第17話 「4人で迷宮へ」
夜の校舎に4つ分の足音が響いていく。
ちょうど1か月前は1人だったというのに、
前には
「青春ですねえ」
抱きついたままの高砂さんが
「何が」
「前のお2人ですよ。私たちも負けないくらい燃え上がりましょう」
「1人で勝手に燃え上がっててよ」
「つれないヒト」
「というか、なんで抱きついてくるの?」
「ペアですから」
「それしか言えないの……」
と言ってから、既視感に囚われる。
似たようなやり取りをしたことがある気がする。でもその相手は高砂さんではない。
記憶にあるのはうちの妹だった。あの子も、ことあるごとにわたしに抱きついてきた。
――妹だから。
似てるんだ、高砂さんと綺華は。
同時に違ってもいた。見た目なんかは別物。雰囲気だって、ここまでミステリアスじゃないし恐ろしくもない。人懐っこくて友達もわたしなんかと違ってたくさんいた。
「友達とかいる……?」
「貴女がいるではありませんか」
ふふふと笑う高砂さん。それってつまり、わたし以外友達がいないってことになりはしないか。
返事がなかったので、深くは聞かないことにする。
微妙な空気がわたしと高砂さんの間を流れていく。いたたまれなさから救ってくれたのは浮野ちゃんだ。
後ろ向きに歩きながらわたしに声をかけてきてくれた。
「
「うん。高砂さんからさらっと聞いたよ」
「じゃあ七不思議と迷宮の関係は?」
超えた迷宮は2つ。そこに七不思議が関係しているらしいことは、わたしにだってわかっていた。
はじめの迷宮には『いつの間にか現れる花』が、2つ目の迷宮には『夜の校舎に響く校内放送』が関係している。
じゃあ、次の迷宮にも――というのは自然な流れだ。
「見つけた七不思議は迷宮と花と校内放送。残りは4つだね?」
「3つね」そう言ったのは七夕ちゃん。「『あの世へつれていく女子高生』は関係ないんじゃなかったの?」
「わかんない。迷宮へ連れていくと考えたらそうかも。でも、迷宮に1つ七不思議があるとしたらおかしいし……」
「例外なんじゃない。三角形の内角の和は180度を超える場合もあるし」
「カコちゃんの言ってること、難しくてわかんないよっ」
わたしは高砂さんを見る。
あの時の女の子がここにいる高砂さんとしたら。何か答えてくれるんじゃないかと期待して。
ふむと高砂さんは顎を撫でて、
「七夕さんが言ったのは球体上のことですよ」
「いや聞きたいのはそっちじゃないというか」
「私が庭白さんをどれだけ愛しているか?」
「ぜんぜん違う」
もういい、とわたしは吐き出す。高砂さんは無視してアイノコトバを囁いてきた。
――私と一緒にいてくれる貴女が好きです。
それを数回繰りかえす。
これじゃあアイノコトバってよりかはノロイノコトバだ。
……彼女なりのジョークってことにしよう。気持ちは伝わってきたし。心が痛くなっちゃうくらいに。
それで、わたしが黙々と歩いていた。
後輩2人には目的地があるらしく迷うことなく歩いている。
教室がある校舎から移動教室のある方へと。
うちの高校はちょうど「口」のようなかたちをしている。3画目にあたる下側の校舎にわたしたちのクラスだったり後輩たちの教室がある。その正面に位置する校舎に移動教室はあった。
1階に調理室、2階に理科室、3階は美術室で、4階には音楽室というように。
意気揚々と先を進む浮野ちゃんは理科室へ向かおうとする。その首根っこを七夕ちゃんの竹のようなしなやかな腕が掴んだ。
「ぎゃ」
「今日はこっちって自分で言ったでしょ」
「だって気になるんだもんっ」
ネコのように掴み上げられた浮野ちゃんがうーっと唸る。七夕ちゃんは表情を変えることなく地面へ下ろした。
それからは七夕ちゃんが先導しはじめる。彼女の手に捕まった浮野ちゃんはチラチラ理科室の方を見ながらも階段の方へと歩いていく。
さっき、校舎が「口」のような形をしていると言ったけど、4つのコーナーにはそれぞれ階段がある。わたしたちが向かっているのは右上の階段。
移動教室で授業が行われる際にしか使われない、地味な階段だ。窓はないし備え付けの蛍光灯は青白くて、昼間でもどことなく不気味。
「『真実を映しだす鏡』は今夜がいいと言ったのは心愛なのに」
「そりゃあ新月の日だからぴったりだけどさあ。やっぱり、人体模型の方がいいじゃん。ばびゅーんって廊下を全力疾走するんだよ? 鏡なんかよりもずっと派手だもんっ」
闇に満たされた廊下をシャカシャカ走る人体模型が見たいか見たくないかで言えば微妙なところだ。鏡の方がいくらかマシかもしれない。どんな真実を見せるのかはわからないけど。
「鏡の方が怖いかもしれませんよ? 化け物が映り込むかもしれないですし」
「その心は」
「人類総バケモノということです。ただ、ヒトのように見えているだけ」
妹が読んでくれた本にそんな話があった気がする。真実を知った人間は気が狂ってしまう……確かそんな感じのオチだった。
「庭白さんが醜悪で人間性を捨てたような異形でも愛して見せますからね」
「どーも」
最近気が付いたことがある。高砂さんの話は適当に流していた方がいい。
それを実践していると、じいっと七夕さんが見ていることに気が付いた。バカップルのように抱きついてくる高砂さんではなく、それを押しのけるわたしの方を。顔に何かついているかなと撫でてみたけど、何もついていない。
「どうかした……?」
「な、なんでもありません」
メガネをくいっと上げた七夕さんは正面を向き直り、一段飛ばしで階段を駆け上がっていく。引きずられる浮野ちゃんの悲鳴も聞かずに。
2階から3階へ。さらに上がって3階と4階の間の踊り場にその鏡はあった。
いつもよりさらに濃く深い闇の中で鏡は光っていた。
「あったあった。ここから迷宮へ行けるんだ」
「それにしても、何が映っているのかわかりませんね」
その鏡はキック前のラグビーボールみたいに立っている。楕円のふちは年季の入った銀でおおわれているんだけど、強い光のせいでそれすら見えなかった。
映しだされる真実とやらさえも、白い光に塗りつぶされている。
「そんなことどうだっていいじゃんっ。中に入ろうよ」
浮野ちゃんが鏡の中へと飛び込んでいく。そのはしゃぎっぷりは、ぶつかることなんて考えてもいない。
小さな体が鏡面上の光へ吸い込まれていく。
それから、七夕ちゃんがそっと光に指を触れる。ちょっとずつ先を確かめるように、彼女の体が光の向こうへ進んでいく。その顔には不安が色濃く刻まれていた。
七夕ちゃんも消え、残されたのはわたしたち。
高砂さんはひとしきり鏡を眺めてから、
「このまま帰ってしまいましょうか」
「何考えてるの……」
「いえ。仲がよさそうでしたので、やはり一緒にいると申し訳ないといいますか、こう、心の奥底でふつふつと湧き上がるものがあるといいますか」
なに、とわたしは聞いてみる。
湧き上がるものってなに。
高砂さんは答えない。ただ、わたしの腕にこれまでよりもずっと強く抱き着いてきて、わたしを見上げてくる。
その
腕がしびれようとしていることなんて、一時なら感じずにいられそうだった。
「行くよ。後輩たちが待ってるし」
「しょうがないですねえ」
「あと離れてくれない?」
わたしは鏡を見ながら言う。鏡は1人分の姿がなんとか映せるほどの大きさ。腕にしがみつかれたまま通り抜けることを非常に困難だ。
わたしと高砂さんが融合でもしない限り。
「しますか、融合」
「…………ふざけないで」
ふざけていませんのに、という声が耳元から返ってくる。
わたしは何とか高砂さんをひっぺがそうとし、彼女はわたしのことを論破しようとささやいてくる。
長いようで短かった数分が経ち、わたしたちは互いを抱きしめあって入る羽目になった。
なんでこんなことをしなくちゃならないんだろう?
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