【第5章】~心の再会~

──夜の夢にて、ふたりはもう一度出会う──


【佐原 湊・精神世界】


静寂の中に立っていた。

そこはどこか現実離れしていて、けれど見覚えのある風景──薄暗い夜の教室だった。窓の外には星も月もなく、時間の感覚すら曖昧な空間。ただひとつ、そこに彼女がいた。


「……ユメ」


「やっと来た」


いつものように床に座り込み、スケッチブックを抱えたまま、彼女──ユメはこちらを見上げた。かすかに、疲れたような笑みを浮かべながら。


「遅いよ、バカ」


「……ごめん。俺、あのとき……」


湊は言葉に詰まった。謝罪と感謝、怒りと困惑、すべてが絡まりすぎて、ひとつの言葉にまとめることができなかった。


「いいよ、もう。そういうの。湊って、ほんとそういうとこめんどくさい」


「お前なぁ……」


「でも、そういうの、今は嬉しいかも」


ユメがくすりと笑う。けれどその笑みは、どこか無理をしているようにも見えた。


「湊さ……ほんとは、こわかったでしょ。あたしが勝手に動いたこと。全部ぶち壊しそうになったこと」


「……正直に言えば、怖かったよ。でも……助けてくれたのはお前だ」


湊の言葉に、ユメの目が少し見開かれる。


「あのままだったら、俺……たぶん、本当に潰れてた。誰にも言えなかった。逃げることすら、許されてない気がしてた。だけど……お前が叫んでくれた。“助けて”って」


湊は彼女の前にしゃがみこみ、視線をまっすぐ合わせた。


「だから、今度は俺が、助けたい。お前の痛みも、過去も、ちゃんと……知りたい」


「……」


しばらく沈黙が流れた。

それから、ユメは絵を描いていたスケッチブックを閉じ、湊の足元に転がした。


「じゃあ、見る? あたしの中身、ぜーんぶ、絵に描いたやつ」


「……いいのか?」


「湊だけには、見せてやってもいい。……恋人だから」


「……お前が勝手に決めたんだろ、それ」


「それでも、“否定しなかった”のは湊じゃん」


どこか照れくさそうに、けれど誇らしげに。

ユメはにやりと笑った。


湊は無言でスケッチブックを開いた。そこには、血のような赤で塗りつぶされた部屋、泣き叫ぶ少女、無数の影、裂けた心──生々しいまでの「記録」があった。


「……これは……」


「全部、あたしが見てたやつ。湊が寝てる間に、ずっと」


「あの日……毎晩?」


「うん。毎晩」


ユメの声は静かだった。

まるでそれが当然であるかのように語る彼女に、湊は返す言葉を失った。自分が無意識に蓋をしてきた過去。閉じ込めた感情。すべてを、彼女は──


「だから、もう一回聞くよ」


ユメはスケッチブックの最後のページに指を置いた。


「“わたし”って、ここにいていいの? それとも、また閉じ込められるの?」


「……いてくれ」


「え?」


「一緒に、未来を描こう。過去だけじゃなくて……俺たちの新しい話を、これから一緒に描いてくれ」


ユメの目が見開かれ──そのあと、涙がぽろぽろと零れた。


「……ばか」


「お前にだけは言われたくない」


「湊のくせに……かっこいいこと言ってんじゃねーよ……」


それでも、彼女は笑った。

ずっと隠していた弱さも、怒りも、孤独も

すべて曝け出して──彼女はようやく、本当の意味で「ここ」に帰ってきたのだ。


「──これからも、よろしくね。湊」


「ああ。ユメ──おかえり」


そしてふたりは、真夜中の夢の中で静かに手を取り合った。

これは再会の物語。

過去と、心と、魂を乗り越えて


ようやく重なりあえたふたりの──はじまりの夜だった

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