第7話:初めての料理

 まさか、異世界初めての料理が野外になるとは、楓もさすがに予想していなかった。

 とはいえ、作ると決まったからには美味しい料理を作りたい。

 それは、期待の眼差しを向けているティアナのためにもだ。


「調味料は……よし、ちょっとずつ味見させてください!」


 何がなんだか分からないため、楓はひとまず指先に調味料をつけ、味見をしていく。


(こっちがお塩で、そっちが胡椒。そしてこれは……ゴマかな?)


 調味料を確認した楓は、続けてお肉の状態を確認する。


「ティアナさん。このお肉の特徴は?」

「硬い!」

「……そ、そうですか」


 お肉を柔らかくする必要があると判断した楓。


「何かお肉を置けるきれいな場所は――」

「ここにどうぞ!」

「ありがとうございます!」


 何やらティアナの言葉遣いが丁寧になっていることは気にせず、楓は調理を進めていく。

 ティアナが用意してくれた大きな葉っぱの上にお肉を乗せると、楓は包丁の背を使い力いっぱい叩き始めた。


「……それ、大丈夫なの?」

「はい。こうすることでお肉が柔らかくなるんです」


 ある程度薄くなったところで、塩と胡椒を振り掛け、揉みこんでいく。


「火をお願いしてもいいですか?」

「了解!」


 火に関しては槍の魔導具があったので問題ないと思っていた楓だが、その使い方がちょっと予想外だった。


「……え? あの、フライパンを置いても、いいんですか?」

「もちろん! 火力は私が調整できるからね!」


 火を起こしてもらうつもりが、フライパンを槍の穂先に乗せることになるとは。


(まあ、火力が自在ってことは、その方がいい……のかも?)


 自分を納得させながら、楓は調理を進めることにした。

 まずは温めたフライパンでゴマを軽く炙っていく。

 すると、ゴマの香ばしい香りが広がり、ティアナは鼻から大きく空気を吸い込んでいる。

 それから油を引き、下味をつけたお肉を焼いていく。

 ジュー、と食欲をそそる音と香りが広がり、思わずお腹を押さえてしまう。


「……うっそ。なんで? どうしてこんなに美味しそうな香りなの? お肉を焼くことは私にもできるのよ! だけど、その臭いが、硬さが、どうにもならなかったって言うのに!」


 ティアナに至っては両手でお腹を押さえながら、さらには視線がフライパンの上で焼かれていくお肉をずっと見つめている。


「私がやったのは、下処理だけですけどね」

「下処理?」

「調理前の前準備ですかね。そうすると、ある程度は柔らかく、味もしっかりと付けることができるんです」


 説明しながら、楓はお肉をひっくり返す。

 再びジュー、という音が鳴り響き、ティアナはゴクリと唾を呑む。


(さすがに赤い部分があると怖いから、しっかり焼こうかな)


 個人的にはミディアムが好きな焼き方だが、これは魔獣の肉であり、生の部分に何があるのか分かったものではない。

 中までじっくりと火を通して、ステーキは完成した。


「できましたよ!」

「やったー! 早速食べましょう! お皿、お皿~!」


 お皿もしっかりと準備されているあたり、もしかするとティアナはことあるごとに同行者に料理をお願いしていたのかもしれないと、楓は苦笑しながら思ってしまう。

 とはいえ、口には出さずに受け取ったお皿にステーキを乗せて、そのまま返した。


「うわぁ。本当に美味しそうだ」

「忌憚ないご感想をお待ちしております」


 そう口にした楓は、ティアナの第一声をドキドキしながら待つ。

 フォークでお肉を刺す。


「柔らかい!」


 そこに衝撃を受けながら、ティアナはゆっくりとステーキを口に運び、噛み切った。


「……ふわぁぁ。お、美味しいよぉぉ~!」


 とろけるような笑みを浮かべたティアナを見て、楓はホッと胸を撫で下ろしてから、自分もステーキを頬張った。


「……ほほう。確かにちょっと硬いけど、さっぱりした味のお肉なんですね。もう少し薄味の方が良かったかな?」

「そんなことない! とっても美味しいから! カエデ、最高だわ!」

「そ、そうかな?」

「そうよ! うふふ~。まさか、外でこんな美味しい食事ができるなんて、夢にも思わなかったな~」


 それからティアナはステーキを二回もおかわりして、食事は終わりとなった。


「あぁ~。もう、お腹いっぱいだよ~」

「美味しかったみたいで、よかったです」

「最高だった! いや、もう本当に最高! それしか言えないもの!」


 お腹をさすりながらティアナがそう口にすると、楓は満足気に笑う。

 異世界に来て初めて、人の役に立てたと思ったのだ。


「お腹も満たされたし、そろそろ出発しますか!」

「おぉー!」


 ティアナの言葉に楓が腕を振り上げて応えた。

 二人が歩き出すと、入れ替わるようにして男性二人組が高台に休憩を取りにやってきた。


「食事にしようぜー」

「了解。……とはいえ、食べ物は携帯食しかないんだよなぁ」


 そんな声が後ろの方から聞こえてきた。


「……ん? ちょっと待て」

「……なんだよ、この美味そうな香りは!」


 食事を終えて、片付けまでしっかりと済ませた楓たちだったが、空気中を漂う匂いまではどうすることもできなかった。


「こ、こんな匂いの中で、携帯食を食べるのかよ!」

「地獄だ、地獄過ぎるううううっ!」


 楓とティアナは顔を見合い、こっそりと後ろを見る。

 すると男性たちは頭を抱えており、前を向いた二人は思わず笑ってしまうのだった。

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