エロゲの祝福を受けた俺。無能の烙印、婚約破棄からの追放。しかし、エロゲは、一人愛する度にレベルが上がる最強職だった。たくさん遊んで強くなって復讐します(笑)

山田 バルス

第1話 ジュアンド、婚約破棄された上に、追放される!

◆『追放と嘲笑の式典』

 白い陽光が降り注ぐ、大理石造りの講堂――。

 王立イタリアーノ学院の卒業式には、格式ある貴族たちが列席し、絹の衣擦れと宝石の煌めきが空気を緊張させていた。


 壇上で校長の祝辞が終わると、在校生たちの拍手とともに、卒業生たちが一人ずつ名を呼ばれ、証書を受け取っていく。


 ――=フィレンツェ。


 その名が呼ばれた瞬間、一部の貴族子弟たちの間でくすくすと笑いが漏れた。

 彼は金色の髪に青い瞳を持つ、どこにでもいそうな青年だ。着ている正装のマントには、家名を示す紋章がある――だが、見る人によっては“それが最後になる”ことを知っていた。


 ジュアンドは表情を変えず、壇上へと歩く。

 誰も拍手はしない。父も、継母も、妹も弟も、冷たい視線を送るだけだった。


 彼の職業――《恋愛遊戯士(エロゲ―)》

 12歳の時、神の祝福で与えられた“残念すぎる職”は、以来、彼の人生を常に陰に染め続けた。


「……卒業、おめでとうございます」


 校長が微笑んで証書を手渡したが、その目には明らかに同情が混じっていた。

 ジュアンドはそれを受け取ると、何も言わずに一礼し、ゆっくりと壇を降りた。


 ――しかし、それは「卒業式の終わり」ではなく、「罠の始まり」だった。


 「さて――ここでひとつ、発表がございます」


 突然、会場の前列から立ち上がったのは、カリーナ=クレモネーゼだった。

 桃色の髪が揺れ、ドレスがきらめく。そして隣に立つのは、侯爵家の三男、カサノブ=ヴェローナ。


 ざわ……と会場がざわつく中、カリーナはよく通る声で言い放った。


「このたび、わたくしカリーナは、ジュアンド=フィレンツェとの婚約を破棄いたします。そして新たに、カサノブ様との婚約が正式に決まりました」


 ……沈黙。

 次の瞬間、講堂は爆ぜるようにざわめき、貴族たちは興味津々で身を乗り出した。


 ジュアンドの足が止まる。

 何も言わずに彼女を見つめるその視線に、微かな揺らぎが走った。


 「だって、ジュアンド様って……ねぇ? あの“エロゲ―”でしょ? まさか未来の夫がそんな職なんて、耐えられないもの」


 「マジで俺、哀れに思ってたんだよなー」

 隣でカサノブが肩をすくめ、わざとらしくジュアンドを見下ろす。


 「貴族のくせにレベルすらまともに上げられない、使えない無能って。いやー、カリーナちゃんの選択、大正解」


 全員の前で嘲られた瞬間、ジュアンドの胸にあった何かが、ひっそりと音を立てて崩れた。


 ――やはり、これが結末か。


 それでも彼は声を荒げず、静かに口を開いた。


「……正式な手続きは、父上の許可を経ているのか?」


 会場の空気が一瞬、張り詰める。

 ジュアンドが視線を向けた先に、銀髪の男――父アントニオ=フィレンツェ伯爵がいた。


 彼は立ち上がり、周囲に一礼してから宣言した。


「本日をもって、ジュアンド=フィレンツェを嫡男の座より外し、フィレンツェ家の籍より除籍することとする」


 明瞭な声で放たれた宣告。

 それは「親子の縁を切る」という、貴族にとって最も残酷な断罪であった。


 ジュアンドは目を伏せた。

 だが、悲しみはなかった。涙も出なかった。ただ――


(……母さん、これが俺の終わりだよ)


 その胸の奥に眠る、小さな声だけが確かに震えていた。


 継母のミラノは冷笑を浮かべ、モデナとジャンルイジは無邪気に父の隣に座っていた。

 もう、ここに自分の居場所はない。何年も前から、とうに――。


 「出て行け、無能」


 誰かがそう言った。拍手と笑い声が重なる中、ジュアンドは踵を返す。


 だがそのとき、彼の歩みに重なるように、もう一人の人物が立ちはだかった。


「おっと、ちょっと待った」


 サングラスをかけたまま、カサノブがにやりと笑う。


「せっかくだから、最後に俺から餞別をやるよ。これ、見てみ?」


 彼は懐から、何かの書状を取り出した。それは――冒険者ギルドの登録拒否通知書。

 「未確認職業による規定外対応」と記されていた。


「どこに行っても、そんなわけわかんねぇ職じゃ冒険者になれねーってさ。お前、詰みじゃね?」


 笑い声が爆発する。

 誰も彼を助けない。誰も味方ではない。


 だが、ジュアンドはただその手紙を見つめ、ゆっくりと顔を上げた。


 「……そうか。ありがとう。教えてくれて」


 カサノブの笑みが引きつる。


「な、なんだよ……急に余裕ぶって……」


 ジュアンドは初めて、そこで静かに笑った。どこか達観したような、誰にも届かない哀しみと誇りを秘めた微笑だった。


 「――これで、完全に断ち切れた。俺は、もう“誰かの息子”じゃない。これからは、自分の名を生きるだけだ」


 その声に、誰も何も言い返せなかった。

 彼はそのまま、まるで何かを捨てるようにマントを脱ぎ、証書を地面に置く。


「ジュアンド=フィレンツェは、本日をもって――死んだ。あとは、そちらで始末してくれ」


 そして、講堂を後にする背中は、まるで光の届かぬ夜へと歩んでいくように静かで、

 だが、確かに力強かった。



◆初めての口説き、そして目覚め◆

 王都から西へ三十キロ。国境に向かう街道の脇に、小さな宿場町ミラーレがある。


 卒業式から1週間、ジュアンド=フィレンツェは、街道沿いのベンチに腰かけていた。旅人用の小さな水場に荷物を置き、ぼんやりと空を見ている。


 ――何もかもが嘘のようだった。


 貴族の名も、家も、婚約も。

 十八年かけて積み上げてきたものが、あの日、すべて壊された。


 「ジュアンド?」


 聞き覚えのある声が、通りの向こうから響いた。

 振り向けば、見慣れた栗色の髪。黒のスカートにエプロン姿の少女――アンリだった。


 「……アンリ?」


 「やっぱりあんたじゃん! どうしたの、こんなとこで……ていうか卒業式……その後、どうしてたの? これからどこかに行くの?」


 「……さあな。どこでも、どこでもないところに」


 ジュアンドは言葉を濁し、目をそらした。

 アンリはしばらく彼の顔を見つめていたが、やがて小さく息をついた。


 「……もう。行くとこないなら、うち来なさい。空き部屋じゃないけど、布団ぐらいは敷ける」


 「いや、悪い」


 「いいの。そういう顔、してたから。放っとけないの。昔っから」


 強引に手を引かれながら、ジュアンドは抗いきれず、町の外れにある二階建ての古いアパートへと連れて行かれた。





 アンリの部屋は狭かった。けれど温かく、日差しが優しく差し込んでいる。


 食卓の上には、買ってきたパンとチーズ、瓶詰めのワインが並べられていた。


 「はい。乾杯。祝卒業、そして婚約破棄と追放、ついでに無職おめでとう!」


 「……お前、わざとだろ」


 「うん、もちろん」


 二人は笑い合ってグラスを合わせた。

 ワインの味は思ったよりも甘くて、少しだけ涙の味がした。


 「で? これからどうすんの?」


 「隣国、フリューゲンに行く。……予定だった」


 「だった?」


 「冒険者になろうと思ってたんだ。けど、職業が理由で登録できなかった。未確認スキルとか何とか言われてさ」


 「……ああ、例の“えろげー”ってやつ?」


 「言い方」


 アンリは声を立てて笑った。


 「けど、ジュアンドってそういうの奥手そうだものね。まぁ、学生時代は婚約者がいたから浮気はできないよね」


 「……まあな」


 ワインのせいか、ジュアンドの頬が少し赤い。

 何かが、今なら言えるような気がしていた。


 アンリはじっと彼を見ていた。

 そして、ぽつりと言った。


 「……いざとなったら、私が養ってあげよっか?」


 「は?」


 「いや、冗談じゃないよ。店の仕事、まだ空きあるし。あんた頭いいし、掃除も料理もできるし、ね? あたし、悪い男に引っかかるより、あんたみたいな人と一緒にいたい」


 ジュアンドは目を見開いた。


 心の奥で何かが、かちりと音を立てた。


 ――本当に、初めてだった。


 誰かに「必要」と言われたこと。

 誰かに「居場所」を与えられたこと。

 誰かに「一緒にいたい」と言ってもらえたこと。


 「アンリ」


 彼は真っすぐ彼女の瞳を見た。


 「俺、お前のこと、結構、好きだった。婚約者がいたから言えなかったけど」


 それは、ぎこちなくも真剣な告白だった。

 アンリの目が驚きに見開かれ、そして、少しだけ潤んだ。


 「なにそれ……急に……」


 「口説いてるんだよ。たぶん、俺のスキルの初発動だ。――ちゃんと、効いてるか?」


 アンリは何かを堪えるように笑った。

 そして、ゆっくりと彼の胸に顔をうずめた。


 「……効いてるよ、バカ」



 夜が更けて、ろうそくの明かりがゆらゆらと揺れる中。

 二人は互いの温もりを確かめ合い、初めての愛を交わした。


 アンリの指がジュアンドの髪を撫で、耳元でそっと囁いた。


 「……ねえ、あたしでよかったの?」


 「お前だから、よかった。お前が、最初で、よかった」


 ――その瞬間。


 ジュアンドの胸の奥で、何かが激しく脈打った。


 視界が光に包まれ、脳裏に情報が流れ込む。


 【「エロゲ―」が発動しました】

 【アンリとの関係が成立したことを確認しました】

 【レベルが1→2に上昇しました】

 【ステータス職業、剣士に偽装スキルを取得しました】

 【感応スキルを取得しました。対象の内心が、触感を通じて一時的に視覚化】


 「……これは……」


 ジュアンドはアンリを抱き寄せたまま、呆然と呟いた。


 「ねえ、今、光ったよね?」


 「……ああ。たぶん、覚醒した」


 静かな夜。

 けれど彼の心の中では、新たな世界の扉が、確かに開かれていた。


 「ありがとう、アンリ。――お前がいてくれて、よかった」


 彼女は少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。


 「……じゃあ、しばらくここにいなよ。わたし、しばらくあんたをレベル上げしてあげる」


 それは冗談のような口ぶりだった。

 けれどその言葉が、ジュアンドには何よりも嬉しかった。


 ――再出発はここから始まる。

 貴族の名を捨てた少年は、ようやく「自分自身」として歩き出すのだった。



《恋愛遊戯士(エロゲ―)》ステータス変化表(Lv.1→Lv.2)

ステータス項目 Lv.1(初期)   Lv.2

 HP(体力)   120    150  最大HPが上昇。

 MP(魔力)     80     120  

 筋力(STR)    9     14

 敏捷(AGI)   10      13 行動速度や反応、回避などに関係。

 知力(INT)   15     20 スキル使用効率や魔力制御力。

精神力(MND)   12     17 状態異常への耐性、MPの回復速度。

魅力(CHA)    20    30 主に恋愛系スキルの成功率、他

獲得スキル     偽装       職業を剣士と偽ることができる。

          

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