第15話 「日常と来客者」

 前回と同じように、気が付けばわたしは自室にいた。


 高砂たかさごさんの姿を探せば、今まさに隣のベッドから体を起こしたところだった。


「ふわあ」


 彼女が大きなあくびを1つする。プランクトンを海水ごと食べるクジラのような豪快なあくび。


 目が合って、ふふふ、という声がやってくる。


「今回も余裕でしたね」


 わたしは返事をしなかった。


 なんだか心の中に何かがわだかまっている。喉に刺さった小骨のような違和感。それを探ってみようとすればするほど、その違和感は心の奥深くへと沈み込んでいく。


「いかがしました?」


「何目線なのかなって」


「ゲームマスター的な」


「黒幕さんがどうしてわたしなんかの手伝いをするの……」


庭白にわしろさんがかわいいから、というのはいかがです」


 理由になっていない。


 わたしはベッドから起き上がる。


 気分は最悪とまではいかなくても結構悪い。激辛料理を食べた後みたいにお腹が不快感を訴えている。


 この前と同じだったら――。


 はたして机の上には熊の置物が置かれていた。お土産屋さんにありそうな木彫りのやつだ。


 あれは立派なサケをくわえている。


 これはヒトをくわえている。


 眼鏡をかけた理知的なヒトへと突き立てられた牙が、その柔らかな腹部を今まさに突き破らんとしているまさにその瞬間を切り取ったような像。


 見ているだけで吐き気が強まった。


「今回のキーアイテムのようですよ」


 いつの間にか背後に立っていた高砂さんがほがらかに言う。


 この人はわからないのか。この熊が発している怒りが。


 今まさに仕留めようとしている存在に対する憎悪が。


 ……わからないんだろうな。わからないから平然としてるんだ。


「これ、高砂さんが持っててよ……」


「いいですよ。庭白さんからのプレゼントだなんて嬉しいなあ」


 そうやってプラス思考に考えられるのはいいことなんだろうか。


 能天気とはちょっと違う。


 違うからこそ、なぜか怖い。


 自分の机に不気味な像を置き、愛で始めた高城さんを見ていると、わたしがおかしいんじゃないかと時折思うことがある。


 ほかの人はどう思ってるんだろう?


「どう思われても別になんとも。庭白さんがいてくれたらそれでいいので」


 そう言って、高砂さんは笑うのだった。





 その日の昼休み、珍しいことに高砂たかさごさんはどこかへ行くらしい。


「大丈夫ですか寂しくありませんか?」


 昼休みが始まるなり、高砂さんが矢継ぎ早に言う。


「別に……」


「私は寂しいです」


「そう」


 それ以外に何を言えばいいんだろう?


 いつも通りに食堂でお昼ご飯を食べて、出された課題をして、そうじゃなかったらみんなが面白いっていう小説に目を通してみる。


 それくらいしかすることない。


 ――そんなだから友達ができないんだよ。


 妹の幻聴が聞こえてきたけれども、うっさいと言えるような相手は隣にはいない。


 この学園のどこにも、かわいい妹の姿はない。


 それでも今のペアは高砂さんには違いなくて、


「どこへ行くの?」


「少し用事がありまして。ですが、昼休みが終わったら戻ってきますから」


 待っててくださいね、と頭を撫でられる。


 その手つきに既視感があった。


 妹がそこに立っているような気がしたけれど、そこにいるのは高砂さん。彼女は手を振り振り教室を出て行った。


 彼女の姿が見えなくなって、ため息がこぼれた。


「ご飯食べに行こ……」






 この学校で1人でご飯を食べていると、非常に目立つ。誰も彼もペアを組んでいるから1人で食べているのは先生か相方が休んでいるか。


 そのどちらでもないわたしは、1人黙々と食べる。


 まわりに陰鬱いんうつな空気でも垂れ流していたのか、人がいない。


 だけど、わたしの席の前にわざわざやってきた2人組があった。


 ラーメンをすするのをやめて、顔を上げる。


 どこかで見たような面だ。じいっと見つめてようやく気が付いた。


 2人はサーカスのテントの中にいたあの少女たちだった。

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