いますけど……でも、そういうことならお願いします」
せっかくのお誘いだ。断るのは、むしろ失礼に当たると思い楓は受けることにした。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい!」
それからセリシャの部屋を出た楓たちは、その足で商業ギルドの外に出た――のだが。
「セリシャ様ですか?」
突然、大柄な男性にセリシャが声を掛けられた。
「そうだけれど……まあ、あなたは」
「セリシャ様。お知り合いですか?」
セリシャの反応を見た楓が問い掛けた。
「初対面ではあるけれど、知っているわ。この方、有名人だもの」
「そうなんですね。……あ! それじゃあ、私は一人でお昼に行ってきます!」
有名人がわざわざセリシャに会いに来たのだ。
きっと何かしら急ぎの用事があるのだろうと察した楓は、気を利かせてそう口にした。
「ダメよ、カエデさん」
「いいですって。あの、何かセリシャ様に急ぎの用事があるんですよね?」
首を横に振るセリシャだったが、楓は笑顔で男性に声を掛けた。
「あ、いや、その……」
「私のことは気になさらないでください。それじゃあ、セリシャ様。またあとで」
「ちょっと! カエデさん!」
楓はセリシャの制止を振り切る形で、その場を離れていった。
(背中に大きな剣を背負っていたし、冒険者の人かな? でも、どうして商業ギルドに? セリシャ様になんの用事だったんだろう?)
そんな疑問を抱きながら、楓は昼食を何にしようかと考えて歩いていたのだった。
しばらくして、楓は昼食を済ませてから商業ギルドに戻ってきた。
一時間くらいは時間を潰してきたので、先ほどの男性も帰っているだろうと判断したのだ。
だが、商業ギルドには意外な人物が足を運んでいた。
「……ティアナさん?」
「あ! よかった、カエデ! いたのね!」
商業ギルドにいたのは、ティアナとレクシアだった。
「いますけど、どうしたんですか?」
ティアナの雰囲気から、何やらものすごく心配されていたように思え、楓は困惑しながら問い掛けた。
「こっちに変な奴が来なかった?」
「へ、変な奴ですか? すみません。私、昼休憩で出ていたので、分からないんです」
楓が正直に答えると、ティアナは大きく安堵の息を吐く。
「はあぁぁ~。よかった~」
「……あの、本当にどうしたんですか? 変な奴って、いったい?」
「ん? お前、ティアナか?」
するとここで、商業ギルドから出てきた男性がティアナに声を掛けた。
その男性は先ほどセリシャに声を掛けた人物だった。
「げっ! あんた、やっぱりここにきてたのね――ヴィオン!」
ヴィオンと呼ばれた男性は、渋面になりながら言葉を続ける。
「げっ、ってなんだよ」
「言葉通りよ! なんであんたがここにいるのよ! あんたの管轄は王都でしょうが!」
「別に、冒険者に管轄も何もないだろう」
「それでもよ!」
何やら怒っているようなティアナを見て、楓はどうしても疑問が尽きない。
何故ならヴィオンの第一印象が、そこまで悪い人には見えなかったからだ。
「あの、ヴィオンさん……でよろしいですか?」
「ん? あ、あぁ、構わないが?」
「ちょっと、カエデ! こんな奴に話し掛けなくていいわよ!」
ティアナの声は無視して、楓はそのまま話し続ける。
「セリシャ様との用事は終わりましたか?」
「終わった……と言えばいいのかどうか」
「何かあったんですか?」
楓に問われたヴィオンは、頭を掻きながら口をつぐむ。
「……あ! ご、ごめんなさい! 私、勝手に色々と聞いちゃって!」
「いや、いいんだ。従魔のことだったから、お嬢さんに言っていいものか分からなくてな」
「え? 従魔のこと?」
「もう! あんた、用事が終わったならさっさとどっか行きなさいよ! 邪魔よ、邪魔! しっ、しっ!」
従魔と聞いた楓は興味を抱いたが、ティアナが手で払うジェスチャーまで見せたせいか、ヴィオンは苦笑しながら歩き出す。
「俺は行くよ」
「さっさと行きなさい!」
「あ! お、お気をつけて!」
その場でヴィオンを見送った楓は、その視線をティアナに向ける。
「いったいどうしたんですか、ティアナさん? ヴィオンさん、そんな悪い人には見えませんでしたよ?」
「……悪い奴じゃないのよ。ただ、カエデにとっては面倒な相手だったからさ」
「それって、さっき言っていた従魔に関してですか?」
「そのことについて、カエデさんに話があるわ」
楓がティアナと話をしていると、そこへ商業ギルドの中から声が掛かった。
「セリシャ様!」
「私の部屋まで来てくれるかしら? ティアナさんもね」
「……はーい」
こうして楓とティアナは、セリシャの言うままに場所を彼女の部屋に移したのだった。
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