第13話 初恋に終止符


 時は夏季休暇にまで遡る。


 グレイはバーミリオン王国国王夫妻の唯一の子である。

 そのためいつかは妃を迎えなければいけないことは分かっていた。

 王家や高位貴族の婚姻相手は誰でもよいわけではない。

 そのため本来なら学園入学前に決定していたはずのことを、自分が先送りにしていたのだ。


「王女殿下のお色を鑑みて当日のドレスはこの色味が良いかと思われます。アクセサリーは・・・」


 隣国のスカーレット・シルバー王女が夏休暇を利用してこの国にやって来て、そのまま留学するらしいと聞いたのは学園が夏休暇に入ってしばらくしてからのことだった。

 学園を卒業し立太子も済んだというのにグレイには未だ婚約者はいないため、王宮で行われる王女の歓迎パーティーで王女をエスコートすることになってしまった。


 母である王妃とルーベルム侯爵家の商会で営んでいる服飾店のデザイナーが嬉々としてドレスの生地を選んでいる。

 先ほどからグレイにも話を振ってくるのだが、そろそろ誤魔化して返答することにも限界を迎えようとしていた。

 せめてトルソーにでも出来上がったドレスを纏わせてくれれば何か言いようもあるのかもしれないが、会ったことのない人物の髪と瞳の色を聞かされ、平面に描かれたドレスのイラストと布を見せられても何のイメージも沸かないのだ。


「あら、そろそろ執務に戻らなければいけないのではなくて?」


 そんな様子のグレイに王妃が助け舟を出した。


「そ・・・うですね。最後まで選べず残念ですが後は母上にお任せします」


 そう言って席を立つ。

 グレイ的にははじめから「おまかせ」したいところであったが友好国の姫へ送るドレスである。

 すべて丸投げというわけにはいかないのだ。歓迎の意を表すためにもグレイ自身が少しでも動く必要がある。


(まさか私の婚約者候補では?)


 ふとそんなことを考えたが、自分に秘密にして他国の王女を婚約者候補として招くのは相手にとって失礼であるし、そうする意味も分からないと、グレイは自分の考えを否定した。


 巷ではグレイに未だ婚約者がいないことを『王太子が国のことを思うあまり自身のことを考えることが疎かになってしまっていたのではないか』や『人気がありすぎ引く手あまたで、なかなか候補を絞ることが出来なかったのではないか』、実は『女性が苦手なのではないか』・・・と、そんなことを好き勝手噂されていたが『人気がありすぎ引く手あまた』かどうかは置いておいたとして、実はどれもグレイが婚約者を作れずにいる理由の一つではあった。




 部屋を出たグレイは執務室に戻る前、気分転換にと中庭へ向かった。

 王宮の中庭には四季折々の花が咲き乱れ、晴れた日にはお茶会の会場となることが多い。

 グレイは一人息子であるため現在ここでお茶会を開くのは王妃のみだが、歓迎会でエスコートする前の顔合わせとして、スカーレットとのお茶会もここで行われる予定である。


 そして忘れもしないグレイが七才の時に行われた婚約者候補たちとのお茶会もここで行われたのだ──。

 権力が偏らないよう爵位や派閥、過去を遡り何代前に王族と縁を持ったのかが加味され数人の候補が選ばれた。そして順にグレイとお茶の席が設けられたのだが──。


 グレイは当時は七才。

 まだ子供であるとはいえ、自身の立場をある程度理解はしていた。

 そして相手は高位貴族の令嬢とはいえ年相応の八才から五才の子供であった。その歯に衣着せぬ物言いや姦しさ、逆に「王子様」とすり寄ってくる姿に辟易してしまい、グレイはすっかり女性が苦手になってしまったのである。

 そんな中最後にお茶会の席に現れたのが当時五才のキャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢だった。

 その容姿もさることながら、これまでの令嬢と違い大人しく弁えた態度にグレイの好感度は爆上がりした。

 しかしグレイは元々無口な子供であった上に緊張も手伝い、一言も話しかけることが出来なかったのだ。

 当然幼いころからの教育の成果でキャナリィが身分が上であるグレイに自ら話しかけるはずもない。

 これまでのお茶会では(令嬢の勢いに押されて)それなりに会話をしていたグレイが、一言も話さずにお茶会を終えてしまったのだ。

 当時七才のグレイは恥ずかしさから親に「会った令嬢の中から選ぶならキャナリィが良い」「緊張して話せなかった」──などと言えるはずもなく──「一言も会話をしていない」その事実だけが速やかに報告され、キャナリィは早々に候補から外されたのであった。

 その後キャナリィはフロスティ公爵家の後継──しかも学友のジェードだ──との婚約が決まったと聞くとグレイは余計に何も言えなくなり、そのまま初恋に終止符を打ったのである。


 その後も、そうと言ってグレイに女性が苦手だと思わせた元凶である令嬢たちの中から選ぶことも出来ず、公務が忙しいことを理由にここまで来てしまった。

 キャナリィは美しく聡明に成長していったが、婚約者であるはずのシアンが留学していた時もグレイから学園で話しかけることなどはしなかった。

 幼いころの初恋だ。あれから十二年。貴族同士の権力分布や派閥も変わってきている。国の貴族の婚約を壊してまでという情熱があるわけではない。

 それに恋愛に関しては所詮王族。いつか国のために有意義な婚姻を結ぶことになるのだろうと思っているし、それが自身の義務だと思っていたからだ。

 そんなグレイは卒業式後に行われた祝賀パーティーでシアンと再会したキャナリィを見て思った。

 あの二人は相思相愛──。元々横恋慕しようなどという気は全くなかったが、事前に祝賀会で何が起きても静観して欲しいとフロスティ公爵夫妻を介して頼みに来たキャナリィと、あの日の騒動。そして何よりシアンと踊るキャナリィを見て、自身の考えが正解だったと安堵した。




 そんな自身にしびれを切らした者たちが策略を練り、自身に内緒でスカーレットを留学と称して呼び寄せたのか──そんなことも考えたグレイだったが、それが杞憂だと知ったのはしばらくしてのことだった。


 スカーレットが学園で多くの時をシアンと共に過ごしているとの報告を受けたのだ。




 ★




 サマーパーティー当日。


 王立学園で毎年行われているサマーパーティー会場の一角に設けられた王族用の控え室で、本日のエスコート役であるシアン・フロスティ公爵令息を待つ隣国の第一王女スカーレット・シルバーは、同じくエスコート役のグレイ・バーミリオン王太子殿下を待つキャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢と二人きりになった。

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