なつのかけら

kagari

第1話 出会い

この日も暑い夏だった。商店街から少し外れた静かな住宅街に、私は暮らしていた。

 家は二階建ての、木造一軒屋。一階の部屋には、狭いながらも縁側があり、二階の部屋にはロッキングチェアが置いてある。私のお気に入りの場所。

 出かける支度を終えた私は、玄関の鍵をかけ、青空を見上げた。夏の青空が頭上に広がっている。耳障りなセミの鳴き声が、風鈴の音色で少しだけ忘れられた。

 いつもと同じ夏。変わらない風景。私は、ゆっくり歩きだした。



 繁華街近くの場所にある小学校。その中の五年二組。今日は一学期最後の日とあり、夏休みを目の前にした生徒たちはいつもより落ち着きがない。

 新米教師の前田まえだは、成績表を生徒達に配り終えると声をはりあげた。「明日から夏休みに入るが、規則正しい生活を送ること!」しかし生徒達は、明日から始まる夏休みに早くも浮かれている。

 やがてホームルームが終わり、生徒達が楽しげに教室から出て行く。数人の生徒しか残っていない教室に、省吾しょうごも残っていた。省吾はやる気のなさそうに、教科書をランドセルの中にしまいこんだ。そんな姿を見た前田は、省吾に声をかけた。「省吾」前田の声に、省吾は顔を上げた。前田は省吾に声をかけたものの、そのあとが続かない。とまどっている前田をチラリと見た省吾は、素っ気なく「さよなら」とひとこと言い、教室を出て行った。

 騒がしい廊下の中を、省吾は独りで歩いた。昇降口で靴を履いていると、後ろから学年一身体が大きな同じクラスの高木たかぎに、おもいきり背中を蹴られた。痛みに耐えながら顔を上げると、既に高木は遠ざかっていた。くやしいが、何も言うことが出来ない。いつものことだ……そう自分に言い聞かせ、省吾は歩き出した。



 用事を終えた私は、疲れて公園のベンチに腰をおろしてタバコを吸った。       

 タバコを吸いながら公園の中を見渡すと、小学生らしき男の子がブランコに腰掛けていた。その男の子の目の前に、身体の大きな男の子が立っていた。何気なくそのふたりを見ていたら、携帯が鳴った。携帯の相手と話をしながらも、私はふたりを見ていた。

 ブランコに腰掛けていた男の子が、立ち上がりかけた時だった。いきなり大きい身体の男の子が、男の子を殴った。殴られた男の子は、勢いよくブランコから落ちた。殴った男の子はそのまま立ち去り、殴られた男の子はうずくまっていた。

 携帯の相手と話を終えた私は、うずくまっている男の子の側に行った。男の子は少しだけ顔を上げ、凄い警戒心の目で私をみつめた。唇の隅についていた、赤い血が痛々しい。私は無言のまま、ハンカチを差し出した。しかし、ハンカチを受け取ってはくれなかった。私は押し付けるように、男の子の手にハンカチを渡して立ち上がった。

 男の子から離れた私は、そっと振り返った。「またね」そう言って、私は公園を出た。

 「またね」何故、そんな言葉を口にしたのだろう。

 私と省吾……初めての出会いだった。

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